第四章 一年生 + 宿題 = 対決 その2

 見渡す限り緑、緑、緑――まさに自然の中にある学び舎にて、宿泊研修は行われようとしていた。


「いい加減立てコラ。テメェが先陣切ってクラスを並ばせるんだろうが」

「バスも止まってくれたし、だいぶマシになってきたから全員が降りた後にバスの中に忘れ物がないかだけ見て降りるよ。その間に神村君の方で結団式の場所まで連れていって貰えるかな?」

「……面倒くせぇ」


 遠回しに神村に到着後のクラス移動の先頭を任された神村は、呆れた溜息をつきつつも、バスの背もたれ越しにクラス全員に対して自分に着いてくるように連絡をする。


「バスが止まったら俺についてこい。そのまま結団式をやるみたいだからよ」


 事前に窓からも見えた広場にて、結団式は行われる。場所の把握を済ませた神村はバスの駐車まで席で待った後に、先に出て降りようと立ち上がったが――


「待った。先に先輩が降りるから」

「そうかよ」

「そういうこと」


 そうして荷物を持たずにその身一つで降りていく稲山だったが、神村は忘れ物をしているとその背中に声をかけようとした。


「おい! 忘れ物――」

「それは違うよ、神村君。一年生は二年の荷物持ちもするんだから」

「はぁ!? そんなの聞いてねぇよ!」

「それも暗黙の了解なんだ。悪いけど、僕の代わりに荷物を――」

「あぁークソ! 分かったよ!!」


 そうして神村は自分の荷物であるパンパンに膨らんだボストンバッグと、稲山が持ってきていた荷物の両方を肩に担ぐと、そのままバスを降りていく。


「あぁ! 運転手さんにちゃんとひと言お礼を――って、もう遅いか」


 ずんずんと進んでいく神村の後を追うようにして、残りのクラスメイトも次々と下車していく。当然ながら神村と違って一般的な礼儀を兼ね備えている彼らは、普通にバスを降りる際にひと言お礼か、あるいは会釈をして降りていく。

 その光景を当然だと感じる愉坂だったが、同時にやはり神村という男こそが、他とは違う堂々としたライオンだという確信を持たされる。


「良くも悪くも、我が強いから嫌いになれないんだよね……」


 そうして最後に事前に準備していた箒とちりとりで軽く掃除をしつつ忘れ物の確認を終えた後、愉坂は最後にバスの運転手に対して深々と頭を下げてお礼を告げ、その場を後にした。


「さて、神村君はちゃんとお願い通りに並べてくれているかな……」


 集合場所である自然学校前広場に向けて足を進めつつも、いつもの不良基準の並び方を心配していた愉坂だったが、それは杞憂に過ぎなかったようである。


「うん、よかった。隣の真似をしていれば間違いないからね」


 口に出さずとも睨みをきかせるだけでそれなりに並ぶ。これこそが神村をライオンとして欲していた理由の一つである。


「ちょっとばかり恐怖もあるかも知れないけど、やっぱり彼が見回しただけでしなくちゃいけないって空気は作れるね」


 しかしそれでも遠目に見れば、一番綺麗に並んでいるとは言い難いものがある。


「……やっぱり一組二組は別格だね」


 まるで軍隊のように一切ぶれることなく整列しているクラスとは対照的に、自分のクラスはまだ緊張感というものが足りていないように思える。

 しかし愉坂は焦ることなくクラスの先頭に立ち、そして退屈そうに待っている神村の隣でクラス全体に響くような声を挙げる。


「――整列!!」


 よほど響いたのであろう、隣の筈の四組の中でも反射的に背筋を伸ばしてしまっている者もいる。しかし愉坂は気にかけることもなく、自分のクラスの様子だけを伺っている。


「……うんうん、やっぱり綺麗に並んだ方が良いからね」


 たった一声で一組二組と遜色ない程にまで仕上げられたところで、結団式を開始しようと一年生の前に生徒会長である皇城が姿を現わす。


「……これより! 第六十五回聖櫂学園高等学校、宿泊研修結団式の開式を宣言する!!」


 それは愉坂の声を更に上回る、威厳の伴う大きな声。

 聖櫂学園生徒会会長、皇城王臥の一声はその場の全員の注目を集め、そしてこれから始まる研修に向けての緊張感を植え付けるには十分な結果をもたらしていた。


「諸君にはこの林間学校の場で大いに成長して欲しいと願っている。基本的な生活習慣及び集団生活における規律をこの場で学び、そしていち早く聖櫂学園の一員としての振る舞いを身につけて欲しい!」

「普通校長が話するんじゃねぇのか?」

「この学校は殆どを生徒会が仕切るのが風習だからね。校長といっても、お飾りに近いよ」


 至極真っ当でよく耳にするような挨拶を滔々と述べ終えたところで、皇城は最後に一つの大きな難題を一年生に投げかける。


「――それでは私の方から一つだけ、君達に宿題を与える!!」

「宿題だとよ。漢字の書き取りでもやらせるってか?」

「しっ! ちょっと黙ってて」


 私語をする神村を抑えながらも、愉坂は事前に仕入れていた宿題の情報と今から出されるだろう皇城の宿題との、答え合わせを始める。


「この三泊四日……その内の三日目の夜に、各クラス一丸となって何か“為し得たもの”を見せて欲しい!!」

「“為し得たもの”、だと?」

「答え合わせは花丸っと。準備していたものも正解だったかな」


 具体性のない宿題。これこそが何でも持ってきていいという指示に対する一つの答えであった。


「どうするよクラス長。俺の方のヤマは外れたみてぇだが」

「いや、それは見てみないと分からないかな。僕としては予想的中で嬉しい限りだよ」


 知恵が回るはキツネの特権。愉坂は稲山の手を借りる以前に情報を仕入れており、既に成すべきものを決めている。


「少ない時間ゆえ、中途半端になるかもしれないが……私はそれを求めていない! 完成品だけを求める!!」

「そんなの無茶だろ!?」

「うちのクラス長、大丈夫かな……?」


 各々に不安が広がっていく中、先頭に立つクラス長、副クラス長は一切動じることなく会長の言葉に耳を傾けている。


「時間は限られている。そして予定も既に組んである。それでも私は、君達に期待している」


 今日を含めて三日後の夜に、全クラスの前での発表。それも丸三日という時間ではなく、こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。


「何でもいい! 制作物、研究成果……形にならないものでもいい。何かクラス全員で一丸となって取り組んだものを見せて欲しい! この宿泊研修で得たものを発表して欲しい! 私からは以上だ!」


 そうしてその場に僅かな混乱を残したまま、皇城はその場に背を向けようとしたが――


「はい! 一つよろしいでしょうか!」


 ――皇城というその場における主役が降りたところで、愉坂劇場が再び開幕されようとしていた。


「……何か問題でもあるのか? 愉坂」

「いえ! 今この場で全員揃って、しかもまだ何も為し得ていない状況だからこそ、私は一つご提案をさせていただきたいと思っています!」


 これは一種の賭けだった。しかし十中八九勝てる賭けだった。


「我々は今、何をもって為し得たものとしようか、何を諸先輩方に見せようかと悩みに悩むことになります! しかし時間は僅か三日、しかも既に多くの時間が過ぎてしまっています!」


 いつものごとく語りかけるような芝居口調の愉坂だったが、これの意図を看破したのか、一人の少女が更に声を挙げる。


「一体何を言いたいのかしら。貴方こそ、皆の時間を奪っていることに気がついたらどうなの?」


 一年一組クラス長、千鳥川習子が即座に矛盾を指摘する。


「これから貴方一人の無駄な漫談でも始めるつもり? そんなものを聞く暇は一組にはないのだけれど」

「そうだそうだ! そもそも会長の時間を奪っていることに気がつけ愚か者が!」


 ここぞとばかりにこき下ろそうと、二組クラス長の氏波も便乗して野次を飛ばす。

 しかし――


「ほほう、つまり貴方達二クラスはこんな些細な時間すら惜しいと思える程に、現時点では何も考えられていないと?」


 この程度で折れる程、愉坂善治郎はやわではない。人によっては屁理屈とも捉えることができる挑発を返すことで、呆れさせるあるいはその他の理由で両名の口を強制的に閉ざさせる。


「……呆れた挑発ね」

「まっ、そういうクラスにも向けての提案を一つ、させていただこうかと思いまして!」

「ほう、どういう提案だ」


 ここまで言い切るのであればそれなりのものが出てくる筈だと、皇城は期待を半分に厳しい視線を愉坂に向ける。

 それにも怖じ気づくことなく、愉坂が出した提案とは――


「――全クラス演劇対決ということで、いかがでしょうか!?」

「何だと?」

「劇ですって?」


 演劇――確かにこれならば知っている寓話や童話を元にして、三日以内に作ることができる。

 しかし何故そのような知恵を貸すような提案を公の場で行ったのか。困惑する一、二組をよそにして、この場で唯一笑みを浮かべて提案を素直に受け入れるクラスが一つ存在する。


「面白そうじゃない。あたくし達三組は、その提案に乗らせて貰うわ」

「ちょっと三刀屋さん!? 明らかにあれは――」

「ええ、トヨちゃんの言うとおり。あたくしをピンポイントに狙った挑発ね」


 芸能一家、そして一年三組クラス長である三刀屋平一への挑発。これが愉坂の本当の狙いであり、劇場へと更に人を引きずり出す為の最初の呼び水でもある。


「さっすが芸能一家、この提案に乗って貰えて嬉しいです!」

「なーにが嬉しいです、だか。明らかな挑発じゃない……でも、受けた勝負は勝つつもりよ」


 そしてこれを皮切りにもう一クラス。


「勝負だと!? 面白い! ならば俺達四組も乗ってやる!!」


 負けず嫌いの一年四組クラス長、鷹屋総司。彼の一声で強制的に、四組までもが参加させられる。


「言っておくが、どんな面においても優れた人間こそが勝者だ! 故に俺はこの勝負でも勝ってみせる!!」


 鷹屋のことを事前に調べた上で、勝負という面で彼を引っかける。これで既に状況としては三対二。

 こうなってしまってはもう流れを止めることはできない。


「……いいだろう。本当ならばこの近辺の環境の研究レポートを作り上げる予定だったが、それよりも同じ土俵で叩き潰してやった方が、どちらが上かハッキリするだろうしな」

「それ、見事に罠に嵌まってるよ氏波」

「敢えて乗ってやったのだ高座。こう見えても俺は一時期物書きにハマっていた時期もある、台本書きなど今日中に終わらせてやる」

「にゃー……完璧なまでに流れを作られましたね、クラス長」

「複数あるプランの一つとして用意していたから良かったものの……こうして外堀を埋められるのは非常に不愉快だわ」


 最終的に全てのクラスがその場での合意をしたところで、改めて愉坂は皇城に向けて再度提案をする。


「……どうでしょうか、会長」

「……ふむ、面白い! いいだろう!」


 初めはどうなるかと思ったが、ここで乗るのもまた一興。皇城は愉坂の提案を面白く感じたようで、今年度の発表の場を改めて取り纏める。


「今年の宿泊研修では、全クラス演劇発表を見せて貰おう! あらゆる面から判断をして、総合的に一番素晴らしいものを見せてくれたクラスを表彰させて貰う! 以上だ!!」


 こうして波瀾万丈の宿泊研修初日が、始まることとなった――

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