第11話 賢者が来たら忙しさ倍増1

 せっかくもらった特別休暇だったが家の用事をして一日が終わった。

 いつものようにエドガールの世話をしたかったがリゼットに言われたことがじわじわと気になり前のように可愛がる事に気が引けてしまう。きっと自分でも薄々イケナイ感じがしていたのかもしれない。

 

 エドガールが大きくなるに連れ一緒にシャワーを浴びる事も、同じベッドで寝ることも嫌がるようになってきていた。仕方なくそれらは我慢していたが最近では髪を梳かす事まで嫌がってくる。

 

 だけど今日はイケる気がする。

 

「エドガール、髪を梳いてあげましょうか?」

 

 だって私は徹夜でお仕事頑張ってきたんだよ。

 

 私塾に行くために準備しているエドガールに目に力を込めて頑張ったアピールをした。

 

「はぁ……もう、仕方ないな。時間が無いんだから少しだけだよ」

 

 可愛いエドガールがちょっと呆れた風ながらもイスに座って後ろを向いた。

 

「やった!」

 

 私は喜んで弟の髪を梳き始めた。母親似の金色の髪は柔らかく毛先が少しカールするクセがある。薄い茶色のなんの変哲もない私の髪とは大違いだ。

 

「伸びてきたわね、切ってあげようか?」

 

 指先でくるくると毛先をいじっているとエドガールが頭を振って私の手から逃れる。

 

「いいよ、もう時間がない。帰りにコーディーに切ってもらう約束してるから」

 

 そう言うと立ち上がりカバンを持つ。

 

「……わかった」

 

 仲良しの友達に頼んでいるだなんて……なんだか嫌がってるかも、これ以上は構いすぎだろうか?

 

 いつもなら私がしてあげると粘る所だが我慢した。するとエドガールが不思議そうな顔をして首をかしげる。

 

「姉さんどうしたの?何か心配ごと?」

 

「うぅん、別に、大丈夫よ」

 

 ごまかそうと笑って見せるとエドガールが私の頭をポンポンと叩く。

 

「世話したりないと思ってるんだろ?」

 

「えぇ!違うわよ」

 

 なんでわかるの?

 

 いつの間にか私よりずっと背が高くなったエドガールは私塾へ行くために玄関のドアを開けながらニヤリと笑う。

 

「姉さん、僕の事はもういいから、手のかかる旦那さんでも探せば?行ってきます」

 

「はぁ?何言ってるの!?い、行ってらっしゃい、気をつけてよ!」

 

 旦那さんなんて言い出すなんて。

 

 私には縁のない話だ。恋愛結婚ならともかく持参金が用意出来ない貧乏無爵の貴族の娘に結婚は無理だ。それに私は恋愛に縁がない。

 

 だけどエドガールは違う。今は勉強に忙しいからそんな気も無いだろうけど、もうすぐ行われる貴族学院の試験に通ればひと安心だ。

 二年間学院で学べば大概の所で働く事が出来る。エリートコースに乗れるから父のような下っ端文官じゃなくて、役職によってはお金がかかるけど上位貴族になれる可能性もある。そのための資金を貯めるために切り詰めているのだ。

 

「よし、仕事頑張ろう」

 

 エドガールの髪を梳いたブラシで今度は自分の髪をサッと一つに纏め高い位置で丸めると仕事に向かうために部屋から出た。

 

 別邸につくといつも通り下級メイドのお仕着せに着替え掃除道具を取りに行く。道具を入れてある部屋の壁に貼ってある紙を見て今日の自分が担当する場所を確かめる。

 

 今日は中庭担当で、広い中庭を四人で午前中に掃除して回らなくてはいけない。庭木や花のお手入れは勿論専門の者がいるが散ってしまった花びらや枯れ葉等を集めて焼却炉へ持っていかなくてはいけない。

 

「おはよう、遅かったわね」

 

「おはよう、グレタ。遅くないわよ」

 

 同じ中庭担当の子達と合流し、割り当てを決めると早速向かう。基本的に一人で回っていくが集めたゴミは一か所にまとめていく。

 中庭の中心にゴミを集めるのが本当なら合理的だけど、見た目を考えて流石にそうはいかず。東側にある焼却炉へ続く道の端の目立たない所へ集めていく。

 

 私の今日の割り当てはゴミを集める場所から遠い西側だったので大きなカゴを用意し一旦そこへゴミを入れて運ばなくてはいけない。

 担当場所へ着いて開いた口が塞がらなかった。

 

「「なにこれ!?」」

 

 同じく西側担当のグレタと一緒に叫んでしまう。そこには背の高い木から低木まで、もうすぐ少しずつ散っていくであろうと思っていた花や木の葉が全ていっぺんに毟り取られたように散っていた。

 

「どうしてこんな事に……あっ!」

 

 思い当たる節があった。

 

 アレか、一昨日おとといの。

 

「まさか魔術のせいなの?」

 

 もうグレタも気づいたようで、うぇ〜って顔してる。

 大量に魔力が使われる魔術が行使されたとき、対象物以外にも多少の影響が出る場合がある。それは大概、生物に大きく作用するようで、建物や道具などには影響が出にくい。

 それに魔術の完成間近にオーガスト様と部下の二人が魔法陣の周りを保護していたようだったから少しは軽減されていたはずだ。

 だが一昨日の召喚魔術も人間や植物は圧を感じるなどの影響を受けてしまっていた。

 

「うわぁ〜、これ午前中に終わるかな」

 

 こんもりと積もっている木の葉を見つめていると気持ち悪くなってきた。

 

「最悪、なんで私が担当の日なの」

 

 グレタの嘆きはもっともだ。中庭の掃除は一日置き、運の悪さにうんざりしながらお互い持ち場に向かった。

 

 

 掃いても掃いても掃除は終わらない。いつもなら担当区画の全てのゴミを集めることが出来るカゴも一瞬で一杯になるため、焼却炉近くへ何度も往復しカゴを運んではカラにして戻って、集めて一杯にしてはカゴを運んだ。

 

「駄目だ、終わる気がしない」

 

 私はグレタに声をかけ、下級メイド長のアヴァ様の所へ向かった。

 いつもならこの時間アヴァ様は朝食を運び終えたか確認するために厨房にいるはずだ。

 

 厨房へ入ると少しグッタリとした料理人達が呆然としていた。いつもはキビキビしている料理長のニックまで疲れた顔をしている。

 

「どうしたの?ニック」

 

 私に気づくとニックは頬を引きつらせヘラっと笑った。

 

「いやなに、いつもの半分の時間で朝食を用意しただけだ」

 

「半分!?」

 

 朝早くから城に留まって働く職員の為に用意されたダイニングカフェには仕事の開始時間に間に合わせるために急いで食事を取る人達が多くいる。

 その人達に出す食事は遅らせるわけにはいかない。しかもその多くは貴族だ。下っ端貴族が多いとはいえ料理人は平民がしめているからお叱りを受ければ首が飛ぶ可能性だって無いわけじゃない。

 

「どうしてそんなことに?」

 

「そりゃ、例の魔術の影響さ」

 

 ニックは大きな声では言わず、ヒソヒソと話し始めた。

 

 召喚魔術のせいで多くの生物が影響を受けたが、それは城内に限られている。王城は不審なものから王族を護るため結界で囲まれているから、外からの影響を受けない上に内側で起った事も外へは漏れない。

 

 今回の召喚魔術も城外には全く影響が無いと思われていた。が、その時間・・・・に城に訪れていた生物には影響があった。

 城へ物資を納入していた人やそれを運ぶ馬車を引く馬たちだ。今回の事で馬が怯え馬車を引くのを嫌がったらしく、業者が品物を時間通りに納入出来なかったらしい。業者が遅れても叱られるのは料理人だ。

 他の部署にも影響があっただろうが新鮮な食事を提供する為に毎日品物を納入してもらっていたことが裏目に出たようだ。

 

「そうだったの、こっちも大変なのね」

 

「まぁ、明日には落ち着いて来るだろう」

 

 召喚魔術のせいとは大きな声で言うわけにはいかないニックが小声のせいで私まで小声になってしまう。

 

「ねぇ、アヴァ様がどこにいるかわかる?」

 

「あぁ、さっき上級メイド長のキャメロン様に呼ばれてったぞ」

 

 ってことは本邸か。

 

「ありがとう、ちょっと行ってくる」

 

 ニックに礼を言ってすぐに本邸へ向かう渡り廊下を急いだ。

 

 本邸に入りキャメロン様の部屋を目指す。廊下を静かに進んで角を曲がろうとすると、グウェイン・ウィンザー公爵の直属の部下、赤い髪のダンテ・ウルバーノ卿が歩いて来るのが見えた。私は道を開けるために廊下の端によると頭を下げてじっとしていた。

 ウルバーノ卿は私と知ってか知らずか、通り過ぎそのまま私が行くのと同じ方向へ歩いていく。

 なんとなく気まずさを感じながら少し距離をあけて後ろをついて行くように歩いているとそれに気づいたのかウルバーノ卿が振り返った。私はサッと下を向き足を止める。

 

「私に何かようか?」

 

 違うわよ、自意識過剰ね。

 

「いいえ」

 

 そう言うとウルバーノ卿は何を思ったか戻ってくると私の前で止まった。

 

「いい加減にしてくれないか、私は今それどころじゃ無いんだ」

 

 なんだコレ?叱られてる?

 

 

 

 

 

 

 

 

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