第17話 見つかった賢者

 公爵の部屋へ入るとピリピリした雰囲気の中、文官たちがいそいそと働いている。

 私達が入ってきたことで公爵は顔をあげて持っていたペンを離した。

 

「見つけてきたのか」

 

 ニヤリとしてウルバーノ卿をみる。

 

「良くやった、誰が最初に見つけたんだ?」

 

 公爵のすぐ横で資料を手にしていたオーガストが意気込んで聞いてくる。

 

「エレオノーラとリゼットです」

 

 すぐに答えるウルバーノ卿は他人の手柄を自分の物にはしない良いやつだ。公爵は明らかに気に入らない態度で高級なイスに背中をあずける。

 

「チッ、ダンテじゃないのか。で、メイド、何だその顔は?」

 

 ウルバーノ卿の後ろに控えていたがバレないわけない。私の顔の傷に目を止めた。

 

「いえ、これは別に」

 

「賢者様の侍女のフロイト伯爵令嬢とやりあってました」

 

 バラすなよ!叱られるじゃやないか!

 余計な事を言うウルバーノ卿をちょっと睨む。

 

「あ、あの!私が悪いんです。私のせいでエレオノーラさんが」

 

 ハナコ様が急に話に口を挟んだ。横からリゼットがそっと肩に触れ首を横に振る。上位の方の話に勝手に入ってはイケナイと知らないようだ。

 

「構わん、なんだそのメイドは?」

 

 どうやらメイド姿のハナコ様を自分がやっとの思いで召喚した賢者だと気づかなかったようだ。

 

「閣下が召喚されたハナコ・タナカ様です」

 

 時が止まったかのように執務室内の音が消えた。熱心に仕事に打ち込んでいるように見えた文官達も私達のやり取りをいつの間にか注視していたようだ。公爵は首を傾け疑いの目を向ける。

 

「そんな……小さかったか?」

 

 召喚した当時は疲労困憊で正確な判断がついていなかったのかもしれない。部屋の中の人達の気持ちを代表したかのような言葉にハナコ様はムッとすると口を尖らせる。

 

「別に小さくないです。これでもクラスでは真ん中位の身長で、それに私は……」

 

「恐れ入ります閣下、少し内密にお話があります」

 

 ハナコ様が余計な事を口走りそうで慌ててそれを遮る。公爵はちょっと嫌そうに顔を歪ませた。

 

「ここで働いている者がここでの話を他でしたなら即刻首が物理的に飛ぶことは承知していると思うが違うか?」

 

 公爵の言葉に文官達の止まっていた手が恐ろしい速さで動き出し何も聞こえていません風な態度で答えを示した。

 オーガストを見ると渋々ながら頷いたので仕方なく話し始める。

 

「ではまずハナコ様のことですが、いなくなったのは侍女が不信をかったせいだと思われます。私も先程お見かけいたしましたが少し尊大な方かと思われます」

 

「見かけただけで殴られるとは確かに尊大だな」

 

 公爵はふっと笑う。きっと後でウルバーノ卿に詳しく報告させるだろう。

 

「ですからこれからはハナコ様のお世話はメイドが担当する方がいいと思われます。出来れば私かリゼット、駄目なら下級メイドの優秀な者を」

 

「下級?上級ではなく?」

 

 オーガスト様が不思議そうに首を傾げる。

 

「はい、ハナコ様は恐らく人を使うことに慣れておりません。先程からご覧の通り私達メイドにも親しげに接してくださいますし、この国のやり方に馴染んでいらっしゃいません」

 

 敢えて礼儀作法とは口にせず言葉を続ける。

 

「下級メイドのように親しく接する事に慣れている者がお傍にいる方が心安くいられるのではないかと思われます」

 

 暗に触れない言葉の裏を読み取ってくれたのかオーガスト様がフムと頷く。

 

「では当面はエレオノーラとリゼット、もしくは二人が認めたものだけで賢者様のお世話を頼む」

 

 取りあえずは第一関門通過だ。ホッとしてハナコ様に笑顔を向けるとその幼さを残す顔をほころばせた。

 はぅっ……可愛い……

 笑顔に気を緩ませそうになるとリゼットが横から肘で突いてくれて我にかえる。まだまだ話さなければいけない事が満載だ。

 

「続いてお約束ことですが、私達は無事にハナコ様をお連れ致しましたので公爵閣下の専属として思う存分お世話させて頂きますが宜しいですよね」

 

 公爵はピクッと頬を引きつらせ私をグッと睨む。美麗な顔はただでさえ恐ろしさを感じる様相だが今回は本気で睨んでくる。

 だけど私だって伊達に伯爵家や子爵家でメイドを続けていたわけではない。ちょっとくらい睨まれたからって怯んだりしないんだから!いくらこの世のものと思われない絶世の美人だって少し目を細めて視界をぼやけさせればなんとかなる!くぅ〜!早く終わってーー!

 

「ふぅ、仕方無い、約束は約束だ。チッ、これだからエルビンの娘は嫌だったのだ」

 

 公爵の言葉にずっと気になっていた疑問を思い切ってぶつけてみた。

 

「あの、どうして私が父の娘であることに皆様注目なさるのでしょうか?無爵の下位貴族のただの文官ですのに」

 

 私が不思議に思いそう尋ねると公爵は一際大きくハッと笑った。

 

「なんだ、娘は知らんのか」

 

 公爵に同意するようにオーガスト様まで天を仰ぎ呆れたような感心したような態度を取る。

 

「さすが『無爵の星』『裏公爵』とまで言われた男です。こんなに完璧に隠し通しているとは改めてその有能さに感心しますね」

 

「……………………はぁ??有能って、なんですかそれ!?」

 

 思わず礼儀も何も吹き飛んでしまいあんぐりと口を開ける。私の姿に公爵が満足気に頷く。

 

「これは久しぶりにエルビンに一矢報いたか、次に会うときが楽しみだ」

 

 私の父親エルビン・スタリオンといえば王城では誰もが知る存在、正確には上位であればあるほどその存在を知り恐れるという。

 

 国を運営するにあたって派閥や血縁、これまでの経緯など貴族達の関係は複雑に絡み合い誰がどこで繋がりを持っているのかを詳しく知ることは困難を極める。

 ある事案では味方、またある事案では反対勢力であるなど、その都度都度によっての利害関係は混迷を極める。それぞれの部門の文官等は抱える事案を速やかに正確に漏れなく遂行するために、確認や調査に駆けずり回り折り合いをつけるために調整を図るのだが、そのためには確実で最新の情報が必要だ。

 

「エルビンはこの国だけでなく大陸全土の情報に精通している」

 

 公爵は忌々しそうに完璧な形の眉を額に寄せ空を睨む。

 

「何か大きな事を進めるとき必ずエルビンの所を訪れなければその事案は失敗するとまで言われている。もちろん反感を買えばいい情報は得られず、金でも女でも動かない潔癖で王からの信頼も厚い。だが本人は出世や爵位を拒みどこにも属せずただキンデルシャーナ国の安寧のために働く」

 

 オーガスト様が続けて話す言葉が上手く飲み込めない。

 あの父さんが情報に精通?王からの信頼?木っ端文官で安月給の働き過ぎのただただ優しいだけのあの父さんが??

 

 ふらふらと頭が揺れて景色が歪む。

 気がつけば応接セットのソファに座らされていて、隣に座っているハナコ様に手を握られていた。

 

「エレオノーラさん、大丈夫ですか?」

 

 動揺し冷たくなった私の手に柔らかく苦労を知らない、でも暖かい手が重ねられ心配そうな黒い瞳が私を見つめている。

 

「ありがとうございます……もう、大丈夫です。少し驚いてしまって」

 

 自分の事で不安があるだろうに、私の事を気にかけてくれるなんて優しい娘だ。

 私は気を持ち直すと立ち上がり公爵に醜態を詫た。

 

「構わん、あのエルビンの澄ました顔を一度乱してやりたかったんだ」

 

 乱されたのは私ですけどね。

 私の家庭事情で話が反れてしまったが今はハナコ様の事が優先だ。

 

「それからもう一つあるのですが」

 

 ハナコ様がご自分が賢者ではないと言ったことを説明すると公爵は驚きもせず頷いた。

 

「その話は聞いている。便宜上『賢者様』と呼びはしているが私は最初から賢者を召喚したわけではない」

 

 私は思わずリゼットとハナコ様の顔を見た。リゼットは驚きハナコ様は少しホッとしたような顔をしている。賢者と呼ばれるプレッシャーが無くなったせいのようだ。

 オーガスト様の説明によれば皆があの昔話『魔物大襲撃』のせいで召喚されてくるのは賢者だと思いこんでいたのだ。

 

「あの、だったら私はどうしてここに連れて来られたんですか?どうして私だったのですか?間違いじゃないんですか?」

 

 ハナコ様は私の手を握り不安と恐怖が入り混じった複雑そうな顔をして公爵に疑問を投げかけた。公爵はさっきまでの険しい顔を少し緩ませ柔らかい表情を見せ答える。

 

「私が行なったのは聖なる力を持つ者を探し出すものでした。あの魔術は聖なる力を引き寄せる魔法陣だったのです。ですからハナコ・タナカ様が選ばれて来るとは我々も想像しておりませんでした……こんな、少女とは」

 

 ウィンザー公爵が少し目をふせたことが気になった。

 

 

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