第13話 賢者が来たら忙しさ倍増3

 応援の成果もあり午後まで押すかと思われた中庭の掃除が昼間際には粗方片付いてきた。

 何故か私の区画を手伝ってくれていたウルバーノ卿が他の区画も手伝ってまわり皆が顔を引きつらせながらこれまでにない全力で早く仕事を終わらせようとしていたからだろう。

 こんもりと積み上がった落ち葉を順次焼却炉へ入れていくのは庭師達がやってくれる。

 

「ウルバーノ卿、ご助力ありがとうございます。お陰様で作業がはかどり早く終了致しました」

 

 最後のカゴを運んできたウルバーノ卿に皆で深々とお礼を言った。

 

「礼は無用だ。私は上司の命にしたがったまで、それよりエレオノーラ」

 

 皆の礼を受け、無用とは言ったものの少し頬を染めたウルバーノ卿が私を手招きする。

 

「何でございましょう?」

 

 ウルバーノ卿はそのまま私を連れて本邸に向かう。

 

「あ、あの、どこへ向かわれるのでしょうか?」

 

 私の持ち場は別邸だ。早く休憩に入って朝から走り回った体を少しでも休めて午後からの業務にさわりが無いようにしたいのに。

 

「掃除が終わったらお前を連れてくるようキャメロンに頼まれてる、だがその前に治療だ」

 

 そう言って本邸の医務室へ連れて行かれた。

 

「あの、ウルバーノ卿、治療って私ですか?」

 

「あぁ、さっき見ていたら手首をかばっているのがわかった」

 

 申し訳なさげに視線を下げるウルバーノ卿が最初の印象とは少し違って見えた。確かにウルバーノ卿に掴まれた手首が落ち葉を集めているうちに痛みを増してきていたのだ。隠していたつもりが見つかっていたとは。医務室へつくとウルバーノ卿が中にいる医術者へ治療するよう声をかけてくれた。しかも高級ポーションであっさり完璧に治してくれる。

 ウルバーノ卿は良い人。私は自分の記憶を書き換えた。

 

 

 

 治療を終え、ウルバーノ卿が私をキャメロン様の部屋ヘ連れて行く。きっと昼休みはこれで潰れたろう。ドアをノックして開けるとキャメロン様が迎えてくれる。

 

「あぁ、ウルバーノ卿、ありがとうございます」

 

「仕事だからな、それでエレオノーラの上級メイドへの……」

 

 部屋へ入りながら話をしていると廊下側の窓から中庭に騒がしく人が行き交うのが見えた。

 

「いらっしゃったか?」

 

「いません!」

 

「西側は見たのか?」

 

 バタバタと走りまわっているのはどこかの侍女達と護衛騎士が数人。ちょっと気になった私は二人を振り返る。

 

「事情を聞いて参りましょうか?」

 

 キャメロン様が許可するより先にウルバーノ卿が窓を開き近くにいた侍女を呼んだ。

 

「何事だ?」

 

 侍女は少し近寄り疲れた表情を見せる。

 

「賢者様……タナカハナコ様がいなくなりました」

 

「なに!?どこに行かれたのだ!誰も傍にいなかったのか?」

 

 侍女によるとほんの少し目を離したすきにいなくなり捜索中とのこと。護衛もいたはずなのにそれに気づかれず逃げ出す賢者様ってかなりのやり手なのか。

 

「チッ、キャメロン、すまないが私も捜索に加わる」

 

 ウルバーノ卿はすぐに中庭へ向かうためか窓からヒラリと飛び出した。

 

「はぁ〜、魔術師というより騎士のような方ですね」

 

 私はその行動力に驚き窓を閉めながらキャメロンに言う。賢者様の事は心配だが今は仕事で自由がきかない。

 

「ウィンザー公爵直属の方ですからね。あの方は魔術師といえど騎士としても通用するほどの剣の遣い手ですから部下の方にもそれを求めていらっしゃるようですよ」

 

 それって魔術師としての訓練と剣士としての訓練と両方しなければいけないということですか。恐ろしく気の毒。

 

 

「さて、貴方の今後の所属ですが、上級メイドとして働いてもらいます」

 

 部屋に通され、キャメロン様は執務机につくと私に正式に辞令を出した。

 

「私は王城で試験を受けておりませんがいいのですか?」

 

「それは私の方で処理しておきます。そもそも確認するための試験ですが貴方の能力はもう確認済みですから」

 

 既に伯爵家では上級だったし召喚の日にも上級として働きそれが認められていたのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 自分の能力が認められるのは嬉しいものだ。

 

「ですが私は泊まりの仕事は……」

 

 溺愛してはイケナイと言われてもエドガールを家に一人で置く事にまだ抵抗がある。

 

「駄目ですよ、話は聞いてます。弟さんは充分に大人ですし貴方も責任ある仕事についたのですから規定通り働いてもらいます」

 

 規定って、あって無いようなアレですか。命令されれば問答無用なのに働くメイドの保護とうたわれた名ばかりの規定。

 

「畏まりました」

 

 逆らえるわけもなく。とうとう城で上級メイドになってしまった。

 

「それでいつから上級として働けばいいですか?」

 

 持ち場が変わるならそれなりに家の整理をしてエドガールや父に困らなように何がどこにあるかを教えておかないといけない。食事は城のダイニングカフェを格安で利用出来るから多少安心だがそれでも好きな物ばかり食べそうで気になる。それでなくとも放っておくとエドガールは肉ばかり食べてしまって野菜をもっと食べさせなきゃと思っていたところだ。

 

「今この場からです。貴方はウィンザー公爵閣下の専属メイドになってもらいます」

 

「…………畏まりました」

 

 終わったな。

 

 

 どこをどう歩いていったか思いだないが気がつけば本邸東五階の責任者ハリエットの部屋の前に来ていた。無意識でもちゃんとたどり着くなんて私って凄いと思いながらドアをノックする。

 返事を待って入室するとそこにハリエットの他にリゼットが無の表情で立っていた。私と目が合うと何かが通じ合う感覚がする。

 

 そう……あなたもなのね。

 

「あぁ、来たわね。早速だけどリゼットと一緒にウィンザー公爵のお部屋に向かって。エレオノーラは来たばかりだけど貴方がメインで専属の仕事を進めて」

 

 ハリエットは私達を追い出すように部屋から出してドアを閉めた。

 

「はぁ……ハリエットはせっかちだから」

 

「それ知ってる」

 

 お互いに自分の立場を飲み込むのに数秒かかった。

 

「とにかく、貴方がいてくれて良かったわ」

 

 私はリゼットに手を差し出し握手した。

 

「この前もなんとか乗り切ったんだし、これからもなんとかなるはず、二人なら」

 

 共通のを持った者同士、気合をいれた。

 

 

 ウィンザー公爵のお屋敷は勿論城下の特別区にある。しかしウィンザー公爵はそこへ殆ど帰らないそうだ。

 城でのウィンザー公爵の部屋は執務室と個人的な部屋の二間続きでそれは大会議室の隣の隣。文官達が働く部屋の隣が公爵の執務室だ。なかなか気が抜けない環境に今日から私達も仲間入りだ。

 

 更衣室で上級メイド用のお仕着せに着替えようとしてちょっと手間取った。置いてくれていたはずのお仕着せがそこに無かったからだ。だけどいつ汚れるともわからないお仕着せの替えはすぐ横の戸棚に常備されている。

 そこから一着取り出し着替えて軽く化粧もする。下級メイドは化粧不要だが上級ではそうはいかない。

 

「行くわよ」

 

 リゼットに声をかけ公爵の部屋の前に移動しドアをノックする。返事が聞こえ静かに入室すると少し顔をあげて部屋中を確認した。

 そこは執務室で中央奥に大きな執務机がありその手前にこじんまりとした応接セットがある。普通の上位貴族用の物にしてはシンプルで小さめ、寛ぐ事を許さない感じがする。その代わりに文官達が使える机が幾つも並べてあり既にそこには淡々と仕事する男達がいる。

 

「あぁ、来たな、エレオノーラ。こちらへ」

 

 ウィンザー公爵の立派な執務机の横にピッタリくっつけるように置かれた机に座っていたオーガスト様が私達を呼ぶ。

 

「本日付けでウィンザー公爵専属になりました、エレオノーラ・スタリオンでございます。よろしくお願いいたします、オーガスト様」

 

「同じくリゼット・カーターでございます。よろしくお願い致します、クルス伯爵」

 

 改めて正式な着任の挨拶をし礼を取る。オーガスト様は立ち上がるときっちりと着任を承諾する。

 

「これから頼むよ、リゼット・カーターもオーガストと呼んでくれて構わない。私もリゼットと呼ぶがいいかな」

 

「もちろんでございます。ありがとうございます」

 

「では早速だがグウェイン様に挨拶に行こう」

 

 オーガスト様は上着のボタンを止めると続き部屋のウィンザー公爵のもとへ向かった。

 

 

 

 

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