第八章 キツネ + キツネ = 確かな友情 その1

「――で? なんでこんなことしなくちゃいけねぇんだ?」


 既に消灯時間は過ぎており、廊下の電気も最低限つけられているだけで辺りはしんと静まりかえっている。

 そんな中で神村と愉坂はジャージ姿のまま、抜き足差し足といった様子で女子が泊まっている寮の方へ向かっていた。


「いやー、劇は殆ど99.9%大丈夫なんだけどさー、やっぱり仕上げに稲山先輩がいた方がいいんだよね。完成度100%が120%になるんだよ」


 いうほどか? とこれまでの稲山の素行を見る限り訝しむ神村だったが、愉坂は稲山への執着心を捨てるどころかむしろ増している様子で歩き続けている。


「さっきのウォークラリーで稲山から一杯食わされたんだろ? なのにそいつをまだ頼るつもりかよ」

「違うんだよ神村君。あれは多分、稲山先輩なりの警告だったんだよ」

「そりゃそうだろ。お前がやってるのも悪いことだが、相手はその本家本元なんだろ?」

「そうじゃなくて……いやそうなんだけど、なんというか、こうなったらいけないっていう反面教師的な意味での警告っていうか……」


 誰も信用していない――しかし愉坂にはただ一人、神村和水という一番の親友がいる。

 しかし稲山はどうだろうか。彼女はそのような人間すら手放してしまったような、後戻りできなくなってしまった人間不信の末路のような雰囲気。

 振り返ってみれば愉坂は常に稲山からそれを感じ取っていたことに、愉坂はようやく気がついたのだ。


「僕にはまだ神村君がいる。でも稲山先輩にとって、そんな人間は存在しない」

「あの千鳥川とかいう奴はどうなんだ? お前の秘密バラされたんだろ?」

「いや、多分千鳥川さんですら僕を牽制する為に利用しただけだと思う。彼女の性格を読んだ上で、あくまで困った後輩がいるという相談という皮を被って僕にけしかけたんだ」


 正義感の強い千鳥川を知っているからこそ、親しい先輩の困りごとには敏感になるであろう。そこを上手く利用した稲山の自虐を交えた警告だと、愉坂は受け取っていたというのである。


「確かにあの時神村君にも言われた通り、裏でこそこそと調べ上げるのは良くなかった。もう二度としないし止めにする」

「しかしよかったな。千鳥川があの後言いふらして回ったりとかしないでよ。……氏波は俺が脅しつけたから言わねぇと思うけどよ」

「そんなことしなくても、これは僕の失態だから受け入れるつもりはあったよ。でも千鳥川さんはそんなことをせずにあくまで正々堂々と打ち負かすつもりみたいだよ」


 あくまで勝負はフェアに。余計な情報で混乱させての勝利よりも、真っ向から戦った上で絶対的な力の差を見せつけるつもりのようである。

「一組は代々エリートが集まるクラス。当然ながらあの皇城会長も一組だよ」

「エリートとはほど遠い加賀の野郎もいるけどな」

「そこは、うーん……僕にも分からないや」


 考えはさておき、こんな夜遅くに出歩いている姿が見つかってしまえば、いくら自主性を重んじる学校といえそれなりの罰則がつけられるのは確実であろう。

「つーかよ、そもそも後ろめたいことは止めるって言っておきながらこれはなんだよ」

「いやだなぁ、あくまで裏でこそこそするのは止めるって言っているだけで、こうして堂々と会いに行くのは問題ないでしょ」

「問題しかねぇよボケ」


 とはいえクラス長のやることにしっかりと付き合うのが神村という男。できる限り物音を立てないようにと静かに廊下を壁伝いにゆっくりと進んでいく。


「見回りとかいねぇよな?」

「流石にいないと思うけど――っ!? 神村君隠れて!」


 それまで暗闇で気がつかなかったのか、すぐそこで人影が動いているのが愉坂の目に映る。

「隠れるっつったってどこだよ!?」

「いいから適当に壁にへばりついて!」


 できる限り光源から離れ、そして暗い廊下の壁にへばりつく。幸いにも相手は廊下の真ん中を歩いているようで、両端までは目が行き届いていない様子。


「できる限り息を潜めて……」

「っ……」


 神村ができる限りで壁を背にへばりついていると、それまでふらふらと歩いていた人影が急に行き先を定めたかのように真っ直ぐと歩いてくる。


「っ!? まさかバレたか……?」

「しっ! 静かに!」


 ヒソヒソ声で話していようとも最早手遅れというべきか、人影は愉坂達が隠れている場所の前で足を止める。


「…………」


 人影は一向に動く様子もなく、ただジッと立ち止まっている。


「……こうなったらしょうがねぇ」


 人影は何も言葉を発していないが、こうなっては二人とも見つかるのは時間の問題。というよりも、既に見つかっているのかもしれない。そう思った神村は、愉坂の判断を仰ぐ前に自ら独断で動き始める。


「すんません。ちょっと眠れなくて廊下を歩いてました」

「っ!? 神村く――」


 見えないながらも愉坂の前に腕を出して遮り、そして直接言葉での意思疎通ができない状況の中で、あることを愉坂に伝える。


「“ここには俺一人しかいない”。なんか指導があるってんなら別の場所で受ける」

「――っ!」


 その言葉の意図を即座に理解した愉坂は、バレないようにとそのまま息を潜め、神村が人影に連れられていくのじっと待つ。

 人影は何も言わないまま再び歩き出すと、神村がその後をついて歩いて行く。


「……ごめん、神村君。後で僕も一緒に怒られるよ」


 そうして愉坂は一人、稲山のいる一人部屋に向けて再びゆっくりと歩き出した。

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