第18話 賢者じゃない1

 私とリゼットが公爵とハナコ様のお世話をしやすいようにとオーガスト様が二人の部屋を隣り合わせに用意してくれることになった。

 本来なら公爵と賢者様改聖女様を同時に受け持つなどありえないがお二人共普通の方々ではないという所が逆にそれを可能にしていた。

 

 ハナコ様の部屋は公爵の隣で大会議室や他の文官が働く少しせわしい場所だが仕方がない。公爵がこんな所に陣取っているせいだ。

 所作が身についていないハナコ様に用意されたドレスの中から出来るだけシンプルな物に着替えさせた。長いドレスの裾は慣れているものでも扱いは簡単ではないからだ。

 召喚するにあたり色々な準備がされていたがまさかこんな少女が来るとは想定外だったようで、あまり体にあった物ではないが徐々に揃うだろう。

 専用に用意された物では無かったがドレスに着替えたハナコ様はとても喜んでいた。

 

「これ凄くキレイですね。お姫様みたい」

 

 ある意味お姫様ぐらい高貴な方だが全く自覚は無いようだ。ヒラヒラするスカートの裾を体を揺らせて鏡に映している姿は可愛らしいとしか言いようがない。ただの少女に見えるこの方が本当に聖なる力なんて持ってらっしゃるのか疑ってしまう。

 

 そんな疑問を抱きつつもハナコ様を鏡の前から部屋の中ほどにあるソファへ移動させると座らせる。今から少しずつハナコ様にこの国のやり方に慣れて頂く。でなければここにいることが辛くなるばかりだろう。

 

「ハナコ様、これから少しずつここでの振る舞いを覚えてみませんか?」

 

 私の提案にハナコ様は少し顔を暗くした。

 

「振る舞いって、私やっぱり変なのね。駄目なんだ」

 

「いいえ、変なのでは無く知らないだけです。駄目なのではなく学べばいいだけです。そんなに難しく考える必要はなく徐々に慣れていけばいいんですよ」

 

 これから大勢の目に晒される事が予想されるハナコ様を護る為にも必要なことだ。お世話をしつつ少し行儀、礼儀作法を教えていく事をリゼットと話し合った。恐らくこの先聖なる力を使って色々なことを成さなければいけないだろう。わざわざ時間を取って勉強する時間は無いだろうが食事や立ち振舞はその都度教えていく方がいい。その為には誰かが常にお傍にいることが望ましい。

 

 朝食もまだだったハナコ様に簡単な食事を用意してもらった。サンドイッチは誰だって手でつまんで食べる物だから気兼ねせずに良いだろう。熱いお茶は苦手なようだから少し温めのものにし、テーブルにつくときはイスは自分では引かず待つこと、ナフキンを膝にのせてから食べる事を教えた。

 

 ハナコ様が食事をしている間にリゼットにその場を任せて又隣の公爵の執務室へと向かった。もうすぐ昼食の時間が迫り部屋の中もそれに向けて仕事を一段落つけようとする雰囲気が漂っている。

 

「オーガスト様、少し宜しいでしょうか?」

 

「あぁ、エレオノーラ。どうした?」

 

 公爵の隣で書面を睨みつけているオーガスト様に声をかけると何故か公爵が私を睨む。いや、これは見ているだけか。

 

「オーガストとは前から知り合いか?」

 

 不意な質問にちょっと驚く。こっちはオーガスト様に話があるというのに。

 

「いえ、召喚の日に初めてお会いしました」

 

「その割にもう名前呼びか」

 

「お許しを頂きましたから」

 

 私の答えに不満気に睨む。これは間違いなく睨んでいるとわかるがどうしてかがわからない。もしかして名前を呼んで欲しいとか?公爵がメイドに?いやいや有り得んでしょう。

 

「オーガストは伯爵だからな」

 

「存じております。上位の方の中にもお名前を呼ぶことをお許し頂ける方が稀にいらっしゃいます。それに父の事もありますし」

 

 普通なら専属でもないメイドに、しかも初対面で許される事など無いだろうがオーガスト様は父の事を知っていると言っていたのでそのせいもあるかと思っていた。下っ端だが真面目な父だから信頼されているのかもと。事情を知ってしまった今では心証が変わった。歪んだ見方をすれば私を通して父を見ていた事になる。

 

「いや、エルビンの娘だという理由ではない、単にひと目見て気に入ったからだ。これでも下級メイドとして働き出したときに声をかけないくらいの節度は保っていたのだぞ」

 

 流石に私が城で働き始めたときには知っていたらしい。他の人達はまさか下級メイドにエルビンの娘がいるとは気づかなかったようだが、アヴァ様やキャメロン様あたりはわかっていただろう。なにせ抜け目がないメイド長達だ。

 

「大変失礼致しました」

 

 召喚の日に上級メイドとして誰が来るかいち早く察知してキャメロン様の所に来ていたくせによく言う。もしかしたら自分が命令したのかもしれない。もしくはアヴァ様とキャメロン様に売られたか。

 

「なるほど、そういうことなら私の事も名前で呼ぶ事を許す」

 

 公爵が面白そうな玩具を見つけた子供の様な顔をする。

 

「いえ、公爵閣下を一介のメイドがお名前口にするなど畏れ多いです」

 

 嫌だよ。まだ新人なのにあらぬ疑いをかけれられそうだもん。

 

「かまわん、むしろ命令だ」

 

 きたよ、こんなつまらない事で権力使ってるよ。

 

「畏まりました……グウェイン様」

 

 はぁ……疲れる。何故か満足そうに口の端を上げているグウェイン様、だから変人なんて言われているんですよ。

 

「ところで要件とは?」

 

 やっとグウェイン様が落ち着いた状況をみてオーガスト様が話を戻してくれた。つまらない事に使う時間は無いというのに全く。

 

「ハナコ様の今後の予定をお聞きしても宜しいでしょうか?私達のシフトも決めなければいけませんし」

 

「お前は私の専属だろう?」

 

 チッ、また口を挟んでくるよ。仕方ないけど。

 

「もちろんそうですが、グウェイン様がお仕事をなさっている最中は手が空きますしハナコ様のお世話もしなければいけませんから」

 

 この話はさっきしましたよね。

 

「空いた時間をどう使おうが私は構わんがそれではお前が休む時間が無くなるぞ。ハナコ様はこれから大臣達の前であれこれ精査されて後に王と謁見しその後出立の準備にかかる」

 

 思ってもみなかった話が随所に散りばめられ少し混乱する。精査?謁見??出立???

 

「あの、精査とは?」

 

 城内ではハナコ様が事情がわからなかったとはいえ不用意に話してしまった自らが賢者ではないということが問題になっている。グウェイン様が詳細を記した書類を作成し説明をしていたにも関わらず大臣たちの中には賢者でないなら召喚は失敗したのかと言われているらしい。

 

「理解力の乏しい奴らには実際に目にし体験しなければ意味がわからんようだ」

 

 グウェイン様が鼻で笑いながら馬鹿にしているのは国を支えている重要人物なはず。

 

「仕方ありませんよ。魔力を感じ取れる者でないとグウェイン様があのときどれほどのお力を使ったか完全には理解できないですから。ましてこれまで無かった聖なる力は魔法陣を使って測らなければ誰にも目にすることができませんから」

 

 オーガスト様が宥めるように暴言を吐く主を抑えている。

 どうやら近いうちに大勢の上位貴族の前で力のお披露目が行われるようだ。そんなことハナコ様に耐えられるだろうか?

 

「あの、それは一度練習することは出来ませんか?ハナコ様はいきなりそんな場に連れて行かれれば萎縮されてしまわれます」

 

 侍女と対面したときも怯えていた事を思い出しそう提案した。オーガスト様がグウェイン様を振り返り視線を合わせて二人で黙って思案している。数秒後にグウェイン様が軽く頷くとオーガスト様が立ち上がった。

 

「今、ハナコ様はお部屋にいらっしゃるな」

 

「い、今ですか!はい、いらっしゃいます」

 

 仕事早すぎでしょう!

 私はすぐに部屋へ戻ると食事を終えゆったりと寛いでいるハナコ様に事情を話そうとするとすぐ後ろから付いてきていたオーガスト様が話し始めた。

 

「ハナコ様、すぐに大会議室へ向かいましょう。グウェイン様がお待ちです」

 

 突然のオーガスト様の訪問に驚いたハナコ様が手にしていたティーカップを慌ててソーサーにガチャリと置くとパッと立ち上がった。

 

「ハナコ様、食器は音を立てずに扱ってください。それと立ち上がるときはゆっくりと優雅に見えるように」

 

 傍にいたリゼットから鋭い指摘が入る。今はそれどころじゃ無いって!

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