第五章 (キツネ+キツネ) ≧ ライオン その2

「はーい、ということで僕達の班は既に劇の題材が決まっていまーす」


 流石に劇の細かい配役を事前に割り振るまではいかなかったものの、僅かな時間で準備を進めていた愉坂は手早く台本をクラスの全員に配布して回る。


「題材はシンデレラでーす」

「シンデレラか……」

「何? 他に案でもあるの?」

「いや、ねぇけど」


 とはいえクラス全員を出場させるには無理がある為、小道具を作る係や裏方役、そして同じ登場人物でも場面ごとに分ける等、愉坂にはありとあらゆる策の準備をしていた。


「できる限り一人一人の負担を減らした上で、全員で作り上げたっていうものを見せたいからね」

「くすっ、確かに短い期間で長い台詞なんて覚えきれないから、場面を切るのは一石二鳥といえるかもね」


 クラスの全員が声のする方を向くと、そこには風呂から上がったばかりで湯気も立っている稲山の姿がそこにある。


「それでどうするの? 残念ながら去年の私達のクラスは全員でダンスを披露したから、キミたちに助言するのは難しいんだけど」


 演劇をする――それは選択肢として間違いではない。ただし、上級生として照らした道とは別方向に向かうつもりなのであれば、道案内はできなくなる。

 親切心が半分、そしてもう半分は余計な干渉をしなくていいという余裕から笑みを向ける稲山だったが、愉坂はここでまた突拍子もない提案を稲山に投げかける。


「そうだ! 折角ですし、稲山先輩にも参加して貰いましょう! そうだ、それがいい!」

「いやいや、何言ってるのさ。二年生が一年生への出し物の助言はしても参加なんて、前代未聞――」

「でも前代未聞だからこそ、面白いものが出来上がると思うんです! 先に言っておきますけど、僕は至って真面目ですからね」


 しかしこのような提案など通るはずもなく、たった一言。


「却下」

「えぇー! 美人の稲山先輩ならシンデレラ役にぴったりだと――」

「二年生の力を借りるってそういう意味じゃないんだから。あくまでキミ達で作り上げないと」


 稲山はそういって、あくまでこの場を見張るだけの存在としてのアピールをする為に一年五組とは離れた位置に腰を降ろす。


「さて、一学年全員を巻き込む実力を持ったクラス長の実力を見せて貰おっかな」

「……だ、そうだが」

「ぐぬぬ……いいでしょう! ですがもし納得いただけるものを見せられたのなら、是非クライマックスシーンのシンデレラ役をお願いします!」


 愉坂はあくまで最後のクライマックスに稲山を参加させる為に必死に食い下がるが、当の本人はというと冗談半分に受け取るばかりでまともに応対しようとはしていなかった。


「はいはい、気が向いたらねぇー」

「あの調子だとやる気ねぇぞ」

「むぅ……困ったなぁ。やって貰う前提で劇を組んでいるのに……」

「人を頼るのはあんまり感心しないなぁ。……特に、つい最近知った人なんてさ」


 まるで何かを思い出したかのように目をそらし、憂うような表情を浮かべる稲山の横顔を愉坂は見逃さなかった。


「……まっ、最悪セカンドプランもあるし今のところは稲山先輩の手を煩わせない方向でいきましょうか」

「そうしてくれると嬉しいかな」

「……さっきから大人しく聞いていたらよ、それはあまりにも無愛想すぎじゃねぇの?」


 またしても無干渉な態度を取り出す稲山に、神村はくってかかろうとする。しかし愉坂の手によって目の前を遮られてしまい、二の足を踏む羽目に。


「何しやがる」

「いやいやいや、ここでまた君が出たら面倒なことになるのは明らかだってば」

「……チッ!」


 わざとらしく大きな舌打ちをした後、神村は仕方なく再びクラスの面々の方を振り向いて腕を組む。

 なんとか神村ライオンをなだめることができた愉坂キツネは、仕切り直しとして演劇の役割分担を決める為のクジを取り出す。


「今日のところは劇の役をクジで決めることと台本の配布、そしてそれぞれ場面のグループで顔合わせくらいかな」

「そんなもんで良いのか? 練習は――」

「明日からで大丈夫だよ。時間的にももう九時を回っているし」


 睡眠時間を削ってまで、練習をする必要は無い。その考え方は、最初に愉坂が結団式の際に口にしていた言葉とは正反対の意味を持つもの。


「俺は別に楽できるからそっちでも良いけどよ」

「うん、僕のやり方ならお茶の子さいさいってね。さて、それじゃ記念すべき最初のクジは、神村君に引いて貰おっかな」


 一体何をもってそこまでの自信があるのか分からないままだったが、神村は言われるがままに愉坂が突き出したクジの束から一つを引き抜く。


「……おい」

「ん? 何かな?」

「これまさか男女混ぜてる訳じゃねぇよな?」

「おっ? もしかしていきなり当たりを引いちゃった感じ?」


 神村の震える手に握られていたのは、赤い文字で「シーン1の意地悪なシンデレラの姉」と書かれたクジ。


「おっ、シーン1ということは最初のシンデレラがいじめられるシーンだね!」

「ふ、ふざけんなよ……」


 そう言って神村はクジを戻そうとしたが、愉坂はクジを持つ手を神村の前から離して取り替えを拒否している。


「ダメダメ! 一回引いたクジは絶対なんだから!」

「それマジで言ってんのか?」

「うん。大マジ」

「……クソッ」


 こうして神村のように自分の運のなさを恨む者もいれば、目立つ目立たないに関わらず自分が望んだ役割を手にして喜ぶ者もいる。


「おっ、流石は山形君! 主役の王子様役をとるとは! どこぞの金髪の不良とはひと味違うね!」

「テメェいつかぶっ飛ばす」

「そんなこと言われてもなぁー。折角の金髪なんだし、王子様役引いてくれたらそれなりに様になったのにさ」


 残念そうな表情を浮かべる愉坂であるが、当然これは芝居である。誰が何を引くのかなどと、愉坂の指先一つで決めることができる。

 よく知る友達だからこそ、心理的にどの位置を引きやすいのかを推理して、視線誘導も含めて適した役を固めておく。偶然を装いながらも適材適所へと導くのも、クラスを纏める長としての実力といえるだろう。

 そして当然ながら神村を一番に引かせたのも一つの作戦なのであるが、この場合半分は意地悪に過ぎず、もう半分は有り得ない役を掴ませることでより偶然性を確信させるという一つの策だった。


「さて、全員が引き終わったところで僕に余っているのはシンデレラを舞踏会に連れていく魔女役と、最後のクライマックスのシンデレラ役の二つか……やれやれ、これもクラス長としての宿命か」

「どう考えても何者かの意図しか見えないんだけどなぁー……」


 ひきつったような苦笑を浮かべる稲山をよそにして、愉坂はシーンごとのグループに集まっての確認を促している。


「それじゃ、明日からそれぞれのグループでの練習もあるから、頑張っていこう!!」

「おぉー!」

「愉坂が折角対決の場を作ったんだ、他のクラスを見返してやろうぜ!」

「とりあえず三組には絶対勝つ!」

「私も意地悪な役ってやったことないけど、普段の神村君の真似していれば良い感じになりそうだし安心かな!」

「おい誰だ今の!? 思いっきりただの悪口じゃねぇか!」


 愉坂の掛け声の下、全員(?)の心が一つとなって劇に向かっていくのを遠目に見ていた稲山だったが、その表情は苦笑から変わることなく、むしろより一層苦々しいものへと変化している。


「誰もが活躍できるクラス運営? 誰もが納得いくような配役? そんなもの有り得ないのによく頑張るね。いずれどこかで不満が吹き出るのにさ。……けどまあ、丁度いい勉強かもね。この世の中には――」


 ――悪目立ちしない事の方が、得をすることもあるってさ。

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