第10話 賢者は戸惑う2
数分が過ぎたが女性は動かない。彼女は綺麗なドレスを着た上品な感じでさっきの優しそうなお姉さんとは少し違う。
さっきのお姉さんはメイドカフェの店員のような格好だがカフェの店員より上品な黒いワンピースに白い控え目なフリルがついたエプロンをつけていた気がする。さっきの人はバイトや社員さんで、この人は店長さんって感じだろうか?お姫様みたいなの感じもするけどそんな人が私の世話なんてするはずないだろう。
「あ、あの……」
「はい、何でございましょう?」
女性は丁寧に応じようとしてくれているようだ。危険な感じはしない。
「これ、飲んでもいいですか?」
ちょっと落ち着いてきたのか喉が乾いた気がする。
「勿論です、よろしければ私がご用意致します。お傍へ行っても宜しいでしょうか?」
一瞬悩んだが目上の人にこれほど下手に出られては断れない。
「はい、お願いします」
女性はゆっくりと静かにローテーブルの前まで来るとティーポットからカップへお茶を注いでくれる。ほのかに紅茶の香りがして少しホッとする。別に紅茶に詳しいとか大好きというわけでも無いがここに来てやっと前から知っている物と接した感じがした。
「失礼致します」
出来るだけソファの端っこに身を寄せていた私の前にそっとカップを置いてくれ、少し後ろへ下っていった。せっかく淹れてもらったのだからありがたく頂こうと思いカップを手に取った。
「あっつ、ふぅ〜ふぅ〜」
淹れたてのお茶は熱くてすぐには飲めず、吹いて冷ましながらずずっと少しずつ飲んでいく。半分ほど飲んでカップを戻し顔をあげると女性がビックリしたような顔で私を見ていてビックリした。
「え、あ、あの」
何か変だったかなと思い焦ってしまう。女性は目を泳がせたが咳払いをする。
「いえ、あの、賢者さま……」
「賢者じゃないです」
そこはハッキリ言っておかないと、人違いだって。
「では、失礼ながらお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい、私は田中華子です。賢者じゃないんです!家に帰してください!」
ここがどこかとか、皆が変だとか、そんな事はもういい。とにかく帰してもらわないと困る。
「タナカハナコ様……少しお待ち下さい。聞いて参りますから、くれぐれも部屋から出ないとお約束頂けませんか?」
さっきやらかしたばかりだから警戒されるのは仕方ない。コクリと頷くと女性は焦った様子で部屋から出ていった。
「はぁ……」
やっとちゃんと事情を聞いて貰えそうな感じがしてきた。もう一度カップを手に取りずずっと紅茶をすする。ついでにクッキーも一つつまんでモグモグと食べる。
きっと誤解が解けて家に帰れるに違いない。ホント訳わかんない。あぁ、制服汚しちゃってお母さんに叱られそう。
ポンポンと汚れたスカートを払い、二つ目のクッキーを頬張っているとノックが聞こえてすぐにドアが開き、最初に優しいお姉さんから剥がされた時に見たちょっと偉そうなオジサンがゾロゾロと人を連れ入ってきた。
オジサンは私が座っているソファから少し離れた所に立つと睨むようにこっちを見てきた。
今度はなに?怒ってるの?怖いんだけど。
クッキーを食べてモグモグしていた口を止めると視線をそらした。
「私はこの国の防衛大臣で、ソロモン・チャンドラー伯爵と申します、賢者様」
慌てて口の中のクッキーを素早く噛み砕きゴクリと飲み込んだ。
「賢者じゃないんです」
チロリと見上げながら言うとさっきよりも睨まれた。
っていうか今、伯爵って言った?
「そう、先程この者から聞きました。タナカハナコ様でしたか?」
「はい、私は賢者じゃないんです。人違いですから家に帰してください」
何度目だこのセリフ。いい加減気づくでしょう、どう見ても私はただの女子高生だよ。
「ふむ、仰る事はわかりましたが今、タナカハナコ様が賢者か否かを判断できる者が検分出来る状態ではありませんので、暫くここに滞在なさってお待ち頂きたいのです」
何だか小難しい話し方でよくわからない。まだ帰れないって事?
「だったら家に連絡して下さい。私、自分の携帯どこかにいっちゃって。母の携帯は090……」
「お待ち下さい、なんですと?ケイタイ?」
オジサンがでっぷりした腹を揺すり顔をしかめる。
「はい、携帯電話です。家電は無いので」
「…………」
黙ったままで私を見下ろしているオジサンがくるりと体を返し部屋から出ていった。
「あのっ!連絡は?」
まさかこれで終わり?このまま連絡もしてくれず放置なの?
オジサンと一緒に部屋に入ってきていた数人の男達も引き上げ、お茶を出してくれた女性もいなくなった。
呆然としていると二人の男の人が残っていて話しかけてくる。
「あの、タナカハナコ様。少し宜しいでしょうか?」
「はぁ、なんでしょう?」
反射的に返事をしたが、どうして誰もお母さんに連絡してくれないのか意味がわからず息苦しさを感じる。
二人は私から少し離れた所に片膝をついてゆっくりと窺うように話しかけてくる。
「私はダンテ・ウルバーノと申します」
赤い髪の男が話す。
「私はジェラルド・コンクエストです。私達は大魔術師グウェイン・ウィンザー公爵の直属の部下です」
「はぁ……」
この人達は何を言ってるんだろう?名前?
「タナカハナコ様は今大変混乱なさっていると思いますが、少しお待ち頂かなくてはなりません。貴方様をこの国へ召喚なさったウィンザー公爵は今、召喚魔術を行使したことにより大量に失われた魔力を回復するために療養なさっておいでです」
召喚?魔力??療養???
全く話がわからない。いや話していることはわかるが意味がわからない。
「一体なんの話をしているんですか?私はただ帰りたいだけです」
とにかく何かに巻き込まれていることだけはわかってきた。そしてすぐに帰してくれないことも。
私の話を聞いてダンテとジェラルドと名乗った二人は顔を見合わせて何か考えているようだ。
「タナカハナコ様、私達の主であり、魔術の師でもあるグウェイン・ウィンザー公爵閣下は賢者召喚の魔術で貴方をここへ召喚致しました。賢者召喚の魔術で召喚されたということは賢者としての力があるはずです」
ジェラルドが優しく説明してくれる。
「あなたには私が賢者に見えますか?」
どう見たってただの女子高生でしょ。
ジェラルドは残念そうに首を横に振る。
「私達にはそれを判断出来ません。できる方はグウェイン様だけなんです」
なんだよそれ……その人ってさっき療養が必要だって言ってた人でしょう?
「つまり、その人が元気にならない限り私は家に帰れないってことですか……」
勝手に涙が溢れて止まらなくなった。もしその人が元気になっても本当に私を家に帰してくれるかわからないし、もし何か間違って私を賢者だってその人が言えば絶対に帰してくれない感じがする。
「ふぇ……うぅ……うわぁ〜ん、おかぁ〜さぁ〜ん!!」
帰れない、帰れない。ここで死ぬかも、殺されるかも。もうお母さんに会えないかも……
そう思い、声をあげて泣いた。
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