第三章 キツネ + 演壇 = 劇場 その3
「俺の言いたい事、か……」
「それじゃ、先に壇上に上がらせて貰うね」
三組、四組と色物が続いた今、愉坂に向けられている視線にも色眼鏡がかかってしまう。
「この学校、代々一組が一番まともでそれ以降が段々と個性を重視するって話らしいけど、こりゃ五組ともなればどうなるか分からないな」
「クラス長の見た目はまともそうだが、後ろに控えている副クラス長を見る限りだとあいつもヤバそうな気がするぜ……」
四組が引き起こしたざわめきが収まらぬまま、その光景を愉坂は黙って眺めていた。
演壇後ろの議長席で同じように様子をうかがっていた議長はというと、このざわつきが収まる様子もなく、また四組のクラス長が不満そうにしているのも見えたのか全体に一旦静粛にするよう告げようとした。
「流石に騒がしいな……仕方がない――」
「ちょっと待っていただけますか?」
待ったの声に議長が下の方を覗き込むと、この状況であるにも関わらず笑顔のままの愉坂の姿がそこにある。
「大丈夫です。僕に任せて下さい」
何か考えでもあるのか、と議長はそのまま愉坂にその場を預けるような形で静かに待つ事を選んだ。しかしそのやりとりを知らない生徒会会長及び副会長は、その場を静めようと立ち上がろうとした。
その時だった。
「――皆さぁん、こーんにーちはぁーっ!!」
「っ!?」
これまでで一番響き渡る、元気の良い挨拶。それが演壇に立つ一人の少年の口から発せられたとは、声のする方を振り向き、そして満面の笑みを浮かべるクラス長の姿を見るまでは誰も理解が追いつかなかった。
「……この度は不肖ながらこの一年五組クラス長、愉坂善治郎のご挨拶をご清聴頂きありがとうございます」
しんと静まりかえった会議場。皆の注目が集まる中、演壇の上で“愉坂劇場”が開幕される。
「私実はこのような広い場での自己紹介など初めての経験でありまして、不行き届きな部分もあるかと思いますが、どうか寛容な心で見聞きしていただければ幸いです」
演壇上に両手をつき、まるでそこにマイクがあるかのごとき声量を響かせて、愉坂は高らかに自分の全てを語り出す。
「この愉坂、自慢ではありませんがその道では有名な資産家の生まれであります。故に幼い頃から知人、友人というものは同じ資産家、あるいは富裕層、あるいは高所得者といった、いわゆるお金持ちしか知り合いにいませんでした」
「なんだよ、ただの自慢話かよ」
「下らん」
既に二、三年生からはブーイングに近い野次が小さく聞こえてくるが、愉坂はそれも既に織り込み済みで更に話を続ける。
「しかしある日、私は一人の大切な友人と出会いました。私の次に自己紹介をすることになる、副クラス長の神村和水という男です」
腕を広げて視線誘導を行った先にはまさか自分に振られるとは思っていなかった神村本人の姿があり、そして自らを資産家と言いつつも大切な友人がこのような不良だということに、周りの興味がより一層引かれていく。
「詳しく話してしまえばこの壇上で二時間、いや、三時間以上話すことになりそうなので割愛させていただきますが、彼と出会ったことで自分がいかに世間知らずの資産家の馬鹿息子だったのか、そして奢り高ぶりがあったのか。それを強く、自覚させられたのです!」
「嘘つけそんなことねぇだろ」
神村の小さな悪態は幸いにも誰の耳にも届くことなく、更に愉坂は誇張した話でもって聴衆を魅了し一気に引き込んでいく。
「――“政治家は、キツネの狡知とライオンの威を必要とする”!!」
「っ!」
わざと会長と視線を合わせた後に、真っ正面を向きなおして愉坂は高らかに入学式での言葉を発する。その深い意図を読む間もなく、愉坂は神村にも話していたことを、改めて皆の前でハッキリと言い切ってみせる。
「私はキツネになることはできます。しかし彼のように勇敢なライオンにはまだなれません。私は神村和水というライオンと手を組み、一年五組という小さな国を大きく発展させていく所存です!! そしていずれは“皆に愛される内閣総理大臣”として、私は大きく羽ばたいてゆきたい! 大言壮語かと笑う人もいるでしょう! しかし私のこの夢だけは、決して折れることはありません!! 先輩方にはこれから先ご迷惑をおかけするかと思いますが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします!!」
最後にぴっちり直角に頭を下げ、愉坂は静かに演壇から一歩一歩と降りていく。
今までにない、千鳥川や氏波のように思えて、鷹屋のような野望も秘めたこの少年の自己紹介という名の演説に、一同何も言うことができず、唯々あっけにとられてしまっていた。
「……それじゃ君の自己紹介、期待しているよ」
「テメェの後じゃ小学生レベルのものにしか思われねぇよ」
「それでいいんだよ。だからこそ僕は事前に君のことを紹介したんだから」
ある意味ではその場を支配しきった愉坂と入れ替わりで出てきたのは、この場には相応しくない金髪にピアスをつけた不良の姿だった。
「……確かに今までの一年とは違うかもしれないが、それでもあの人選はミス以外ないだろ」
「俺初めて不良って奴を生で見たかもしれねぇ」
同じ一年だけではなく、二年、三年の間からも神村に対する偏見や陰口がささやかれる。
それらは神村の耳にも届いているが、神村は愉坂とはまた別の手段でもって、全員を黙らせることを成し遂げようとしている。
「……ゴチャゴチャうるせぇな」
次の瞬間――ガツンッ!! という、木製のものを蹴り上げたような、大きな音が響き渡る。
「っ!?」
その瞬間それまでの小声は全て消え失せ、全ての注目が神村へと集められる。
「……下らねぇ」
神村はそうひと言だけ呟くと、更に全員に聞こえるように声量を大きくしてその場の全員を逆に問いただし始める。
「テメェ等ゴチャゴチャうるせぇわりには正面切って俺に何も言えねぇよなぁ? あぁん!? 文句があるなら正面切って言えば良いだろ! テメェ等は将来俺みてぇな何も知らねぇ一般人の上に立つ人間なんだろ!? たかが年下の頭の悪そうな高校一年を目の前にして何も言えねぇ癖に、まともに相対することもできねぇ癖に、全国民を相手にする政治家になんざなろうとしてんじゃねぇよ!!」
「ほう……」
誰も何も言い返せずに場が静まりかえる中、副会長である加賀は壇上に立つ不良の言葉に感心していた。
「どうした加賀、お前が興味を持つとは珍しいな。それとも昔の血が騒ぐとでも?」
「いや、奴の言い分も最もだと思ってな……」
「文句があるならいつでもかかってこいよ。俺は俺のやり方で、泥臭ぇと言われようがクラスとクラス長を支えてやる。それが副クラス長として任命された俺の仕事だ」
全員に向けて言いたいことだけ言い終えた神村は踵を返してその場を去ろうとしたが、ここで自分の名前を言い忘れたことに気がつき、振り向き直してひと言だけ付け加える。
「一つ言い忘れてた。一年五組副クラス長、神村和水だ。以後ヨロシク」
そうして壇上を堂々と降りてゆき、元の自分の席へと座り直す。その頃には誰も目を合わせようとせずに、ただただその場に静寂だけが流れていった。
「……今年の一年生も期待ができそうだな」
「ふん……」
「さーて、呆けた馬鹿共の目を覚ましに行くか」
最後まで波乱を呼んだ一年生の自己紹介だったが、それらを全て呑み込んだ上で綺麗に纏めるべく会長の皇城は演壇に立ち、そして全員の顔を見回して声を張り上げる。
「一年生のクラス長、副クラス長の諸君! 今日は大変有意義な自己紹介を聞かせて貰った! 特に最後の神村の言葉は、二年生三年生にも深く刺さるものがあったのではないかと感じている! 今一度初心に振り返り、どんな困難にも、問題にも立ち向かうという姿勢を見せて欲しい! そして一年生の模範となれるように、また、一年生もそんな上級生の背中を見て大きく成長して欲しいと思う! 我々は相互に切磋琢磨できる関係であり、協力できる関係だと信じている! ……今日のところはこれで解散としたいところだが、一年生はこの後も少し残っていてくれ。以上だ」
皇城が演壇から降りたのを見計らって、議長は皇城とアイコンタクトをとり、本日の議会の終了を宣言する。
「……それでは通常議会一日目を終了とする!!」
「くぅー、今年の一年も中々個性的な奴が多かったなぁ」
「ていうか宣戦布告かましている奴が二人もいるとか前代未聞じゃね? 普通あそこまで言い切らないだろ」
静かにその場を去る二、三年生と、騒々しい聴衆が退場していく中、一年生と生徒会会長だけがその場に残される。
演壇を挟んで反対側にいたそれまでとは違って、至近距離に立つ会長の姿は、いつにも増して威圧感を放っているように感じ取れた。
「さて……君達は知っているだろうが、早速明日から自分のクラスを率いて“宿泊研修”に行って貰う」
これもまたほぼ全員が分かりきっているような顔をしているが、この中でただ一人だけ状況を理解できていない副クラス長がいたりもする。
「宿泊研修……?」
「何だ? 聞いていなかったのか?」
「あっ、ごめん。昨日の夜に言い忘れてた。あっ、でも安心して。クラスの皆に連絡はきちんと回しているからさ」
つい先程大勢の前で啖呵を切ってみせた神村にとって、この事態は単なる恥さらし以外の何ものでもなかった。宿泊研修などと、昨日の入学祝いの場では愉坂本人どころか周りからも一切聞かされていない。
「プーククク、上級生相手に喧嘩を売った割りにはそのザマかぁ! しかもクラス長から忘れられるとはまさに哀れだな!」
余計なひと言とはまさにこういうことを指すのだろう、ここぞとばかりの氏波の煽りに対して神村はプチンと気が触れてしまう。
「……ブチ殺すぞコラ」
「それと!!」
氏波に脅しをかけようと神村が席を立ち上がったところで、皇城が大声を挙げて待ったをかける。
「この学校に来たからには、その乱暴な口癖も少しは直して貰うぞ」
「チッ……面倒くせぇ」
「神村君ここは素直にうん、って言おうよ」
一度目は高座によってやる気を削がれ、二度目は皇城によって抑えつけられる。しかし三度目はないぞと神村は氏波を睨みつけながら、神村は再び腰を下ろす。
「……明日からの三泊四日で、諸君等にクラス長としての自覚が少しでも芽生えて貰えればと思う。集合する時間と場所は既に各クラス長に伝えている。必要なものは……自分で考えるんだ」
「質問いいですかぁ?」
皇城の引っかかるような言い方に即座に質問を差し込んできたのは、先程一組の副クラス長として自己紹介をしていた猫川という少女だった。
「よかろう。ただし今からの質問も含めて三つまでだ」
「えぇー!? いっぱい質問事項あったのにーっ!」
オーバーリアクションでがっくりといった姿勢を取る猫川。そんなに大量に質問が出るものなのかと、特に深く考えていなかった神村にはピンとこなかった。
「そんなに大量にあるか? 必要だと思うんだったら“何でも”持ってきて良いんだろ?」
「流石に馬鹿みたいに大量に準備したら笑われるよ」
愉坂から軽くあしらわれた神村はムッとした表情で睨みつけたが、愉坂自身はそれを相手にすることなく質問をしようとしている猫川の方をジッと見つめて様子をうかがう。
すると猫川は一年全員の方を向いて右手を挙げ、全員にある確認を取り始める。
「ちょっと皆さんいいですかー? うち質問いっぱいしたいんで三つとも貰っていいですかー?」
「なっ!? それは横暴すぎるだろう!?」
眼鏡の位置を直しながら、氏波は猫川の方に顔を向けて却下の姿勢を取る。その後ろでは高座も同じく不満げに頬を膨らませている。
「それはあくまでお前が持つ疑問であって、全員の疑問ではない! こっちも高座が質問したがっているんだ!」
「そうだそうだー」
「えぇー、じゃ、一つあげますわ。残り二つはうちで――」
「待った。僕も一つ欲しいかな」
猫川が二つ質問する権利を貰おうとしたところで、愉坂は間髪入れずに自分もと権利を主張し始める。
「僕は最後に質問する。二人がした質問と被らないように、かつ全体に有用な質問をさせて貰うよ」
「それだとうちがまるで自己チューな質問しかしないみたいになるやんかー」
「逆にそんなことが言える時点で考えてはいたんでしょ?」
綺麗にカウンターを決められた猫川はそれ以上何も言えず、代わりに話題転換として最初の質問を皇城に投げかける。
「えぇーと、旅行のしおり的なものは無いんですか?」
「無い。もっと言うと時間割も全て向こうで逐一伝える」
「えぇー……質問終わっちゃったよ」
とはいえ基本的な質問であったことは残りの面々にとってもありがたい情報であり、それと同時にクラスの面々に必ず時計を着けてくるようにと連絡をするきっかけにもなる。
「それじゃ、次はわたし」
「ああ。なんだ」
続いて高座が手を挙げると、皇城は首を縦に振って質問を許可する。
「どこで研修するの?」
「意外と皆普通の質問をするんだな。詳しい場所は言えないが、山奥の林間学校だ。携帯の電波は届きにくいから気をつけておけ」
皇城の親切心によって今のところ複数の回答を得ることができている状況、最後の質問の権利は愉坂へと委ねられる。
「僕で最後の質問です。……まさかとは思いますが、食料も準備しておけってことはないですよね?」
愉坂がここで危惧していたのは、林間学校に三泊四日放置されるという事態だった。
中学校時代にあったような普通の林間学校ならばともかく、自立心を育てるなどといった名目で山奥のサバイバルとなった場合、準備するべきものが百八十度変わってくるからだ。
しかしそんな愉坂の心配も杞憂に過ぎなかったのか、皇城はキョトンとした表情で愉坂の方を見つめては答えを返す。
「一体何を想像しているかは知らないが、至って普通の林間学校、自然教室みたいなものだぞ? 多分お前が想像しているようなサバイバルなどは起こらないからそこまで心配する必要は無いと思うぞ」
「いえ、杞憂で済むならそれで良かったです」
愉坂も気恥ずかしさに苦笑いを浮かべていると、ここで神村がふとした考えを浮かべる。
「そんなに心配ならよ、必要なものだったら何でも良いんだから極端な話その道のプロでも連れてくれば良いじゃねぇか。つーか皆して余計な質問するなよな、必要だと思うんだったら何でもありなんだろ? 下手につついてあれは駄目これは駄目って言わせるなよ」
「へっ……?」
“どうして余計な質問をするのか”――その一言に神村の考え全てが詰まっていた。
必要だと思うものをもってこいという一言だけならば、こちらが何を持ってこようが咎められる筋合いなどない。向こうの都合など考える必要はなく、こちらの思うがままの準備をしてもいいという展開の方が都合が良いと、神村は考えていた。
しかしこの展開がよほどの予想外だったのか、皇城は慌てた様子で待ったをかける。
「っ!? 待て神村! それは駄目だ!」
「でも質問もしてねぇし、必要なものは持ってきていいってんだろ? 逆に駄目なものは説明されてねぇしな」
「おぉー、賢いね」
「ば、馬鹿かお前は!? 最低限の常識を持てばそれくらい考えられるだろう!? それに高座! お前も感心するな!」
常識人の氏波からいくら説かれようが知ったことではない。ルールとして決められていないのであれば何でもありなのが不良の考え。
今までも校則の隙間を縫ってズルをこなしてきたこともある神村にとっては、常識など知ったことではなかった。
「ハッ、今までの奴等は型にはまった“お利口”な考え方しかしねぇかもしれねぇが、頭が悪い人間は何してくるか分かんねぇぜ?」
「むぅ……確かに今の調子だと他も触発されて何を持ってこられるか分かったものではないからな……仕方ない、こういうことにしよう」
聖櫂学園の歴史上では初めてになるであろう、皇城は全責任を負う覚悟を持った上で、その場にいる全員に追加のルールを与える。
「確かに必要なものは自分たちで考えろといった。だがあからさまに余計なものを発見した際には、こちら側の独断と偏見で、それが本当に必要かどうかの判断をさせて貰う。勿論、不必要だと判断した場合、それなりの指導を入れることになる」
「“指導”、ねぇ……」
最早耳にたこができる程に聞き飽きた言葉を反復しながら、神村はそれ以上何も余計なことを言うこともなく静かに手を頭の後ろに回す。
「……それで、他に余計な考えを持つものはいないな? ……いないな。ならば今日のところはこれで解散だ」
本来ならばここで緊張をほぐすような言葉の一つでも投げかけるのが恒例だが、今年の一年の諸々の規格外さを前に、疲労が蓄積していたのは皇城の方だった。
「全く、今年の一年は――」
――期待をする、というよりは“怖い”な。
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