第9話 賢者は戸惑う1
「…………………………ぎゃん!!」
落ちた拍子に頭をぶつけた。
「イタタタ……」
薄っすら目を開けたがよく見えず、ぶつけた頭にとっさに手をあてたが全身が痛くて動けない。すると急に何かを被せられ真っ暗になった。どうやら毛布らしくそれ越しに撫でられ優しく声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
撫でられた場所から体が
「えっと……は、はい、なんとか」
起き上がり毛布から顔を出しすと大勢の男達に取り囲まれていた。見たことも無い服を着て異様な目で私を見ているのに気づき恐怖で体が震えだす。
「え?なにここ?どうなってるの?」
とっさに身構えたが傍で私を庇ってくれたらしいお姉さんが優しく話しかけてくれる。
話していることはわかるが、意味が理解できないでいるのに急にオッサンが割り込んでくるとあっという間に優しいお姉さんから剥がされ見知らぬ女性達に見知らぬ場所に連れて行かれた。何やら口々に「賢者様」と騒がれもう怖くて仕方がない。
何もわからないまま、テレビで見た豪華なホテルのスイートルームのような部屋へ連れて行かれ戸惑う間もなく服を脱がされそうになる。
「キャーー!止めて、何するのよ!」
必死に抵抗すると女性達が私の暴れように困惑し、一旦離れ話し合いを始めた。
「賢者様は湯浴みをしないのかしら?」
「お嫌いなんじゃない?」
「あんなに暴れたらお怪我なさるかもしれないわ」
話し合いが終わったのか再びこちらに近づいて来たので部屋の隅まで走って逃げた。
「こっちに来ないで!!ヤダヤダ、うわぁ〜ん!」
とにかくわけがわからず、混乱してしまう。泣き叫び号泣すると、ようやく女性達は引き上げ部屋に一人になった。
「はぁ……」
誰もいなくなると膝から力が抜け座り込んだ。何をどう考えても何故ここにいるのかわからない。ここに来る直前の事も思い出せない。それ以外の事は全部思い出せるのに直前のことだけが全く真っ白な感じで記憶がない。
深呼吸して一旦泣き止むとヨロヨロと立ち上がった。
とにかくここから出なきゃ。交番にでも駆け込めばなんとか家へ帰れるはず。
窓へ近づくと音を立てないようにそっと押し開いた。そこはバルコニーになっていて、まるで外国の映画のように凝った手摺やテーブルセットが置いてある。そのままで外へ出ると景色を見渡した。
「なにこれ……」
いやでも見知らぬ土地だとわかる。小高い丘から見下ろす感じの場所のようだが、目の前に広がる風景は記憶の中のどこにも存在せず、遠くまで見渡しても自分が知っている物は微塵も無かった。
電柱も無く、車も走ってない。信号機もネオンも高いビルも飛行機もない。自分が今いる建物の下を覗き込んでも歩く人達が着ている服もドレスや鎧や堅苦しそうなスーツみたいなのばかりだ。
「マズい…………マズい、マズいマズい!」
頭を抱えてぐるぐるとその場で回る。
きっとマズい事になってる。完璧にどうしようもなくマジでヤバい。
バルコニーから逃げようかともう一度覗き込んだが無理な高さだ。部屋の外にはきっとさっきの女性達が沢山いる。もしかしたらあのオジサン達もいるかも。
どうしたらいいの?どこに逃げればいいの?
パニックになりながら頭をゴンゴン叩いていると誰かと目があった。隣のバルコニーに人が立っていて驚いた顔で私を見ている。思わずその人をじっと見てしまう。
ヤバい、王子様みたい。
金髪で目が翠でキレイな顔立ち。海外の王室の護衛官のような服を着ている姿はあのシリーズ映画の王子様そのものだ。
ぽえ〜っと見つめていると王子様(仮)の横から一人の男が顔を出し私を見つけると、あっと叫んだ。
「賢者様!どうしてお一人で、おいどうなっている?」
男は部屋の中にいるらしい誰かに声をかける。
ヤバい!このままじゃ逃げそこねる。
ここから王子様(仮)のいるバルコニーまでは思いっきりジャンプしたって行ける距離ではない。王子様(仮)と反対の方へ行ってそちらを確かめると結構近い感じで隣のバルコニーがあり壁際に伝っていけそうな幅広の足場がある。
よしこっちから逃げよう。
スカートだがこの際仕方ない。手摺を乗り越え壁際にある足場をバランスを取りながら横歩きで進む。
「待ってください賢者様、危険です!」
王子様(仮)がそう叫んだがいくらイケメンの言うことでも聞ける事とそうでない事がある。今回はそうでない方だ。
横歩きで隣のバルコニーまで半分くらい進んだところでさっきまで私がいた場所に急に女性が現れた。
「キャーーー!!賢者様ぁ!!」
驚いた女性のあまりに大きな悲鳴に私まで驚き思わず足を滑らせた。
「うわぁ!」
「あぁ!!」
「キャー!!」
もう駄目かと思ったが何とか足場に尻もちをつき落下は免れた。
「賢者様……」
見ていた女性はヘナヘナと力無くへたり込んでいたが私はそれどころじゃ無かった。足場に尻もちをついたはいいが狭すぎてもう立ち上がる事が出来なくなっていた。少しでも体を前に倒せばすぐに落ちてしまうだろうことがわかり壁に背中を張り付ける。
「賢者様、大丈夫ですか?!戻れますか?」
王子様(仮)が気遣ってくれてるが全く無理だ。首を横に振ると後悔が全身を包む。
落ちて死ぬかも、死ぬの?嫌だ、こんな訳わかんないとこで死にたくない。
「うぅ……怖い、おかぁ〜さ〜ん、助けてぇ!」
涙が溢れ出し止まらなくなる。
「賢者様、泣かないで下さい。すぐにお助け致しますから」
私の泣き声を聞き王子様(仮)はすぐにどこかへ消えた。誰かに助けを頼んでくれているのかと思っている間もなくバタバタと数人の走る音がし両方のバルコニーにガタイのいい男達がやって来た。
「どうしてこんなところに?」
不思議そうな顔をされたがこっちは言い訳する余裕も無い。
「ごめんなさい、助けて下さい」
泣きながら力無く助けを求めると素早くロープを二つのバルコニーの間に渡されそれを頼りに迷い無く一人の男が足場を伝ってくると私をヒョイと抱えあげアッサリ救出してくれた。
バルコニーからそのまま部屋の中へ抱えられたまま連れて行かれソファへ座らされた。
「お怪我はありませんか?」
男が下がっていきさっきの女性が私の前に来ると跪き確認しようとしているのか体に触る。
「だ、大丈夫です!」
慌てて身を引き後ろに下がって膝を抱える。女性はハッとしてショックを受けたような顔をして立ち上がると一歩後ろに下がった。
「申し訳ございませんでした、賢者様」
「賢者じゃない!」
私はさっきからずっと気になっていた呼び方を否定した。その名は私が思っているのと同じ意味で呼んでいるなら全くの人違いだ。
「え?」
女性が驚いて後ろにいる男を見た。さっき助けてくれた人だ。
「いや、間違いない。この目で召喚された瞬間を見た」
男はそう言いながらちょっと気まずそうな顔をしたが、その答えに女性がホッとし私を振り返る。
「だから違うって!これはなにかの間違い、私は賢者じゃない!そもそも賢者なんて存在しない、ありえない!」
私の叫びに部屋の中の人達が困惑の表情を浮かべる。女性は私に頭を下げると男を離れた所に呼び寄せ何かコソコソと話している。それが終わると男達は部屋を出て女性が一人残った。
「あの、今は混乱されているようですから一先ずお茶でもいかがでしょう」
そう言って少し開いたドアからトレーを受け取りそれを恐る恐るという感じでソファの前のローテーブルに置いた。さっきと違い一人で私の相手をしてくれている。もしかして気づかってくれたのかもしれない。
女性はお茶を乗せたトレーを置いたあとすぐに離れるとドアの所まで行き、こちらを振り返ったが視線を下げて気配を消している。
それをじっと見ていたが全く動かない女性が段々と気の毒になってきた。もしかして私がなにか言うまで動かない気でいるんだろうか?
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