第20話 賢者じゃない3
グウェイン様がすっと手を上げてハナコ様のおしゃべりを制し、オーガスト様に目で合図する。
「ダンテ、ジェラルド、外を見張れ」
物々しい雰囲気が漂いオーガスト様から指示を受けた二人が素早く大会議室から出て扉を閉めた。
「ハナコ様、一度こちらへ」
更にハナコ様を魔法陣から出すと私の元へ連れてくる。しばらく待つよう言われリゼットと二人で挟むようにハナコ様の隣に立つ。
グウェイン様を見ると払うように手を動かし魔法陣を消すとまた新たな細い棒のようなものをパッと出し魔法陣を描き始める。
「これって本物の魔術だったんだ、凄〜い」
感激したように出来上がっていく魔法陣を見つめるハナコ様を見ているとどんどん不安が募る。もしかして本当にグウェイン様は失敗したのだろうか?
さっきよりも複雑な魔法陣が完成し再びハナコ様が呼ばれる。
「あの、またですか?何度やっても私には魔力は無いんですよ」
グウェイン様の魔術を見て感激していたハナコ様だったが再び魔法陣に乗らなければいけないことを躊躇されてた。私の手を握り首をふるふるとするハナコ様を安心させるように笑んでみせた。
「大丈夫ですよ、私も一緒に参りますからもう一度だけ行きましょうね」
グウェイン様を見ると仕方がないという風に頷いたので一緒に魔法陣へ近づいて行った。
「エレオノーラ、念のためちょっと来なさい」
何故か私だけが呼ばれグウェイン様に近づくとスッと頬に手を添えられそのまま顔を上に向けられ目を合わせてくる。
ま、待って待って!いくらエドガールで免疫があるとはいえ近距離で大人の美麗なお顔と見つめ合うなんて耐えられないよ!
「えぇっ!こっちが本命!?」
「ハグッ!」
ハナコ様が妙なことを口走っているしリゼットが何か抑え込んでいる声が聞こえる。長い睫毛に縁取られた青藍の瞳で何かを探るようにじっとりと見つめられる、という強力な攻撃にギリギリ耐えていると添えられた手の指が感触を確かめるように頬を撫でる。
「グ、グウェイン様、まだですか?もう、ちょっと……」
頬が熱くなるのを感じ焦ってかすれる声を絞り出すように訴える。
「フッ、あぁ、すまない。お前に魔力は皆無だな、一緒に入っていいぞ」
口の端を上げて目を細め満足気に手を離す。無駄に色気を垂れ流すのを止めてほしい。
ちょっとクラクラとする頭をふり、ハナコ様と手を握り気を取り直して魔法陣の真ん中に並んで立った。
「動くなよ」
またさっきのように地響きのような音と眩しい光が発せられ目を閉じた。すぐに音が小さくなり恐る恐る目を開けると光りも少しおさまっている。
ハナコ様の状態を確認し大丈夫そうだったのでグウェイン様に目を向けるとかなり深刻そうな面持ちで顎に手を当てる姿があった。
「あの」
「少し待て」
ハナコ様が不安そうに言いかけた言葉を遮って、また再び魔法陣が光り始める。先程より弱い光ですぐにそれがおさまると今度はプッツリと全てが止んだ。
「はぁ、いいぞ。部屋へ戻りなさい」
難しい顔をしたグウェイン様とオーガスト様を残し大会議室から出された。私達と入れ替わるようにウルバーノ卿とコンクエスト卿が心配そうに入っていく。あまり良い結果ではなかったようだが、だからこそ練習して欲しいとお願いした私って偉いと思う。
ハナコ様の部屋へ帰りソファに座らせる。不安な様子で俯く姿に心が痛む。何も教えて貰えなかったが上手くいかなかった事はグウェイン様の表情を見ればわかった。
どうお慰めしようか考えているとドアがノックされ、応対するとそこにはハリエットが昼食を運んで来てくれていた。
「さっきも来たんだけど留守だったから一旦引き上げたの。今はいらっしゃるわよね、良いかしら?」
わざわざ東五階の責任者であるハリエットが運んでくれたようだ。
「ハナコ様、少しお食事なさいますか?」
念のため尋ねてみたが首を横に振り黙ったまま俯いている。昼前にサンドイッチを食べたせいもあるだろうが流石に今は食欲がわかないだろう。
「まだお腹がすいていらっしゃらないようです。このまま夜まで食べないのもいけませんから後でオヤツを取りに行きます」
「そう、わかったわ。あなた達は交代で食べなさい、もたないわよ」
チラリと中の様子を見てハリエットが何か察して下がっていった。ハナコ様は動かず話そうともしない。
リゼットに先に休憩を取るように言い、しばらくそっとしておこうと部屋を片付け始めた。私達がいない間に幾つかハナコ様用の日用品や着替え等が用意されていたので確認しつつ収納していく。
時間が経ってもハナコ様は変わらず話そうとしなかったので気分転換にこもった空気を入れ替えようとバルコニーへ続く扉を開けた。中庭でも眺めれば少しは気が晴れるかと思ったが下を見て愕然とした。
「うわぁ〜、無惨ね」
召喚の魔術のせいで中庭の花や木がまる坊主になっていたことを失念していて思わず零した。
「どうしたの?」
ベランダに出た私の言葉が聞こえたのかハナコ様がやって来て同じ様に下を見た。
「この世界の庭ってこういう感じなのね」
広い中庭はまるで冬山の様相だが勿論いつもならそれぞれの季節にあった花や常緑植物などもあり年中楽しめるはずだった。
「違うんですこれは事情があって。いつもはもっと美しい花や緑が楽しめるお庭なんですよ」
「そうなんだ、昨日ベランダから逃げようとして落ちそうになったときに変な庭だと思ってたの」
ちょっ、ちょっと待って!逃げようとして落ちそうになった!?聞いてないんですけど!!
「大丈夫だったのですか!?」
「うん、王子様みたいなカッコいい人が助けを呼んでくれたの」
えぇ!?まさか本物じゃないでしょうね、だけどあり得る。だって国を挙げての一大事業。後で詳しく聞いておかないと。
色々追求したかったがぐっと堪えるとハナコ様にこの城と遠く城下に広がる街を説明した。
王都アレクシアは大陸で一番大きな街でとても賑わっている。城下には日用品がそろうマーケットや贅沢品を扱う高級店、屋台からレストランまであり他には無い珍しい物が沢山ある。
環状囲壁に護られ人々が安心して暮らしていける平和な所で辺境や山岳地帯のように恐ろしい魔物が出ることもない。出たとしても比較的弱い魔物でそれも見回りの騎士団が駆除してくれるからここから続く街道も周辺の町や村まではそれほど危険はないと話した。
「魔物が襲ってくるんですか!?」
安心してもらおうと説明したつもりがハナコ様が顔色を悪くし聞いてくる。
「いいえ、大丈夫ですよ。ここまでは勿論、街中にも入ってきたことはほとんどありませんから」
「街を出たら襲ってくるんですか?」
「それは、街から出るときは護衛を雇ったり腕に覚えのある人と一緒に移動したりして気をつけますが、時にはそうですね」
一層怖がり顔を引きつらせる。
「エレオノーラさんも見たことがあるんですか?」
「それは勿論です。多かれ少なかれ誰だって魔物に遭遇することはあるでしょう?」
どんな上位貴族だって魔物を見ずに暮らすなんてありえないだろう。王都から一歩も出ずに一生を終えるならあり得るかもしれないが、それは現実的ではない。
ハナコ様が私の答えに信じられないような顔をして驚いているとドアがノックされグウェイン様とオーガスト様が部屋にやって来て、続いて書類を手にウルバーノ卿とコンクエスト卿もやって来た。
応接セットに案内してタイミングよく戻ってきたリゼットとお茶の用意をしていると、ハナコ様とオーガスト様が向かい合わせに座る。グウェイン様は少し離れてバルコニー近くに立ち、コンクエスト卿が書類をテーブルに並べてウルバーノ卿が話し始めた。
「賢者……いえ、ハナコ様。先程グウェイン様から魔力判定を受けられた結果ですがハナコ様に魔力はありませんでした」
書類を指差し判定結果が書かれた箇所を示す。確かに魔力の判定結果無しと書かれている。この驚愕の事実をハナコ様が受け止められるのかと心配しすぐに顔を向けたが意外とホッとした様子見せていた。
「これでやっとわかってもらえましたか。だから、人違いなんです。家に帰して下さい」
魔力が無いなら家に帰れると思っていたらしくグウェイン様に視線を向けるとそう言った。
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