第三章 キツネ + 演壇 = 劇場 その2
最後に会議室の一番外側の一般生徒も参加できる聴衆席まで全て人で埋まり、そして議会参加者全員の氏名標が立てられたところで、議長席から凜とした女性の声が響き渡る。
「――静粛に!!」
全員の視線が議長席に集まる。その中には現生徒会会長、皇城の射殺しかねないような鋭い視線も混ざっており、その場にいる者全員の緊張感が一気に高まっていく。
しかし議長席に立つ三年生は一切怖じ気づく様子もなく、むしろ逆に睨み返さんと全員の顔を隅から隅まで見渡している。
眼鏡の奥に潜む眼。それは公平を絶対とする意志が宿った強い眼差し。そして口をへの字にして固く閉じる様は、そこから出る言葉が重々しいものだと感じさせる。短くさっぱりと切られた髪は即断即決を想起させ、軍人のようにキリリとした背筋は決断力の高さを窺える。
そんな全てにおいて議長としての適性を持った少女が、全員を見下ろして高らかに宣言をする。
「……これより! 本年度第一回生徒会議会、“通常議会”を開会する!!」
宣言を終えた議長が重々しく腰を下ろすと、それに続いて生徒会会長である皇城が早速演壇に立ち、そして本日の会議内容を語り始める。
「二年生三年生においては既に互いの顔を知っているだろうが、本日は一年生のクラス長対面式も兼ねている。一年生の一組から順にからクラス、役職、名前。そしてひと言挨拶をこの壇上で貰いたい。以上だ」
いきなりの強制自己紹介であるが、一年生の面々は既に予定調和といった様子で落ち着き払っていた。
――ごく一部を除いて。
「オイ、なんだよ自己紹介って聞いてねぇぞ」
「いやいや、だいたいこういう時は最初自己紹介からするでしょ普通」
「知ってたなら最初に言えっての」
バレないように真っ正面を向いたままヒソヒソと言葉を交わす神村と愉坂だったが、丁度その時にお手本となりそうな、一年一組のクラス長が壇上に立つ。
「一年一組クラス長、
マイクが無くとも隅々まで通るような透き通った声。議長や皇城のように表立った力強さはないものの、その内に秘めた意志の強さを伺う事ができる。
肩まで真っ直ぐに伸びたロングヘアーの髪型のとおり、自分の意志を真っ直ぐに告げる少女、千鳥川習子。信念が宿った真っ直ぐな瞳からは氏波のような打算的な思惑があるようには思えず、まさにクラスを纏める長として、しっかりとした意思を感じさせていた。
続いて壇上に上がったのは、そんなしっかり者でありながら愚直すぎるクラス長を陰で支える為に、ありとあらゆる手立てを企てる副クラス長。
「んにゃ、一年一組副クラス長の
ペコッと最後に頭を下げるが、それまでの言動全てに裏表を感じさせるような、まさに考えの読めない、読ませない少女が壇上に立っていた。
猫のように緩んだ口元に、緩んだ声色。して相手を見透かすような視線の動かしかたをする少女、猫川愛鈴。彼女の緊張感を感じさせない挨拶はその場にざわめきを残したが、それもすぐに次に壇上に上がった者によって打ち消される。
「一年二組クラス長、
“口よりもまず範を示す”。その言葉は副会長に座っていた加賀の眉を、興味を持つという意味で上げさせていた。
その隣で僅かな変化を見ていた皇城は、うっすら笑みを浮かべながら声をかける。
「今の奴、中々面白そうに思えるな。加賀」
「フン、どうだかな……それこそ口ではいくらでも言えるだろう」
そうして氏波が壇上から降りたところで、滞りなく次の者が登壇しなければならないはずだったが――
「……ん? 次は副クラス長の筈だが?」
「……はっ!? 高座ぁ!?」
「すぅ……すぅ……」
なんと次に壇上に上がるはずの高座は、会議中であるにも関わらず自分の席で突っ伏したまま寝息をたてている。
「早く起きろ!! 何を寝ているんだ!?」
「むにゃ……もう会議終わったの……?」
「ある意味では終わりかけてるわ!! 早く壇上に立って自己紹介してこい!!」
その場に氏波の怒声が響き渡れば、辺りからは失笑の声が漏れ出てくる。
「多分歴代で初めてじゃないか? この最初の会議で居眠りをする奴は」
「緊張感の無い奴だ。そしてそいつを選んだ氏波もやはり馬鹿としかいいようがない」
会長、副会長から陰口を叩かれている事などつゆ知らず、高座は寝ぼけ眼をこすりながら壇上に立ち、そしてゆっくりとした動作を伴いながら自己紹介を始める。
「……一年二組副クラス長、
今までのように自分のアピールではなく、本当の意味で自己紹介をする高座に対して、辺りからまたしても失笑が湧き出てくる。
しかし高座はそれらをキョロキョロと見回して、不思議そうに小首をかしげてひと言。
「――今日の会議、自己紹介するだけで何も決めないんだよね? だったらお昼寝しててもおかしくはないよね?」
「それは一体どういう意味での発言だ」
これにいち早く噛みついたのは、副会長である加賀だった。加賀は責め立てるように高座を睨みつけるが、高座は一切退く様子も無く更に壇上での発言を続ける。
「だって具体的に何かを決めるなら、しっかり起きて考えないといけないけど、今日は何も決めないんでしょ?」
「馬鹿っ、やめろ! 頭を下げて謝るんだ高座!」
「だって氏波、わたし何かおかしいこと言ってる?」
焦る氏波に対しても、同じようにマイペースに言葉を返す高座。
それを見て遂に痺れを切らしたのか、加賀は壇上から高座を引きずり下ろすべく席を立って演壇に歩を進める。
「貴様、この会の意味が分かっているのか!!」
「加賀副会長! 席に戻りなさい!」
「席に戻る前にあいつを引きずり降ろす方が先だ」
議長の注意を振り切って、加賀はさらに足早になって演壇へと向かっていく。それを遠目に見ていた神村もまた、何を思ったのかその場に立とうとしたが――
「加賀ぁ!!」
「っ!?」
「……戻ってこい」
たった一言で加賀を制したのは他の誰でもない、彼が忠誠を尽くしていた皇城生徒会会長だった。
「……っ!」
すごすごと席に戻ってきたものの、まだ納得していない様子で加賀は隣の席に座る皇城に目を向ける。
「今日の会議は、聖櫂学園の組織として――」
「いや、ある意味では彼女の言うことも一理ある」
「っ!? 会長!?」
ぶつけどころのない憤りが残る加賀とは対照的に、皇城はあくまで冷静な態度を取ったまま高座と視線を合わせる。
「高座、といったな? 確かにこの自己紹介だけでは学校という一つの組織が動く事は無い。だが俺達がお前達一年のことを少しでも知ることで、その後の運営を円滑ができるというのであれば今日の会は必要だ」
「ふぅん。そうなんだ」
皇城は決して怒る事はなかった。そして理屈には論理をと、この会の意義を説明し、高座を説き伏せにかかる。
「分かってくれたか。ならばもういい、席に座って他の一年生の自己紹介にもきちんと耳を傾けて欲しい」
「……分かった」
皇城からの説明を受けた高座は、納得した様子で壇上をフラフラと降りていく。
「……何故あんな風に言葉だけで済ませた?」
「ああ見えてあいつは屁理屈込みの理詰めで考えるタイプだ。自分の興味さえあればどこまでも追及をしていく。下手に刺激して興味がこっちに向いてみろ、面倒な事になる」
敵に回したところで相手にはならないだろうが、面倒事になるのは先程の神村との絡みを見ていれば分かること。あくまで面倒な奴だという評価は変わらないが、皇城にはまだ別の考えがあった。
「ああいったタイプにちゃんと仕事を割り振れば、予定を超える成果をあげるだろうな」
「仮に会長が認めたとしても、俺は認めないがな」
ドカッと音を立てて乱暴に座りなおすと、加賀は内に秘めた不満を表すように両腕を組み、そして席に着いて辺りを見回す高座をジッと睨みつけている。
当の本人はというと、全く別のところをキョロキョロとしているようで、皇城の言っている事の意味を理解できているのかいないのか、傍目にはよく分からないままだった。
そうして一時は騒然となった生徒会議場だったが、その後はまた元の空気へと戻ってゆく。
次に壇上に上がったのは歌舞伎における女形を想像させるような、男でありながら耽美に整った顔の少年だった。少年は壇上に立つなりどこから取り出したのか扇子で口元を隠し、流し目で辺りを見回している。
「……皆さん、こんにちは。あたくし、一年三組でクラス長をさせていただいております
なよっとした口調でありながら、芯のある声が響き渡る。
三刀屋という単語に反応する者がちらほらと見える中、逆にまたか、といった様子で落ち着き払って話に耳を傾ける者もいる。
「三刀屋……あの芸能一家の?」
「最近は芸能人を経てから議員になる者も珍しくは無いが……」
芸能界で名を馳せた者が、その知名度でもって選挙に出るなどよくある話である。それを知っていてなお三刀屋という単語に反応を示す者がいるのは、一つ大きな理由が存在する。
「“古き良き日本”を取り戻す為、そして伝統芸能を復活させることこそが、あたくしの使命でしてよ」
「古き良き日本、か……どこまで時代を戻すつもりなんだろうね、神村君」
「江戸時代じゃねぇの? 歌舞伎やってんだろうしよぉ」
「それはちょっと安直過ぎじゃないかな……それにしても歴史ある芸能一家の長男が、こんなところに何をしに来たんだろうね」
愉坂と神村が小声で話している内容の通り、三刀屋の家は代々何かしらの芸能に関わる芸能一家である。時の政府にお呼ばれする事はあれど、歴史上これまで
しかし現に演壇に立っているのはその三刀屋一族の長男、つまり本来であれば歌舞伎役者として一花咲かせている筈の少年が、政治の場に足を踏み入れようとしている。
「政におかれましては皆様の方が先輩になりますが、何卒よしなに」
それ以外であれば自分の方が上だという意味を含んでいるのだろうか、三刀屋は挑発的な笑みを浮かべ、そして喋りたいことを喋り終えたといわんばかりに扇子をパチンと閉じて演壇を降りていく。
続いて登壇したのは、瓶底眼鏡をかけた背の小さな少女だった。演壇からはギリギリ顔が見える程度で、同じ制服を着ていなければ女子中学生、下手すれば小学生にしか見えない少女が咳払いの後精一杯の大声で自己紹介を始める。
「あ、あっ! ううんっ! 一年三組副クラス長の
あっさりとした自己紹介に周りもついて行けていないのか、あっけにとられ誰も何も言わない空気がその場を支配する。肝心の豊川は言いたい事だけ言い終えると演壇を降り、さっさと元の席に腰を下ろしている。
「トヨちゃんあれは流石にあっさりし過ぎじゃない?」
「良いんです。無駄は必要ありません。そういった意味ではさっきの寝ぼけていた子が正解ですから」
「全く……お金にしか興味が無いとか、どこで育て方を間違えたのかしら」
このさりげない無神経な発言が豊川ではなく別の人間の癇にさわってしまっていることに、三刀屋は気がついていない。
「芸能一家だからって調子に乗りやがって、世の中金が無けりゃ何もできねぇよ」
「ちょっと神村君、落ち着いて。ほら、四組の次は僕達なんだから自己紹介考えておかないと」
明らかに不機嫌になる神村の気をそらす為に方便を使いながら、愉坂は次に演壇に立つ男の姿を目に捉える。
「…………」
壇上に立つ男からは、荒削りながら上に立つ者としては相応しい威圧感が放たれていた。すぐに自己紹介を始める訳でもなく、両手を演壇の上に置いて辺りをぐるりと見渡す。
これまではスポーツに打ち込んでいたのだろうか、神村ですら内心かなり鍛えていると思わせるくらいに幅広な肩に、そこからの逆三角形の体型が遠目に見てもよく目立つ。
一年生でありながら上級生にも後れを取らないような重苦しいを漂わせながら、男は遂に言葉を発し始める。
「……この世は全て、“実力主義”だ!!」
――そしてたった一言で、男は自分の胸の内に秘めた信条をその場の全員に理解させた。
「スポーツも、勉学も、全てが実力主義だ!! 皆が活躍できる社会など、俺はそんな戯けた絵空事を言うつもりは無い!! ごく一部の限られた有力な人間だけが、国を引っ張る原動力になればいい!! 力無き者を守る為の、盾となれば良い!!」
それは耳にした者の捉え方次第では独裁主義としか捉えられないような、超がつく程の独善的な考え方だった。
今までとは全く別の意味でざわつき始める会議室だったが、男は更に熱弁を振るおうと身体を動かし、演壇から今にも身を乗り出そうとしている。
「そして俺は、いずれ総理大臣として――」
「はいはーい! そこまでにしておこうかー! 周りが皆着いてこれてないから!」
「それはこいつらが俺の思想を理解できない凡愚だから――」
「そして無駄に敵も増やさない! ほら、演説じゃなくて自己紹介なんだから降りるよ!」
恐らくは彼の次に副クラス長として自己紹介するつもりだったのだろう、こちらも運動を得意としているのか、日に焼けて褐色肌となった少女が壇上から熱弁を振るうクラス長を引きずり下ろしにかかる。
「だぁー! まだ俺は話し足りていない! ここから俺のクラス運営方針を――」
「はいはい降りた降りた! すいませんうちの馬鹿が色々と好き放題言いまして。あたしはこの馬鹿もとい一年四組クラス長の
恐らくはクラス長である鷹屋のブレーキ役として立候補なりをしたのであろう、柴原と名乗る褐色肌の少女はそのまま鷹屋を引きずって演壇を後にする。
「さて、僕らの番だよ」
「結局何を言おうとしてたのか、あの野郎のせいで全部吹き飛んじまった」
「まあまあ、僕が先に話すからその間に適当に考えておきなよ。それにこの調子だと、自分の言いたい事を言った方が印象に残りそうだし」
愉坂を立てる為に一組や二組のクラス長のように堅苦しい挨拶を考えていた神村だったが、その愉坂の後押しもあって自分なりの自己紹介を改めて考えなおしてみることとなった。
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