第三章 キツネ + 演壇 = 劇場 その1

 担任からの第一関門突破の言葉も、たった一日だけしか持たない褒め言葉。未来の総理大臣になる為にも、二人はすぐに新たな試練に立ち向かわなければならない。

 午前中は一年生と上級生との対面式。そして午後からは部活動紹介など、雑多な行事で一日を終えたこの日の放課後。愉坂にとっては現状で一番見極めの重要な時間がやってくる。


「遂に、遂に始まるんだ……!」

「にしても堅っ苦しい場所だな……」


 そこは生徒会の会議室というにはあまりにも広く、国会が開かれる場を模したような部屋だった。

 周囲より飛び抜けて高い議長席があり、その目の前に議題を提示する者が立つ演壇。それを中心として扇状に配置された席という光景は、教科書で見た国会議事堂内の席配置と瓜二つである。

 クラス長、副クラス長と隣同士で座る愉坂と神村。そして早速目の前の机の上に置かれたものに神村は興味を持ち始める。


「これなんだよ」

「それは氏名標。名札みたいなやつだよ。とりあえず横になっているのを立てておけば良いから」


 黒い棒に白い文字で刻印された自分のクラスと役職、そして名前。ひとまず神村はそれを見よう見まねでその棒を立ててみたものの、その下には更に二つのボタンが隠されていることに気がつく。


「なんだこれ? 隠しスイッチか?」

「あっ! それは押しちゃ駄目! それは賛成か反対かの投票ボタンだから」


 まるでここに来た事があるかのように手慣れた様子の愉坂であるが、何故ここまで説明できるのかというと、彼自身が本物の国会議事堂に何度も脚を運ぶ程の国会マニアだからである。


「うわー、凄い! 記名投票の為の白票、青票まで備え付けてある!」


 国会議事堂の本会議場と瓜二つのこの部屋の事など、まさにホームグラウンドに等しい。細部まで模倣された構造に感激を覚えながらも、愉坂はこれから始まる生徒議会を前に興奮を抑えられずにいる。


「はぁあああ……たまんないよぉ」

「お前傍目に見たらやべー奴にしか見えねぇよ……」


 続々と各学年のクラス長、副クラス長、そして生徒会役員が席に着いていく中で、愉坂は恍惚とした表情で頬杖をついている。


「……面倒くせぇし放置しとくか。ふぁあ……眠ぃ……」

「まずは自己紹介をしっかりとして、この場で自分をアピールできるようにしないと――」

「おやおや! まさか暴力議員がこの場にいるとは! こんな奴を副クラス長においている五組なんて敵対するに値しないな!」


 愉坂とはまた別の意味でぼーっとしていた神村であったが、無性に相手を苛立たせるような聞き覚えのある声に瞬時に後ろを振り向く。すると視線の先には、眼鏡をかけたあの不快な男が立っていた。


「あぁん? ……なんだ、デコハゲか」

「誰がハゲだ誰が! 俺の額は元から広いんだよ!」


 先日つけられたばかりの渾名がよほど癇に触ったのか、氏波は顔を真っ赤にして神村の言葉に反論を振りかざす。しかし神村はそんなことなどお構いなしにと更に畳みかけていく。


「知ってるか? 額が広すぎるとハゲやすいらしいぜ」

「えっ、それは本当か? ……って適当な事を言うんじゃない!」

「くひゃはっ! その割には一瞬真剣な面になってんじゃねぇか!」


 つい先日は神村を煽っていた氏波だったが、今度は逆に挑発を受けてしまう展開に。

 そうして完全に意識が氏波の方へと向いていた神村は、更に茶化そうとしたが――


「そろーり、そろーり……さわさわ」

「うぉおっ!?」

「あれ? ふわふわしてない? ゴワゴワしてる……」

「テメェッ、折角ワックスでセットしてんのに触んじゃねぇ!」


 振りほどくように正面をむき直せば前の席から手を伸ばす高座と目が合ってしまい、神村は驚きのあまり大声をあげてしまう。


「神村君、しーっ! 今のは流石に響くって!」

「たーかーくーらー! そこの金髪だけならまだしも、今のは俺達にまで追求が来てしまうだろうが!」


 一瞬は周囲の注目を集めてしまう二人だったが、その後はまるで何事もなかったかのように皆が皆自分の席へと座っていく。

 流石にこの気まずさを前に神村は口を閉じたまま席に座り直すが、高座の方は相変わらずマイペースを貫いたままふらふらと氏波の後を追っていく。


「……そういえば、君も無事クラス長になったんだね」


 静かに背後の通路を通り過ぎていく際に、今度は愉坂の方から氏波へと親しみを持って話しかける。

 対する氏波はあくまで政敵のごとく敵対心を剥き出しにして、そして更に現時点では誰にも話していないはずの愉坂の裏事情について突っ込みを入れ始める。


「当然だ。お前の方こそ、随分と“汚い手”を使ったみたいだな」

「さあ? 何のことやら?」

「とぼけない方がいい……お前だけが情報収集できる訳じゃないんだぞ」


 釘を刺すようにして氏波がその場を去って行くと、その後をついていっていた高座が再度後ろから神村の髪の毛を触ってひと言声をかける。


「わたしはもっとふわふわの方が好きだよ。じゃあね、バイバイ」

「だーからワックスつけてるから固まってんだってのに……」


 氏波とは対照的に友好的な高座に調子を崩されるも、神村は異様に好意的に接触してくる存在に対して、剥き出しの敵意を持つことはできなかった。


「くすっ、随分とあの子に気に入られたみたいだね」

「でもデコッパゲの言葉を借りるなら敵同士だろ?」

「まっ、現実でも離党して別の政党に入る事だってよくある事だし、もしかしたら味方に引き入れる事もできるかもよ?」


 呑気なことを言っているようだが、事実として一度だけ副クラス長を変更する権限をクラス長は持っている。何らかの原因でクラス運営をこなせない場合に使われ、そして副クラス長はそれに反対する事はできない。

 しかしそれを行使するということは自分の采配が失敗したと認めると同意義であり、通常であれば決して使われることのない諸刃の剣。故にあってないような制度に等しいものだった。


「しっかしあいつがこの場にいるってことは……」

「うん、高座さんが副クラス長ってことになるね」

「俺が言うのもなんだがあんな奴が副クラス長かよ……」

「でも副クラス長同士、仲良くしていて損は無いよ。向こうしか持ってない情報も回ってくるかもしれないからね」


 ふぅん、と息を漏らしながら椅子の背もたれに寄りかかる神村をよそに、愉坂はこの場に集まりつつある一年生のクラス長に目を光らせていた。


「……氏波君も含めて、それなりの面子が一年生に揃っているみたいだね」


 だがそんな中でも絶対に自分がトップに立つ――絶対的な自身を持つ愉坂は、見られぬように手で顔を覆いつつ、一人不敵に笑みを浮かべていた。

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