第8話 賢者の召喚7

 円が完成された瞬間、大会議室が静まり返った。

 

「オーガスト!!ジェラルド!ダンテ!」

 

 突然誰かが叫ぶ声がし、いつの間にか大会議室の三方にさっき呼ばれた三人が待機していて魔術を使ったのかウィンザー公爵ごと魔法陣を遠巻きに囲むように三角形の光のカーテンが立ち上がった。

 

「誰も動くな!」

 

 オーガスト様の声が響き皆が動きを止める。私とリゼットもその場から動けず食い入るように魔法陣と公爵を見つめる。

 するとウィンザー公爵から薄っすら陽炎のように何かが立ち昇り、魔法陣の中の複雑な模様が一気に眩い輝きを放った。地響きのような音がし床が震える。と同時に初日に感じた押されるような圧迫感の何倍かの圧を感じて体が床に押さえつけられる。

 

「「キャー!」」

 

 リゼットと二人で悲鳴をあげてお互いを支え合い、床に座り込んだまま魔法陣から目を離せないでいるとその少し上に小さな光の塊が見えた。

 

「なんだあれは!?」

 

 周りの男達も口々に呟くなか、それはどんどん大きくなりやがて一際眩しく輝きを放つとパッと消えた。その光の塊があった場所にまるで胎児のように体を丸めた人と思われる影が見えたかと思うとそれは瞬時に魔法陣が描かれた床に落下した。

 

「ぎゃん!!」

 

 それは女性らしく、落ちた拍子にどこか打ち付けたのか品のない悲鳴をあげた。

 

「イタタタ……」

 

 ぎこちなく頭を押えているようだが起き上がれないでいるのかそれ以上の動きは見られない。部屋中の注目を一気に集めているその女性は落ちた拍子にのスカートが全開になり下着姿の下半身と白い足が丸出しになっていた。しかもなんとも小さい申し訳程度の布切れ。

 部屋中の男性達が本来なら駆け寄りその人を賢者としてお迎えするはずがこの事態にどうすればいいかわからないでいた。

 

 大会議室の中は殆どが男性で近くにいる女性は私とリゼットだけだ。私は反射的にワゴン下に入れてあった公爵緊急事態用に用意しておいた毛布を掴むと魔法陣へ走った。毛布を広げ動けないでいる女性を隠すように被せると庇うように周りをジロリと見た。あらわになっていたスカートの中を凝視していた男性達が慌てて視線をそらす。

 

「大丈夫ですか?」

 

 毛布の上から優しく撫でながら声をかけた。

 

「えっと……は、はい、なんとか」

 

 そう言って毛布からもぞもぞと顔を覗かせたのはどう見てもまだ幼さが残る少女で、私の支えで何とか起き上がるとキョロキョロと周りを見たあとぶるぶると身体を震わせだした。

 

「え?何ここ?どうなってるの?」

 

 オドオドとし毛布で身体を守るように身を固くする。

 

「心配なさらなくても大丈夫ですよ、ここはキンデルシャーナ国の王都アレクシアです」

 

 出来るだけ優しく話しかけ警戒心を解こうと笑顔を見せた。

 

「キン……なんですか?」

 

「キンデルシャーナ国です、賢者様」

 

 一人の男が一歩踏み出し少女に声をかけた。

 

「ヒッ!」

 

 少女が驚きビクリとしたが構わず男は続ける。

 

「何をやっておる、誰か!賢者様をお部屋へお連れしろ」

 

 どこかの部問のお偉いさんなのかその声に皆が一気に反応してワッと動き出す。

 

「賢者様をお運びして」

 

「あぁ、選抜された侍女を呼べ!丁寧にな」

 

「湯浴みと着替え、お食事の準備をしろ!」

 

 私の手から少女はもぎ取られあれよという間に連れ去られ大会議室から人々が消え去った。

 攫われた少女……いや、侍女達の手によって部屋へご案内された少女がとても気になったがもぎ取られた際に私は突き飛ばされ追いやられて気がつけば大魔術師の足元に座り込んでいた。

 

「グウェイン様!」

 

 オーガスト様やコンクエスト卿、ウルバーノ卿が駆け寄りウィンザー公爵に声をかける。

 

「お疲れ様でした、召喚は成功したんですよね?」

 

 ウルバーノ卿がそう言ったがウィンザー公爵はそちらを見ることなく足元の私に身をかがめ手を差し出した。一瞬躊躇しているとそのまま腕を掴まれグイッと立ち上がらせる。

 

「あ、ありがとうございます。お体は大丈夫ですか?」

 

 紳士な公爵の振る舞いにドキッとした。フードで顔はよく見えないが丸一日立ち続け魔術を使い続けて疲労困憊であるはずなのに一介のメイドである私を助け起こしてくれるなんて素晴らしい心遣いだ。

 

「メイド」

 

「はい、エレオノーラです」

 

 丸一日の付き合いとはいえ、横からグラスを差し出すだけだった私の顔など分かっていなかったろうと思い名乗った。

 するとウィンザー公爵は私を見下ろし口を開く。

 

「私はりんごジュースは嫌いだ」

 

 そう言い放つとくるりと方向転換しヨロヨロと部屋から出ていった。オーガスト達もそれについて行き大会議室は私とリゼットの二人きりとなった。

 

「今の聞こえた?」

 

 理解に苦しみリゼットを振り返り尋ねる。

 

「別に驚いたりしないわ、そういうお方だもの」

 

 変人……確かにピッタリな気がしてきた。

 私がウィンザー公爵の事をなんと思えばいいか考える間もなく大会議室にワラワラとメイド達が入って来る。

 

「もう許可は出てるから、すぐに床も磨いて最後に魔術師の方に確認いただいてから机を並べ直すから、ほら急いで!」

 

 掃除し大会議室を元の姿に戻すべく下級メイド達がいそいそと働き始める。

 

「エレオノーラ、それとあなた、二人は帰って良いそうよ。明日は特別にお休みだから明後日から通常業務よ」

 

「わかりました、行こうリゼット」

 

 下級メイド長のアヴァ様が掃除の指揮をしながら教えてくれた。基本的に掃除は下級メイドの仕事だ。

 床に洗剤をまきモップをかける横を通り抜け二人で更衣室へ向かった。お互い疲れ切っていたが最後に賢者様の召喚が見れたことでちょっと興奮し眠気がおさまっている。

 

「まさか特別手当はお休みだけじゃないわよね」

 

 私は急に気になり着替えながらリゼットに言う。

 

「違うと思うけど、もしかしたら残業代だけかも」

 

「えぇ〜、そうだったら嫌だな。私は明後日からまた下級だよね、だったらもう一緒に働けないね」

 

 上級メイドが倒れたせいの臨時の仕事だ、仕方ない。

 

「そうか、せっかく知り合ったんだもん。またどこかで会ったら声かけてよ、あなたとは気が合いそう」

 

「良かったわ、私もそう思ってた。ところで賢者様があんな幼い女のコだって意外だったんだけど」

 

 子供の頃に聞かされた昔話の中の賢者は字面的にも髭をはやしたお爺さんって想像だったのに全く正反対って感じだ。

 

「本当ね、私も驚いた。私は力強い魔術師っぽいのを想像してた」

 

 人それぞれイメージが違うようだ。

 着替えを終え二番階段を下りていると二人とも欠伸が出始める。そろそろ限界なのだろう。

 リゼットの家は北区らしくここから徒歩で三十分ほど。上手い具合に乗り合い馬車があれば十分ほどだそうだ。

 私は城内の官舎なのでここから数分で自宅につく。リゼットに羨ましがられながらサヨナラをするとフラフラになりながら官舎へ向かった。

 

 

「ただいま……」

 

 この時間は既にエドガールは私塾に行っているから誰も居ないはず。一人で部屋に入り荷物を置くと髪を解きすぐにシャワーを浴びた。暑い大会議室で一日うろついた為、汗臭くて仕方がない。

 心地良いシャワーの湯を浴びながら私達よりも大変だったであろうウィンザー公爵を思った。きっとあの方は即座に湯浴みをなさって寝室へ倒れ込んだに違いない。

 私も同じ様にシャワーから出ると身体を拭くのもそこそこにベッド倒れ込むと意識を失った。

 

 

 目が覚めると部屋の中は真っ暗だった。どうやら眠りすぎたらしく、ドアから漏れる明かりと話し声でもう夜だということを悟った。

 起き上がるとちょっと驚く。毛布は被っていたが真っ裸で眠っていたらしい。急いで下着と服を身につけるとダイニングへ向かった。

 

 狭い我が家はそれぞれの個室の他、シャワールームとダイニングしかない。ダイニングを中心に部屋は分かれているため部屋から出るとすぐに父親エルビンと可愛い弟エドガールが食卓を囲んでいる場所がある。

 

「おぉ、起きたのか。大変だったようだな」

 

 細身でいつも穏やかな父がにこやかに私を見る。

 

「姉さん、気をつけてよ。年頃の娘なのに裸で眠るなんてありえないよ」

 

 どうやら裸をエドガールに見られたらしい。ちょっと頬を赤らめちゃって可愛いんだから。

 

「ごめんなさい、それより昨日の夜は大丈夫だった?一人で大変だったでしょう?」

 

 今回の召喚魔術を成功させるにあたって父は残業続きで帰らぬ日も多かった。やはり昨夜帰らず今夜はやっと解放されてきたようだ。

 

「姉さん、僕はもうすぐ十六才だよ。大丈夫に決まってる」

 

 呆れたような笑顔で微笑んでくれる。いつもなら抱きしめて滅茶苦茶に可愛がる所だが今回はリゼット言われた事が気になり素直に行動に移せない。

 

「そう、よね。もう十六才になるんだものね」

 

 なんだか切なくなってしまった。

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