第12話 賢者が来たら忙しさ倍増2
イライラした声でちょっとキツめのお言葉。
「あの、私は別に」
「後をつけたり、部屋に勝手に入ったり、物を置いていったり、いい加減うんざりだ!」
これは名も知らぬ誰かから好意という名の嫌がらせを受けている感じか。
「私じゃ無いです」
「だったら何故ついてくる!」
「たまたま方向が同じで、キャメロン様の部屋に用があって」
「お前は下級メイドだろ。何故上級メイド長に用がある!」
なんだかヤバい感じがする、これは逃げたほうがいいな。
「失礼します」
そう言って振り返り走って行こうとするとガシッと手を掴まれた。
「待て!話は済んでない」
「キャ、イタッ!」
グイッと引っ張られてよろめき廊下の壁にぶつかった。
「あっ」
流石にやり過ぎたと思ったのかウルバーノ卿がすぐに手を離した。ぶつかった方はそれほどでも無かったが掴まれた手首が痛かった。すると騒ぎに気づいたのか近くのドアが開き中から誰かが出てきた。
「何をしているダンテ!」
聞き覚えのある声に顔をあげるとオーガスト様が駆け寄って来るところだった。彼はすぐに近寄り私が押えていた腕にそっと触れる。
「大丈夫かい?エレオノーラ」
ウルバーノ卿に掴まれた手首は赤くなり少し痛んだが
「だ、大丈夫です、オーガスト様」
オーガスト様は険しい顔でダンテを睨む。
「一体どういうことだ?エレオノーラはエルビンの娘だぞ」
オーガスト様のひと言にダンテがビクッとする。
「えぇ!?何故エルビンの娘が下級メイド……エレオノーラって、お前は……ストローの!」
どうやらウルバーノ卿は下級メイドのお仕着せを着ているせいで召喚の日にウィンザー公爵の世話をしていた私と気づかず、しかも自分を追い回すメイドと勘違いしたらしい。なにせ地味なもんで。
顔をあげて改めてウルバーノ卿の顔をよく見るとキリッとした目つきにスッと通った鼻筋、確かに女性にモテそうだ。
モテ男のせいで贅沢な苦労はあるだろうが関係無い私に濡れ衣を着せた上に乱暴を働くのは違うだろう。
「オーガスト様、申し訳ございませんでした。コイツが、いえ、このメイドがエルビンの娘とは知らなかったもので」
「先ずは私ではなくエレオノーラに謝罪しなさい。このことは主に報告しておく、沙汰によっては覚悟をしておけ」
「はい……」
なんだか怪我した手首を隠した割に大事になっている気がする。それにさっきから気になるのは『エルビンの娘』という言葉だ。召喚魔術の日からやたらと耳にする言葉だけど私の父親がエルビンだということがそんなに重要なことなのだろうか?
「あの、オーガスト様、本当に大丈夫ですから」
失敗して落ち込んだようなウルバーノ卿が少し気の毒になってきてそう言うと、当のウルバーノ卿が私に改めて向き直り頭を下げて謝罪をする。
「無礼を働いてすまなかった。心からの謝罪を」
「いいえ!謝罪は結構です」
相手は子爵だ。ムカつくけど無爵の娘の下級メイドとしてはこれ以上関わらなければそれでいい。
「謝罪を受け入れてもらえないということか?」
顔を歪めて鬱陶し気に私を見るウルバーノ卿が怖くて仕方がない。
「違います。謝罪して頂かなくてもいいということです。私はただの下級メイドですから」
そう言うとウルバーノ卿は何かに気づいたような顔をした。
「そうだ、下級メイドなのがまずおかしい。オーガスト様、今後このような間違いを犯す者が出ないとも限りません。せめてエレオノーラを上級メイドにしてはいかがですか?」
ウルバーノ卿の言葉にオーガスト様も頷く。下級メイドには貴族、平民が入り乱れているが上級メイドはほぼ貴族だ。中には爵位持ちの娘がいて結婚相手を探したり、上級貴族の目に止まり侍女になることを目指している場合もある。
「私もそこは驚いていた。エレオノーラ、何故また下級メイドの仕事をしているのだ?」
「はぁ、何故と言われましても私は下級メイドですから」
そもそも召喚の日に人手不足で一時的に回されていただけだ。
するとオーガスト様が出てきた部屋から上級メイド長のキャメロン様と下級メイド長のアヴァ様が一緒に出て来るとこちらにやって来た。
「なんの騒ぎですか?……まぁ、エレオノーラどうしたの?」
「あ、アヴァ様、これは……何でもないです。私はただ中庭が大変な事になっているから掃除する人数を増やして欲しくて」
これ以上騒ぎを大きくしたくなくてすぐに要件を切り出した。私がアヴァ様と話している間にオーガスト様がキャメロン様にさっきのことを説明していた。
キャメロン様が私を見るなりちょっと大袈裟にいう。
「まぁなんて事でしょう!この人手不足の折にメイドが怪我させられるなんて」
「え?怪我!?」
怪我と聞いてアヴァ様の目が鋭く光った。隠していた私の腕を掴み赤くなった手首を確認すると深いため息をつく。
「これじゃあ業務に支障が出るわね」
仕事が押すことを嫌うアヴァ様がじろりとウルバーノ卿を見た。アヴァ様は無爵の貴族だが下級メイド長として長年君臨しており昨日今日城へ来たばかりの子爵家程度の若造には引けを取らない。
アヴァ様の眼光を受けウルバーノ卿がビクッとした横でオーガスト様がニヤッとする。
「とにかく、私は持ち場に戻ります」
これ以上ここにいても私に良いことは無いだろうと思い礼を取ってその場を去った。
やや駆け足で逃げるように廊下を進んでいる後ろでアヴァ様の低い声が響いていたがそれは私には無関係だとしておこう。
「ウルバーノ閣下、少しお時間宜しいですか?」
再び中庭を前にため息をつく。
思ったより長い時間離れていたが、その間働き続けたはずのグレタの区画でさえ代わり映えしない落ち葉の量が見える。
「あ、エレオノーラどこ行ってたの?流石に無理だからマーサとジルにも応援頼んだのよ」
グレタは通りかかった洗濯係りのマーサと下働きのジルにも空いた時間で手伝ってもらっているらしい。
「私もアヴァ様に頼んできたからもう何人か来ると思う」
グレタが割り当てられた区画が一番木が多いから大変なはず。私は自分の区画だけでも自力で片付けようと沢山のカゴを用意しそこへ次々と落ち葉を詰め込んでいった。落ち葉は両手一杯に抱えたって軽いし、大体がかたまって木の下にゴッソリ落ちているから先ずはそれをやっつけよう。
カゴ全部が一杯になったら焼却炉近くへ持っていこうと思い空のカゴが無くなるまで一心に落ち葉を詰めていた。
集めては詰め、集めては詰め、集めては詰め、集めては詰め……
アレ?こんなにカゴってあったっけ?
ふと顔をあげるとそこに赤い髪の男がいて満杯のカゴを二つ抱えて走り去っていくのが見えた。
まさかウルバーノ卿?
軽快に走り去りすぐに空のカゴを持って帰ってくる。
「閣下、何をなさっているのですか?」
再びすぐに満杯のカゴを抱える姿に声をかけた。
「気にするな、業務の一環だ」
そんなわけあるか!
「ここは私の持ち場です」
「承知している。それより早くしろ、カゴが空になっているぞ」
そう言ってまた走り去る。
ウルバーノ卿が戻って来るたびに何とか話を聞こうとしていたが卿は一向に止まる気配も無く黙々とカゴを運び続ける。そのうちやってきた他の下級メイド達も私の区画を走るウルバーノ卿を見て他の区画へ逃げるように去っていく。
私だって逃げたい。
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