第14話 逃げた賢者1
「グウェイン様、入りますよ」
返事を待たずにオーガスト様はドアを開け入っていく。後ろについて私とリゼットも入るとベッドに横になっている男の姿が目に飛び込んできた。
長い黒髪が無造作に白いシーツに投げ出されている。私達が入ってきたことに気づいたのか、こちらに向けていた背中がゆっくりと振り返る姿は色気がだだ漏れている半裸の男だった。起き上がると同時に体からするりとシーツが滑り落ち見事に鍛え上げられた胸筋や腹筋が惜しげもなく晒される。
私達を睨むように見る切れ長の青藍の瞳は長いまつ毛に縁取られ、スッと通った鼻筋の下に薄い唇が半開きになっている。
「ゴフッ……」
リゼットが急所を突かれたような声を必死で抑えている。
気持ちはわかるよ、私もかなりクラクラしてる。だけど私にはエドガールっていう美しい弟で免疫があるからね。
エドガールはかなり上位に入る美少年に育っていて私塾でも官舎でも評判は上々だ。もちろん弟だから毎日間近に美しい顔を見放題。そのせいでちょっとやそっとの美人には反応しないけどこれはかなり危ない領域だ。確か二十七歳、危険な大人の薫りがする。
「グウェイン様、話していた専属のメイドです」
オーガスト様がすかさずガウンをウィンザー公爵にかけてセクシーさを軽減させてくれる。あのままじゃ落ち着いて話しなんて出来ない。
「エレオノーラ・スタリオンでございます」
頭を下げて挨拶をし、横で目を回しそうなリゼットを肘で突き正気にさせる。
「リ、リゼット・カーターでございます」
リゼットが頭を下げ視線を外して息を整え、次に顔を上げたときは通常の状態に戻っていた。流石プロ。
ジロジロと私達を見たあとウィンザー公爵は不満気にオーガスト様を睨む。
「メイドはいらん」
「いります。私の苦労を少しは考えてください」
メイドがいないため何から何までオーガスト様が世話をしていたようだ。
「これからは私は仕事の事しかしませんから他の事はこの者達に言ってください。ちなみにお忘れかも知れませんがエレオノーラはエルビンの娘ですから気をつけて下さい」
エルビンの娘と聞かされたウィンザー公爵が私を睨んだ。
「そんなにややこしい奴を連れてくるな」
「他のメイドじゃ続かないじゃないですか。エレオノーラは召喚の日にもグウェイン様のお世話を見事にしていたので問題ないでしょう。これで駄目なら私は秘書を辞めますよ」
オーガスト様にそう言われ頭をモシャモシャとかきながら私達を見た。
「水……」
すぐさまリゼットが部屋に置いてあった水差しからグラスへ水を注ぐ。私は洗面所へ行き顔を洗う準備をしてすぐに戻ると、空のグラスを受け取り下がるリゼットと入れ替わりに洗面器を用意した。
「失礼致します。髪を束ねても宜しいでしょうか?」
ブラシと髪紐を見せると黙って紐だけ取り自分でさっと束ねて顔をバシャバシャ洗う。すぐにタオルを差し出し洗面器を片付けるとリゼットが用意してあった着替えを持ってきた。
「お手伝いしても宜しいでしょうか?」
リゼットの言葉を無視して無言でそれを奪うと着ていたガウンを脱ぎ捨て自ら着替え始める。リゼットは「ぐぅ」と小さく呻き何かを飲み込んで冷静を装っている。頑張れ、もう少し。
着替え終わったウィンザー公爵を見るとシャツの襟が少し乱れている。私は素早く鏡を差し出しそこを示すように公爵に見せる。公爵は眉間にシワを寄せたものの乱れを直すと私を睨む。
この睨むという行為は公爵にとってはただ見ているだけなのかもしれない。美し過ぎる顔は時に恐ろしくもあると実感する。美麗過ぎて人間離れし冷たく感じるのかもしれない。
公爵が魔術部の色である黒い上着を着るとオーガスト様が満足そうに頷いた。
「流石だ、二人共良くやった。こんなにスムーズに準備が出来たなんて、感動だ」
ちょっと大袈裟な言いようだが褒めてくれたのだから良しとしよう。
「それで、賢者様はどうなった」
ウィンザー公爵が執務室へ向かいながら尋ねるとオーガスト様がため息をつく。
「まだ見つからないようです」
執務室へウィンザー公爵が入るとそれまで淡々と書類に目を通していた文官達の動きが一変する。緊張感がみなぎり書類を書く手もさっきより早く動いている、移動する姿もキビキビとして無駄が無いように見える。
だよね、わかるよ。
「護衛騎士は何をしていたんだ。外からの危険の対処ばかりでなく中への配慮も出来んおろか者が賢者様を護衛していたのか」
公爵は怒りを体現する方らしく執務机につきながら体から何かがゆらりと立ち上ると執務室の温度が少し下がった気がする。
「城内からは出られないはずですからじきに見つかると思います。誰も見ていないという所が引っかかりますがね」
あんな少女一人をこの城から探し出すなんて簡単ではないだろう。あちこちある小さい隙間に入り込めば見つけるのは大変そうだ。
さっきのウルバーノ卿達が話を聞いた侍女達は外へ逃げると思って建物の外を探していたが果たしてそうだろうか?
「ふむ、メイド」
公爵はふっと意地悪そうな顔して私達を見た。
「賢者様を探してこい。見つかるまで帰ってこなくていい」
はぁ?それって体よく追い払ってるだけじゃない?
「何馬鹿なこと言ってるんですか、エレオノーラとリゼットはグウェイン様のお世話の為にここにいるんですよ」
オーガスト様が少し呆れ気味にいう。
「私の世話も何も賢者様がいなければこの大陸が大変な事になるんだぞ、それでもいいのか」
「それは……」
ウィンザー公爵の意地悪な命令もこの大陸が大変なことになるという話も気になるが個人的にはあの賢者様の事が一番気になる。
「オーガスト様、宜しいですか?」
私はオーガスト様に小声である提案をした。それを聞きオーガスト様がニンマリするとウィンザー公爵を見た。
「ではグウェイン様、この者達が賢者様を見つけたらこれからはきちんと世話させると約束しませんか?」
「どういうことだ?」
賢者様を見つけたら私達が思うようにウィンザー公爵を世話でき公爵はそれを拒否出来ない。
そういう約束を取り付けようとすると公爵が訝しむような顔をしてこちらを見る。
「まさか本当は見つかっていてそんなことを言っているのでは無いだろうな」
「とんでもございません。私は賢者様の事が心配ですし、閣下のお世話も完璧にしたいと思っているだけでございます」
思ったままを口にすると更に不審感をあらわにする。
「完璧か……では見つけられなければメイドを辞めるか?」
「いえ、それは無理でございます。働けなければ可愛い弟を育てられませんから」
弟と聞いてリゼットがピクッとする。
「弟の面倒を見ているのか?母親は?」
オーガスト様が慌てて口を挟んでくる。
「グウェイン、スタリオン夫人は亡くなっている」
チラッと気まずそうにオーガストを見たあと私に視線を戻す。
「すまなかったな」
「いえ、随分前の事です。ですが父は忙しいですし、それ以後弟は私が面倒を見てきましたので」
ウィンザー公爵は自らの机の上に積んである書類束に目をやった。
「事情はわかった。ではメイドを辞めることはしなくていいが私やることに口出しはするな」
「畏まりました。では行ってまいります」
礼を取って部屋からリゼットと二人出ると盛大にため息をついた。
「エレオノーラ凄い。よくあんなこと言ったわね。嘘がバレたらどうする気?」
リゼットと並んで歩きながら私は首を傾げる。
「何が嘘なの?」
「弟さんの事よ。もう充分大人なのに面倒見るだなんて」
「嘘じゃないわよ、面倒見てるもの」
帰ったらまた髪を梳いてあげよう。ついでにぎゅって抱きしめて今日こそ可愛い可愛いするんだから。
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