第15話 逃げた賢者2

 私は全く考え無しでこの提案をしたわけでは無かった。

 リゼットと二人でメイド用の更衣室へ向かうとさっきお仕着せを着替えた場所を改めて確認した。

 更衣室には三列の棚が並んでいて殆どが使われていて数人の休みの人以外空きはない。誰がどこを使っているかリゼットは把握しており今日の休みもわかっている。

 

「マリ、トリシャ、サラ……ん?ミラは休みのはずよ」

 

 早速休んでいるはずのミラのカゴが置かれた場所に誰かが脱いだ服を置いてあることを見つけた。

 

「これって……賢者様が着てた服に似てる」

 

 短い膝丈のスカートに生地の薄いブラウス。まるで平民の子供の様な格好だった。この国の女性は成人すれば貴族も平民もすね丈位の長さのスカートをはく。高貴な方になれば靴先が見えるか見えない位の長いスカート丈になる。メイドである私達のお仕着せは動きやすさも考えてすね丈のスカートだ。

 

 リゼットと更衣室を出て二番階段のある方に廊下を進む。

 

「それにしても公爵閣下の艶姿には参ったわ」

 

 リゼットが先程のアノ姿を思い出し反芻しているようで頬を赤らめる。

 

「確かに攻撃力が半端無かったわね。私はともかくリゼットも見たことなかったの?ずっと五階で働いていたんでしょう?」

 

 前方から文官が二人歩いてきたので道を開けるために廊下の脇へよって頭を下げる。

 二人が目の前を通り過ぎて五秒経ってからまた頭をあげて廊下を進む。

 

「まぁ、確かに五階ここに来て一年経つけどこの前も言った通り、私が来る前から既にウィンザー公爵にはメイドは誰も近づけなかったから、噂でしか聞いたことなかったの。拝顔していた人も何人かいたけど部屋からあまり出てこられないし、出ていらしてもフードで隠すような感じだったそうよ」

 

「そうね、あのかんばせを見せられたら仕事にならないでしょうね」

 

 普通なら見惚れて呆けてしまう美麗さだ。メイド達がキチンと仕事出来なかったりしなかったりで公爵の怒りを買い、出禁になったようだ。

 

 二番階段のとなりにあるメイド待機室兼準備室に入ると、そこには数人のメイドがお茶の準備をしたり休憩したりとざわざわとしていた。

 準備室にはこの階の客室や執務室などを掃除した際に出る洗濯物を一時的に置いておく場所もあり、並んだカゴを順次下級メイドが取りに来ては洗濯場へ運んでいる。

 

 どうやら今日は下級メイドがまだ運びきっていないらしくハリエットがイライラと文句を言っていた。

 

「ちょっと、どうなってるの?洗濯物がこんなに溜まってるじゃない!」

 

 気持ちはわかるが今日はちょっと仕方がない。

 

「ハリエット、私達が持っていくわ。今日は中庭の掃除で手を取られて仕事が押してるから」

 

 リゼットに目で合図して二人でカゴを持ち二番階段で洗濯場へ運ぼうとするとハリエットが声をかけてくる。

 

「あぁ、気をつけてよ。さっきも誰か階段で洗濯物をぶちまけてたから」

 

「はい、気をつけます」

 

 リゼットと二人でニヤッとすると階段を慎重に下りていく。一階につくと洗濯場へ向かいそこへカゴを置く。洗濯場では下級メイドが午前の遅れを取り戻そうと必死に手を動かしていた。

 

「あら、エレオノーラじゃない。何その格好、上級メイドになったのかい?」

 

 振り返ると中庭の掃除を手伝ってくれた洗濯係りの責任者のマーサが驚いた顔で近寄ってきた。

 

「そうなの、忙しいなか悪いんだけど、ここに新人のメイドが来なかった?若い黒髪の」

 

 確か賢者様は黒髪だった。

 

「来たわよ、サイズが合ってない上級メイドの服着た娘でしょう?洗濯カゴを持ってたからお仕着せを間違えて着てるんだと思って下級のを渡して着替えさせたの」

 

 なるほど。

 

「ありがとう、その子どこ行ったかわかる?」

 

「確か別邸の掃除が押してるって連れて行かれたわよ」

 

 マーサにまたお礼を言うとリゼットと別邸へ向う。

 

 三階建ての別邸の一階には厨房と食料倉庫があり二階には細々した備品を管理する部所などがあり、三階には泊まりの下級メイドや従僕用の宿泊所がある。

 厨房の掃除は見習いコックの仕事だからここにはいないはず。二階へ階段をあがるとさっきまで一緒に中庭を掃除していたグレタが備品室の掃除をしていた。

 

「グレタ、ここに新人のメイドが来なかった?」

 

 グレタは私の上級メイドの姿を見るとちょっと驚いたが三階に行ったと教えてくれた。

 リゼットと一緒に三階へ行くと幾つかある部屋のドアを全開にしてそれぞれ何人かのメイドが掃除をしていた。そのうちの一つから厳しく後輩を指導するような声がする。

 

「だから、箒の掃き方はそうじゃないって言ってるでしょう!穂先を使って軽く掃くの、押すんじゃない!」

 

「は、はい、すみません」

 

「もう〜さっきから何やっても駄目なんだから」

 

「すみません……」

 

 厳しい指導に可哀想に思いながら部屋を覗くと、険しい顔をした中年の下級メイドとオドオドとした不慣れな下級メイドがいて箒を使って掃除をしていた。

 

「あぁ、もうどうしてこんな事に……」

 

 リゼットがすぐに彼女に気づき止めに入ろうとしたので私はそれを手で制した。

 

「すみません、ちょっとその子に手伝ってもらいたいことがあるんですけど」

 

 それを聞いた中年のメイドが私を見て鼻で笑った。

 

「別にいいけど、全然使えないわよこの子」

 

 俯いたままの新人メイドを連れて私とリゼットが一階へ降りていくと、そのメイドはどこへ連れて行かれるのかとソワソワし始めた。

 

「大丈夫よ、仕事はここまで。厨房で何かオヤツをもらって休憩しましょう」

 

 そう話す私をリゼットまで不思議そうに見てくる。私はフフッと笑いながら厨房へ向かいコック長のニックにこっそり事情を説明してオヤツをもらい、建物の裏にあるコック見習いがサボっている場所へ行った。

 

 いつもなら数人サボリがいるはずなのに今は誰もおらず、適当な場所に新人メイドを座らせるともらってきたクッキーをそっと差し出した。

 

「さぁどうぞ、賢者様」

 

 ハンカチに包まれたクッキーを一つ手にした賢者様が驚いて私の顔を見た。

 

「私を知ってるの?」

 

 ニッコリ微笑むとハッとしたような顔をした。

 

「あっ!あの時のお姉さん!」

 

「はうっ」

 

 私は一瞬胸を押えると目を閉じた。

 

 駄目だ……可愛いって思っちゃうなんて。

 どうにも年下に『お姉さん』なんて言われると面倒をみたくなってしまう。

 

「大丈夫?エレオノーラ」

 

 リゼットがちょっと呆れたような顔してる。私は深呼吸して冷静さを取り戻す。

 

「コホンッ、改めまして私はエレオノーラ・スタリオンと申します。どうかエレオノーラとお呼びください。失礼ですが賢者様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

「田中、華子です……私も華子でいいです」

 

 俯き力無く答える。きっと朝から逃げ惑っていたのだろう。ハナコで良いということはタナカが家名なのか。他国のどこかの民族にも家名を先に名乗る国があったな。

 

「ではハナコ様とお呼び致します。お腹がすいていらっしゃいませんか?クッキーだけでは足りないでしょうから何かご用意致しましょうね」

 

 私がそう言うとハナコ様は首を横に振る。

 

「いいです、私、食べ方がおかしいみたいで……」

 

 は?食べ方って……

 

 手にしたクッキーをじっと見つめてため息をつき食べようとしない姿を見て何だかちょっとムカムカとしてきた。

 ハナコ様のお世話をしていたのは恐らく選抜された侍女達だ。上位貴族のお傍で世話をする彼女達は貴族の中でも爵位持ちの娘も多い。気位も高くメイドにキツく当たる者もいる。

 ハナコ様のために用意された侍女だからきっと家柄の良い伯爵あたりのお嬢様だろう。

 

「ハナコ様、ご心配いりませんわ。ここには私とリゼットしかおりませんからお好きに召し上がっていいんですよ」

 

 ハナコ様はきょとんとして私を見る。ニッコリ微笑むと安心したのかクッキーをポイッと口に放り込みモグモグ食べだした。次から次へとクッキーを頬張る姿にリゼットが飲み物を取りに厨房へ向かった。

 思った通り急に動きを止めると飲み込むのに四苦八苦しはじめる。すぐにリゼットがグラスに入った水を差し出すとそれをゴクゴク飲み事なきを得た。

 

「はぁ……苦しかった。ほんとヤバかったわ」

 

 手の甲で口を拭うハナコ様を見かねてリゼットがハンカチを取り出して差し出す。

 

「ありがとうございます」

 

 それを受け取り口と手をゴシゴシ拭う姿は平民の子供のように見える。実際十二歳か、十三歳位だろう。

 

「ハナコ様、どうしてメイドの格好なさっていたかお聞きしてもいいですか?皆が心配して探しているのですよ」

 

 私はハナコ様の前に膝をつくと目の高さを低くして見上げる。目の前のハナコ様は賢者というより弟のエドガールと同じでか弱く幼い。その様子は私の保護欲をグイグイ刺激する。

 

 むぅ〜駄目駄目、落ち着いて私!

 

 

 

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