第二章 キツネ + 文明の利器 = 犯罪一歩手前? その2
「同じ中学校出身の奴等の中で多分一番リムジンを見ている自信があるわ、俺」
「それに加えてリムジンに乗った回数ならぶっちぎりだろうね」
よその家の車に乗る時は妙な緊張感があるのは、誰しもが理解できる感覚であろう。そして神村の場合それが倍以上に膨れ上がっているのは、普段の彼が決してするはずのない貧乏揺すりから伺うことができる。
「しかしまさか坊っちゃんのお友達に、このような者がいようとは思いませんでした……」
安全運転を心がけながらも、サングラスの奥の視線がバックミラーに映る神村へと向けられる。それを直感的に察知した愉坂は少し不機嫌そうにして、わざとらしく意地悪な質問をぶつけた。
「もしかして最近雇われたドライバーさん? もし知らないならこの際だから紹介させて貰うけど、神村君は僕の一番の親友なんだ。それともいくら親友であろうが、こんな金髪ピアスの不良を乗せるようなリムジンは無いって事を言いたいのかな?」
一歩間違えればそのまま告げ口の上“クビ”という単語が脳裏を過ぎるような口ぶりで愉坂が問いかければ、ドライバーの男はそれまでにないへりくだった態度で返事を返し始める。
「えっ、えぇっ!? そ、そのようなことはありませんよ!? 神村様も立派なお友達でございますとも!」
「それにしてもテメェよくも本人を横にして金髪ピアスとか言えるよな」
「別に悪口ではなく事実だしいいじゃん。そっちだってさっき僕のことで陰口叩いていたくせに」
満足いく回答が得られたのかクスクスと笑う愉坂に対し、相変わらずこういった不特定多数を揺さぶることに多少の嫌悪感を示す神村。普通であれば絶対にソリが合わないであろう性格の組み合わせであるが、確かに二人は仲の良いキツネとライオンのコンビになろうとしている。
「それはそうと、ちょっと見て貰いたいものがあるんだけどさ」
「ん?」
愉坂は後部座席に備え付けられたモニターに顔写真と名前のリストを映すと、それを指さして神村の注意を引く。
「なんだこれ?」
「聖櫂学園の生徒会に所属している人のリスト。まっ、会長副会長くらいは知っていると思うけど――」
「知らねぇ」
「何言ってんの君!? 今日壇上で喋っていたのが会長さんだよ!?」
「んー、覚えてねぇし興味もねぇ」
「はぁ、全くもう……」
薄々予想はできていたものの、いざ本当に興味がないと言われてしまっては思わずツッコまざるを得ない。しかし愉坂は気を取り直して画面を操作し、改めて聖櫂学園の生徒会組織図の説明を始める。
「聖櫂学園だからって生徒会の組織図は差して大きく変わらない。トップが生徒会会長、その下に副会長、書記、会計、庶務と続く。そして現在の生徒会会長がこの人」
ピックアップされたのはとある男の正面からの写真。名前は知らずとも一度目にすれば記憶には残る。オールバックに三白眼、そして固く閉ざされた口元はそれだけで国を背負う長としての素質を窺わせる。
「第七十一代目現生徒会会長、
「それは学校の先生も含めてか?」
「それは流石にないけど……まっ、下手な先生よりは発言力はあるかも。普通の学校よりは学校運営に対する発言権を持たされているからね」
歴代でも指折りの優秀さだと噂されている男、皇城王臥。彼こそがまさに、狐の狡猾さと獅子の勇敢さを兼ね備えた完璧な男だと世間から評されている存在である。
「まだ十八歳なのに未来の総理大臣候補と言われるくらい、彼は優秀らしいよ」
「ふぅん……」
「あんまり興味ない感じ? まっ、不良の君にとってはこっちの方が腕っぷし的な意味で興味が湧くかな」
次に画面に映し出されたのは真っ黒なストレートヘアに無表情の男。しかしその目つきは猛禽類の様に鋭く、こうした画面越しでさえ威圧感を感じさせる。
「この人が生徒会副会長、その名も
「っ! 加賀慶一だと!?」
「そっ。その界隈なら、この人の名前は有名な筈だよね?」
――“渋谷大乱闘”。当時中学一年生だった神村和水も参戦していたこの不良同士の大きな抗争は、あらゆる学校の不良の胸に刻まれる程の大規模な戦いだった。
「確か大乱闘の時は加賀慶一とは――」
「あぁ、敵同士だった。そん時はワンパンで沈められたがな」
三年生対一年生。成長の問題もあるのだろうが、それでもこの屈辱を神村は忘れた訳では無かった。
「だがどうしてそんな野郎が副会長に」
「どうやらこの皇城王臥が色々手を打ったみたいだよ」
そう考えれば、この愉坂と神村の関係は二番煎じといえるかもしれない。しかし逆に考えてみれば、愉坂が今企てている計画の正しさを、現生徒会長の皇城王臥が保証していることにもなる。
「ひとまずこの二人以外はそこまで気にしなくていいかな。ぶっちゃけそこまで大きな接点を持つこともないだろうし、その時その時で考えれば良いからさ。それより僕らが考えなくちゃいけないのは、今から挙げる二年のクラス長二人なんだよね」
そうして次に男女一人ずつの顔写真をピックアップすると、それぞれの特徴について愉坂は語り始める。
「まずはこの人。名前は
「ふぅん……」
パッと見た感じでは皇城よりも年上に思える程にがっちりとした顔の骨格。そして身の潔白を示すかのごとく短く切り揃えられた髪の毛が、本人の内面をよく表している。
「体格も良くてありとあらゆる運動部からは助っ人として引っ張りだこ。身長もさっきの加賀慶一の更に上らしいよ」
「俺が一七二くらいだから、こいつ一八〇以上あるってか?」
「えーと確か……一九〇センチを優に超えてるね」
個人情報保護法など、愉坂の前では意味を成さないのであろうか。身長体重など基本的な情報は、このように全て筒抜けのようである。
「……そういやこれって大丈夫なのか?」
「バレなきゃ犯罪じゃないってよく言うじゃない?」
「言わねぇよ……」
友人の倫理観に引き気味になるが、まだもう一人残っていることに神村は気がつく。
「まさかこの女子についても情報収集している訳じゃないよな?」
「うん? 他に一年生とかでスリーサイズ知りたい子がいるなら特別に教えてあげても良いけど」
「いらねぇよそんなもん……つーか知ってる時点で引くわ普通」
「えぇー、折角君の為に情報を集めたのに」
どう転べばスリーサイズが知りたくなる展開になるのかと喉元まででかかったが、舌戦における話術で愉坂を相手にどうこうできる筈もなく、神村はグッと我慢して口をつぐむ。
そんな神村の心境などつゆ知らず、愉坂はパーティ会場までの残り僅かな道のりで最後の一人の紹介にあたる。
「そしてもう一人。この人の名前は
その信条の通り表立って目立つ事件を嫌い、誰にも分からぬように処理することが多いという謎の人物。ゆえにしっかりと証拠のある悪い話は聞かないものの、実体のない黒い噂は後を絶たないという賛否両論の別れる人物だった。
写っている写真も今までのような正面からの写真ではなく彼女の日常を切り取ったような、いわゆる盗撮写真に近いものだった。
「おい、これ――」
「あぁーっと言いたいことは分かるけどそれは無しで」
どういうわけか、彼女については学生証にあるような正面から意識した写真を撮られることを嫌っているようで、こうして日常的な撮られていることを意識されていない写真しか残されていない様子。
「クラスの集合写真とかあるじゃん? ああいったものですら嫌うらしいからね」
そしてモニターに映し出されているのは恐らく同じクラスの友達と一緒に校門を出て行っているところであろう。そんな写真の横顔から垣間見ることができるのは――
「――作り笑顔かこれ?」
「そう。誰も彼女の本心を知らない。相当作り慣れているよ、彼女」
ゴムバンドで綺麗なサイドテールを結び、肩にはテニスラケットケースを担いで、そして目元も口元も笑みを表現している。
一見すれば快活そうな雰囲気を漂わせる部活動少女であるが、写真の細部を見ることで彼女の本心を垣間見ることができる。
「四人組だけど彼女だけ一歩下がって俯瞰するように友達の後ろ姿を見ている。前三人が楽しそうに顔をつきあわせて話しているけど、彼女はその会話に積極的に入ろうとしない」
「……ハブられてんだろ」
「いや、そういう訳じゃないんだ」
個人情報どころか交友関係すらも洗っているのかと、神村は愉坂のやり過ぎ具合に今度こそ口から言葉が出て行ってしまう。
「流石にやり過ぎだろ。どこからこんな情報を――」
「うん? 全部本人やその周りが発信した情報を寄せ集めて作っただけだけど?」
「はぁー?」
まさか彼女達がわざわざ愉坂の前に来て、全てペラペラと喋ったとでもいうのだろうか。神村が怪訝な目で見つめていると、愉坂は種明かしをするかのようにモニターを操作して別の画面を神村に見せる。
「これ、何か分かる?」
そこにはスマホを持つ人間にとっては殆ど常識ともいえるほどに有名な、とあるSNSサイトのトップページが表示されていた。しかしまだ神村はまだ何もピンときていない様子。
「知らねぇ」
「全く、最近はスマホでSNSを使って自分から情報をだだ流しにする時代なのに」
「それは俺がいまだに折りたたみ式の携帯を使っている事への皮肉か?」
やれやれ、といった様子で愉坂は言葉尻に噛みつく神村をスルーして、先程四人のうちの一人の投稿をピックアップする。
「ほら、ここにある呟きの通り彼女達は確かにテニス部の仲間で、立派な友人だ」
「その割には一切写真に写っていないようだが」
「さっきも言ったでしょ? 写らないんじゃなくて、“写りたがらない”んだよ」
一体何が彼女を写真嫌いにしているのか。不思議に思う神村は自分の髪の毛に手櫛をさし込みながら考え込み始める。対する愉坂は既に答えを持ち合わせているようで、十秒足らずと考える時間を与えることなく答えを返す。
「恐らくは僕みたいな輩に“知られたくない”んだよ」
「やっぱりテメェのやってることの方が陰湿って事じゃねぇか」
「そういう意味じゃないってば」
愉坂は画面を一旦元の稲山の画像に戻し、そしてその作り笑顔の裏に隠された真実を憶測で語り始める。
「彼女は自分の事を知られたくないんだよ。できれば席も後ろの方で、文字通り“何事も無く平穏に過ごしたい”。誰からも必要以上に干渉されず、空気になりたい。そして自分で引いたラインの内側に入って来て欲しくない。それが真っ正面からだろうが、こうしたネット上の個人情報だろうが」
「よく分かんねぇな。知られたくなくてもこうして周りが情報ばらまけば意味ねぇだろ」
「まっ、そうなんだけどね」
だとすれば、もう一つ疑問が沸いてくる。
「じゃあなんでこいつは一番目立つクラス長になってんだよ」
「そこなんだよね。どうやら当初は自薦でクラス長になったらしいんだけど……」
「らしいって、そもそもクラス長って今日みてぇに勝手に先生が決めてんじゃなかったのか?」
「あー……そういえば君にはクラス長指名のからくりは教えていなかったっけ」
「なんだよからくりって」
「簡単に言えば根回しだよ。大抵は裏金なりが動くのがこの学校だから」
さらりと言ってのけるが、やっている事はやはり普通の事では無い。総理大臣養成学校と揶揄される学校だが、こういった裏の事情すらも再現する辺りは神村にとって気に入らなかった。
「お前もクラスで金バラまいたのか?」
「いや別に。君と同じように同じ高校に進学する子を全員塾に通わせたくらいかな。後は全員が同じクラスになるようにって意味では“お願い”はしたかも」
キツネのやり口が必ずしもライオンの気性に合うとは限らない。しかしこういったことは今に始まった事ではない。
「……同学年の奴等には止めとけよ」
「それは勿論。これはあくまで汚い大人向けの釣り餌みたいなものだからね」
大人の汚い話を軽く流したところで、愉坂は改めて稲山の話へと戻ろうとしたが――
「お話のところ申し訳ありません坊っちゃん。もう少しで到着いたします」
「ありゃ、残念。まっ、続きはパーティの後ってことで」
愉坂はケラケラと軽く笑って場を纏めると、モニターを消してひと言呟く。
「……キツネとライオンで総理大臣を目指すんだから、こんなところで負ける訳にはいかないよね」
「全員喰い殺すつもりで望むべきだろうな」
「それはちょっと違うかな」
自分以外は全て餌。よって全てを食い散らかすのみ――そんな凶暴なライオンとは違って、狡猾なキツネはその場の腹を満たす事だけではなく先を見据えて策を打ち立てている。
「こんな人達からも愛されるような人にならなくっちゃってこと」
「けっ、八方美人って言葉はお前の為にあるようなもんだな」
「だから言ってるじゃん――」
――僕の目的は、“国民全員から愛される”、歴代最高の内閣総理大臣だって。
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