第19話 賢者じゃない2

 慌ただしい中すぐに召喚が行われた大会議室へと向う。訳がわからないハナコ様がキョロキョロとあたりを見回し、昼休憩に入り廊下へ出てきていた文官たちがそれを見てヒソヒソと話す。

 

「賢者様じゃないらしい、失敗か?」

 

「公爵閣下が失敗するわけ無いだろう」

 

「いやわからんぞ」

 

 ハナコ様の耳に入れたくない言葉が飛び交いイラッとしてしまう。すると大会議室からグウェイン様の声が響いた。

 

「くだらんことを言う暇があるなら休憩はいらんな。すぐ仕事へ戻れ」

 

 まさか公爵が直ぐ側で聞いていたと知らなかった文官達が震え上がる。数人の文官はすぐに部屋へと引き返したがヒソヒソ話していた内の一人が慌てて大会議室の前に行くと頭を下げて詫びる。

 

「申し訳ございませんでした。お許し下さい」

 

 その男は急に後ろへ吹き飛ぶとハナコ様といる私達の目の前に転がってきた。グウェイン様が魔術を使ったらしい。オーガスト様が「はぁ」と嘆く声をもらし見下ろす。

 

「お前が詫びるべきはハナコ様だとわからんのか。ハナコ様はこの大陸を救うためここへ強制的にお越し頂いたのにお前の不注意のせいで助ける価値無しだと仰ったらどう責任を取るつもりだ」

 

 転がってきた男は青い顔をすると震えながらハナコ様の前ににひれ伏した。

 

「申し訳ございませんでした!!二度とこのような事は致しません!」

 

 他の文官達が巻き込まれては大変だと逃げるように部屋へと戻っていく。皆が昼抜きになるだろう。

 

「あ、あの、私は……」

 

「コレはいいですから、参りましょう。グウェイン様の機嫌が悪くなります」

 

 男は駆けつけた護衛騎士に連行されハナコ様は怯えた表情のままオーガスト様に連れられ大会議室へ入った。

 

 大会議室の中は召喚の日とは違い幾つか長机が並べられていたがそれも既に脇へよけられていた。

 

「グウェイン様、これくらいで宜しいでしょうか?」

 

 いつの間にかウルバーノ卿とコンクエスト卿がいて二人で長机を運んで部屋の中央に大きく場所をあけていた。

 そこへグウェイン様が突然何もないところから細長い棒状の物を取り出し手にするとそれを使って床に直径一メートル程の円を描きその中を複雑な文字と思われる模様で埋めていく。

 

「うわぁ……CGみたい」

 

 怯えていたハナコ様がその光景に驚き意味不明なことを口走る。ウルバーノ卿とコンクエスト卿が静かに移動し私達の横へ来た。

 

「報告に来たはずがいきなりこれだ。何があった?」

 

 魔法陣を描くのにも魔術が使われているようで、邪魔をしないようにウルバーノ卿が小声で話すために顔を寄せる。私が同じように小声で事情を説明しているとまたハナコ様が意味不明の言葉を呟く。

 

「やっぱりラブラブだ」

 

 少し頬を染め恥ずかしそうな顔している所を見ると私達があらぬ疑いをかけられているとわかる。

 

「ハナコ様、グウェイン様が呼んでらっしゃいますよ」

 

 顔を向けると出来上がった魔法陣を前に少し苛ついた顔で規格外の美人がこちらを見ている。ざっくりと結わえただけの髪も均整の取れた体つきもある種人ならざる美しさを引き立てている。

 ハナコ様は一人で行くのが嫌だったのか私の手を握り一緒に魔法陣へ近づいて行った。

 

「ハナコ様、魔法陣の上にお立ち下さい」

 

 明らかに嫌そうな顔で魔法陣を見るハナコ様はじっとしてその場を動かない。

 

「これはただ力の大きさを測るだけで痛くもないしどこへも飛ばされません」

 

 グウェイン様の言葉に少し安心したのか私から手を離すとハナコ様は魔法陣へ乗った。言われたように真ん中に立ったことを確認し、私は後ろについてきていたウルバーノ卿と共に魔法陣から離れる。一緒に来ていたコンクエスト卿はずっとリゼットの横にいて何やら話しかけている。リゼットはしつこいナンパを追い払うときの顔をしている。

 

「では始めます、いいと言うまで動かないで下さい」

 

 オーガスト様とグウェイン様がハナコ様が立つ魔法陣を挟むように向かい合わせに立つ。二人の体から何かがゆらりと立ち上りその瞬間、ハナコ様の足元が地鳴りのような音とともに一気に輝き出す。描かれた魔法陣の全ての線が光り、眩しさに目を細めた。

 

「グウェイン様を名前で呼んでいるのか?」

 

 私はハナコ様が心配でそちらに集中しているのにウルバーノ卿が関係無い事を聞いてくる。魔術のせいなのかゴゥーッという音がうるさくて話がよく聞こえずつい二人共声が大きくなってしまう。

 

「そうです!そう呼べと命令されました。父のせいです!」

 

 光る魔法陣を口をあんぐりと開けて見下ろすハナコ様をハラハラしながら見ていた。

 

「父……あぁ、エルビンか」

 

 光はどんどん眩しく輝き目が痛くなってくる。

 

「ハナコ様!目を閉じておいて下さい!」

 

 じっと光を見続けてそうだったので注意した。眩しすぎる光は目に悪いからね。

 

「は、ふぁい!」

 

 やっぱり開けていたようで返事が聞こえ安心しているとウルバーノ卿が何かを叫んでいる。

 

「だったら私もダンテで構わない」

 

「えっ!なんですか?」

 

 光りは一気に輝きを増すと急速にしぼむように小さくなった。

 

「だから、ダンテと呼べと言っている!」

 

 光りが小さくなると同時に地鳴りのような音もおさまり、ウルバーノ卿の声が大会議室に響いた。静かになってしまっていた空間で皆の視線がこちらに集中している。

 

「ダンテ、まだ仕事中だぞ」

 

 オーガスト様が半笑いでウルバーノ卿を見ていて、グウェイン様が血も凍りそうな視線を私達に向けている。

 

「わかっています」

 

 ウルバーノ卿がすぐ私に近づけていた顔を離すと前を向く。何だか少し耳が赤い気がするがそんなことよりハナコ様だ。

 激しい音と光りが止んだがまだどちらも控え目に魔法陣に存在している。起動しているという感じで床がさっきより小さいながらも低い音を立て魔法陣も薄っすら光っている。

 

「ではハナコ様、お力を示して下さい」

 

 魔法陣の準備が整ったのかいよいよハナコ様の聖なる力を見る事が出来るようだ。

 

「え?なんですか?」

 

 ハナコ様はさっきの光りのせいで目を瞬かせながらグウェイン様を見ている。

 

「ですから、聖なる力の魔力を少しお使い下さい。そうすれば魔力の濃度で力の全容がわかります」

 

「魔力って……魔術を使うための魔力ですか?」

 

 キョトンとした可愛い表情を見せるハナコ様。いです。

 

「そうです、さぁ!」

 

 グウェイン様がさっさとしろと言出さんばかりで語気を強める。

 

「でも私、魔術なんて使えませんよ」

 

「………………………………はぁ?」

 

 大陸中から音が消え去ったかと思うほどの静けさの後グウェイン様らしからぬおマヌケな声を出していた。

 

「だって私は普通の人です。普通よりちょっと出来が悪いと言われてるって言いましたよね?」

 

 あ、それ聞いたの私とリゼットだけです。

 

「まさか……いやそんなはずはない。だとしたらどうして……」

 

 グウェイン様が何やら考えを巡らせている間もハナコ様は話し続けている。

 

「魔術は使えないけど魔力とかの話はわかりますよ。最近ファンタジー小説を読み始めてそれに凄くハマっているので。でも読むのが遅くてまだ二冊しか読んでなくて、それには魔術師とか勇者とか王子様とか出てきて凄く面白いんです!」

 

 ハナコ様、少し静かになさったほうがいいですよ。

 

「凄く怖くて強い魔物を勇者とか大魔術師とかが次々と倒して世界が平和になるんです。その話に出てくる勇者が凄い格好良くて今一番の推しなんです!」

 

 ほの暗く光る魔法陣の上でハナコ様は熱心に語ってらっしゃいますがオーガスト様がちょっと絶望を感じさせる悲壮な顔でグウェイン様を見ているのがとても気になります。

 

 

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