第四章 一年生 + 宿題 = 対決 その1
新緑が生い茂る山道を、大型バスが何台も通り過ぎていく。
「かれこれもう二時間ぐらいバスに揺られてんだが……ってオイ」
「うぅ……ごめん、今は無理……おえぇっ……」
普段の余裕はどこへやら。クラス長として皆を一番引っ張らなければならないはずの愉坂が、運転主のすぐ後ろの席にて窓のへりに寄りかかったまま動けずにいる。
副クラス長の神村はというと、その姿を隣で頬杖をついたまま横目に見ては、大きな溜息をついていた。
「ったく……あっちもあっちで訳分からねぇし」
愉坂と神村の席の丁度反対側。この一年五組の監督官として同じ五組の二年生、稲山永実理が荷物も含めて二席分の席を確保した状態で物思いにふけっていた。
しかし写真で見ていたような仮初めの活発さすらどこにもなく、ただ窓の外を見つめるだけの、クラスでも隅の方にいるような大人しいイメージしか湧き出てこなかった。
「…………」
本来であればクラス長、副クラス長で何かしらこの時間を有意義なものとする筈で、それを二年生が一年に助言や指導をするのが大筋として存在する。しかし当のクラス長は車酔いでグロッキー状態、そして事情などそもそも知る由もない副クラス長は後ろの騒ぎを放置という状況が続いている。
それにも関わらず一切の口出しをする気配などなく、窓の外を見つめてはぼーっとしている彼女のことを、神村は本当に二年で取り仕切っているクラス長なのかという疑いの目線を向ける。
「……あのよ」
「ん? あぁっ、ごめんごめん! ちょっと考え事していてさ――」
「後ろの騒ぎって放置していていいんだよな? 俺の基準だと席立って暴れださないだけ静かだと思ってんだけどよ」
「えぇっ!? それは普通にアウトだけど……うーん」
勿論不良あがりの基準など、通常であれば使い物にならない事は明らか。それも重々承知の上で、神村はあえて意地悪な質問を投げかけた。
「もう一回聞くけどよ、後ろは放置していても良いんだよな? 俺はクラス長が何も聞けない状態だから代わりに聞いてんだけどよ。これでもし後でダメって言われたとしても、俺は二年の指示に従っただけだってハッキリ言わせて貰うぞ」
あまりにも無干渉過ぎる稲山に対して、神村はここぞとばかりに畳みかける。
何故なら彼は知らされているから。稻山永実理という二年生が、できる限り干渉しない“事なかれ主義”であることを。そしてそれは現在も、絶賛進行中であることも。
「ちょっと、先輩に対してその言い方は横暴だと思うなぁ」
それまで大人しかった稲山もこの発言は挑発ととれたのだろう、それまでの余裕のある表情から初めて不機嫌といった雰囲気を身に纏い始める。
「だったらお手本を見せて下さいよ。俺じゃなくてあんた基準のクラスの纏め方ってヤツをさ」
「……キミ、通常議会の時もそうだったけど結構目上の人間に挑戦していくタイプなんだね。そんなんじゃ長生きできないよ?」
至極当然の意見を稲山は口にするが、神村はそれを褒め言葉として受け取っているのかニヤリと笑っている。
「ハッ、それができないと不良やってられないんでな」
「ふーん……ちょっとだけ興味が湧いたかな」
そう言って椅子の背もたれから後ろの方へと身を乗り出すと、すぐ後ろに座っていた一人の男子生徒を呼びつけ、耳元でヒソヒソとひと言二言ささやいてみせる。
すると男子生徒が驚いた様子で周りに更に話を広げ、ものの一分足らずで社内は見事に静まりかえってしまった。
「どう? これで満足した?」
「ケッ、どうせ先公にチクるとかしょうもねぇことほざいたんだろ?」
「うーん、そういう小狡い真似とはちょっと違うかな」
二年生から声をかけられたという面もあるのだろうが、それでも一人の先輩からこそっと言われたぐらいでここまで軍隊並みの統率がとれるものなのであろうか。
「うぷっ……流石は稲山先輩……僕は尊敬しますよ……」
「全く、元はといえばクラス長のキミがなんとかしなければならない場面なんだけどなぁー」
「す、すいません……おふっ……ですが、あのまま喋らせていても僕は全然問題ないと思っていたんです……うえぇ……っぷ!」
「いやもうテメェは喋るな。俺の上に吐かれても困る」
しかしながらあのまま喋らせていても特に問題ないとはどういう意味であろうか。確かにバス車内には生徒のみで担任は別行動、稲山が告げ口をしない限り、この騒々しさが生徒会や教師に伝わる事は無い。
しかし例年このバス車内の移動は物静かなことが多く、緊張感をもってこれからの宿泊研修に臨む姿勢を作る場でもある。それをクラス長の愉坂は逆に喋っていた方が都合が良いと言い放ったのである。
「キミもあれだけペラペラと喋られていても問題ないと思っていたの?」
「それは――」
「いや、いい。代わりに俺が言ってやる」
これ以上喋られたら膝の上に胃液がぶちまけられると思った神村は、身を乗り出して説明しようとする愉坂を元の席に押し込み、そして愉坂の言葉を代弁する為に稲山の方を向く。
「あいつらはこの三年間一緒のクラス、愉坂曰く運命共同体って奴だ。ならば今のうちから
実のところをいうと後ろで他のクラスメイトがお喋りをして騒ぎ出すのはクラス長副クラス長の間では既に折り込み済みで、愉坂に至ってはむしろ今のうちに雑談などを楽しむようにと連絡を入れていた程であった。
当然ながらそれを知ってなお稲山は納得いくはずもなく、今度は仕返しにと神村に向かって嫌味を言ってみせる。
「ふーん、だったら私に何か言う必要は無かったはずだよね?」
「わりぃな。あまりにもあんたが無干渉すぎるからよ」
「それってどういうことかな? いざという時に私に頼ることができるかどうかって試したの? それとも他に何か打算でもあったのかな?」
値踏みをされたと感じてますますもって不機嫌になっていく稲山だったが、神村は一切遠慮無く真っ向から言いたいことを言ってのける。
「愉坂流に言うなら、そう思うってんなら自分がそう思われてるって自覚があるってことだ」
「キミ、人付き合いが下手だって言われない? 折角去年の実態を知っている私が色々と裏から教えてあげようかなって思っていたのに――」
「その裏からってのが気にいらねぇんだよこっちは。言いたいことがあるなら真っ向から言いに来いってのは、あんたみたいな奴に向けて言ってたんだよ」
まさに自分が一番嫌うようなタイプと初っ端から嫌悪なムードを漂わせている神村だが、当然ながら自分の言っていることを曲げることなど一切無かった。
「本当にそれでいいのかい? キミがここで一歩引かなかったせいでクラス長が享受できる情報源を一つ潰すことになるんだよ?」
「そんなの知ったことかよ。それで瓦解するってんならそもそもそこまでだったってだけの話だ」
少しは駆け引きでもないものかと、稲山は目の前の相手をしている一年生に対して怒りを通り越してあきれかえっている。
「……分かったよ、好きにしたら。でももうここから先、キミからどんな挑発をされようが一切干渉するつもりはないよ。キミはそれだけのことを言い切ったのだから」
ここから先、一年五組は二年生の手を借りることができないということを稲山はこの場で断言して約束を取り付けようとしたが――
「ちょっ!? おぅっ、それは待って下さいよ!」
「あぁ? 俺はお前の気持ちを代弁しただけだぞ」
「いやいやいや! 明らかに君の主観が入っていたよ!?」
丁度運良くバスも駐車場入りの為に順番待ちの停車をしていたその時、それまでダウンしていた愉坂が最後の力を振り絞って顔を持ち上げる。
「流石に今の話はこちら側の言い過ぎですぅっ!? おえぇ……」
「駄目だこりゃ……」
「と、とにかく……後ほど正式に謝罪に向かいますので、この話は一旦終わっていただけますでしょうか……」
「……分かった。だけど、相応の謝罪がないと私も許す気がしないから」
このまま神村と無意味な会話を続けるよりも、愉坂から謝罪を引き出した方が少しは怒りが収まるという理由の元、稲山はそれ以上何も言うことはなかった。
ただ現時点で稲山と神村の間に決定的な溝ができてしまったのは、誰の目から見ても明らかだった。
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