第一章 キツネ + ライオン = 見習いクラス長 その1
「――はぁあーっ、緊張した。それこそこの身が震えるくらいにさ」
「そうでもねぇだろ。最初からつけあがらせねぇようにああやって難しいこと言ってビビらせてるに決まってる」
「そんな謎の不良理論で言われてもさー」
入学式終了後の最初のホームルームまでの僅かな休み時間。大多数が緊張の面持ちでそれぞれの時間を過ごしている最中、とある二人の少年が廊下にある窓の両端にそれぞれよりかかっていた。
かたや毒も棘も無いような好青年とでもいうのだろうか、元々学校としての規律は厳しいものではないものの、その縛られたルールの更に内側に丸く収まるかのごとき身だしなみに整えてあった。
清潔感のあるショートヘアに、時代の行く末を真っ直ぐ見通すかのような澄み切った瞳。常に微笑を表現している口から出る言葉には十五の少年らしさが残りつつも、決して相手に不快感を与えるような言葉ではない。
一般的に学ランと呼ばれる学生服も第一ボタンどころか襟首までしっかりと閉じており、優等生を体現するのであれば彼を見本として挙げられる程に、少年の風貌は高校生らしい高校生をしている。
対するもう一方はというと、そんな好青年とは真反対の、いわゆる不良というレッテルが貼られるような見た目をしていた。
「不良基準じゃねぇ。俺はもう足を洗ったんだ」
「その割にはまだ髪が金色に染まっているみたいだけど?」
「うるせぇ!」
ワックスで無造作に逆立った髪は金色に染まり、耳たぶにつけられた金属製のピアスが鈍い輝きを放っている。学生服も第一ボタンどころか第二ボタンまで開いていて、さっきのような厳粛な挨拶がこなされる高校には絶対にいるはずのない存在といえる。
しかし現に彼の襟首には話し相手の優等生と同じ校章が縫い付けられており、窓から差し込む光に反射して存在感をアピールしていた。
「それにしても良かったよ。この高校、入学するだけならペーパーテストさえクリアできればオッケーだからさ。同じ塾で一緒に頑張ったかいがあったってものだよ」
「“偶然にも”同じクラスにもなれたしな」
「そうそう。そこが一番“大事”なんだよね」
そんな彼らの他愛のない会話の内容から、この二人が旧知の仲であることは推測できる。
折り紙付きの優等生と、札付きの不良。ちぐはぐな間柄でありながらも、二人の間には確かに友情というものが存在していた。
「ケッ、それで? 中学時代に超がつく程の優等生だった
だがしかしいくら友情があれど神村という不良の言うとおり、この学校は一般の学生が通う普通の学校とは大きく異なっており、間違っても成績が元校内ワーストスリーだった人間でも入れるような、そこいらにある並大抵の学校ではない。
「確かにここは日本でも五本の指に数えられる程の超名門。進路は文系理系漏れること無く超難関大学。そしてゆくゆくは大企業の社長か研究職、そして――」
「ゴチャゴチャうるせぇな。テメェの場合、進路は一つだろうが」
難しい話を嫌うがごとく、神村は愉坂の話を切り捨てる。そしてそれを愉坂の方も分かりきっているのか、苦笑を漏らすだけでそれ以上は何も言い返すこともない。
「……そうだね。僕の場合はたった一つ」
――“国民全員から愛される”歴代最高の内閣総理大臣。それが愉坂善治郎という男の大きな野望だった。
「ケッ、誰からも愛されるなんざ無理だってのに」
「全く、君はいつから
愉坂は得意げにいうが、傍目に見て考えたところでこの少年がキツネになれたとしてもライオンになるには無理があるかのように思われる。
「確かにお前は賢いからキツネになれるだろうよ。だが――」
「そう、ライオンにはなれない。だからこそ君に来てもらう必要があった。ライオンになれる君にね」
愉坂はそう言って自信満々に神村の目を真っ直ぐと見つめる。神村はその言葉の意味を数秒おいて理解すると、面倒事に巻き込まれそうな雰囲気に深い溜息をついた。
「……虎の威を借る狐って言葉、流石にお前も知ってるよな?」
「相互補完って言って欲しいかな。僕がキツネで君がライオン」
離れていた距離を詰めるように愉坂は神村の腕を取り、そして肩に回して自信満々の笑みを浮かべる。
「――二人揃えば“政治家”だ」
愉坂は最初から一人でこの学校生活を送るつもりなど無かった。ましてや総理大臣になるという野望を、たった一人で叶えるつもりなど無かった。
「僕達二人で、総理大臣を目指すんだ」
前代未聞。誰も成し遂げたことがない絵空事を、愉坂はまるで現実にあるかのように語る。
「何言ってんだ。総理大臣は一人しかなれねぇよ」
「そこはほら、世界初の二人大臣って感じで――」
「ぷっ、ははははははっ! そんな金髪の猿のような社会不適合者を引き連れて何を考えているかと思えば、やはり身分不相応の馬鹿な考えしか持っていないようだな!」
「あぁ!? んだとデコッパゲゴラァ!!」
その金髪の猿ですら瞬時に理解できるような罵倒語を口走った結果睨みつけられることになった眼鏡の少年は、愉坂とはまた違う方面の品行方正を目指したような姿をしていた。
綺麗に切りそろえられた前髪が、重力に従い真っ直ぐに降りている。そして横髪も後ろ髪も神村とは違ってピチッとしているところから、かなり神経質な性格だと伺うことができる。
そしてサイズがフィットしないのだろうか、あるいは焦る気持ちを落ち着かせる為だろうか、銀縁の眼鏡のズレをひたすら中指でなおしている。
「初対面の見ず知らずに喧嘩売るってこたぁそれなりに覚悟できてんだろうなぁ!?」
「ひっ……し、しかし事実だろう! それにここで手を出してみろ! 俺がどんな手を使ってでも即刻退学に追い込んでやるからな!」
「やってみろ、そんな口利けなくなるまでブチのめすからよぉ」
既にどこぞのガキ大将よろしくパキパキと手を鳴らしながら神村が近づいていると、その行く手を阻むかのように一人の少女が目の前に立ち塞がる。
「あぁ? 邪魔だどけ」
「髪の毛すごいね。地毛?」
少女は小首をかしげながら、くりっとしたどんぐり眼で神村の切れ長の目を真っ直ぐと見つめていた。
――仮に教室内に彼女がいたとして、その存在の薄さゆえに気がつく人間はそういないだろう。しかし一度真っ正面から向き合えば、“守ってあげたい”という庇護欲を引き起こさせるような、不思議な雰囲気を醸し出す存在。
くせっ毛のない真っ直ぐなみどりの黒髪と、血色の良い艶やかな肌。恐らく彼女の家は裕福で、神村のような喧嘩が隣り合わせの世界とは縁遠いところで育てられたのだろう。
神村の目の前に立っているのは、そんな儚さと可憐さを兼ね備えた同学年の美少女だった。
「綺麗な色してるね」
「関係ねぇだろどけっつってんだよ」
まるで珍獣でも見ているかのように興味津々な黒髪の少女を前にしたとて、神村の熱が静まることはない。男に直接向けられるものよりは幾分か抑えられているものの、神村は苛立った声で少女にその場を退くように言い放つ。
しかし少女はそれでも退く様子は無く、むしろ逆に前へと詰め寄ろうと白魚のような指を伸ばし始める。
「さわさわ……」
「おい! 触ろうとするんじゃねぇ!」
「そうだ
「むぅ……触ってみたかったなぁ」
高座と呼ばれた少女は不満そうに口をとがらせ後ろに下がるが、目線は神村の髪から離れることはない。
「うずうず……うずうず……」
「触るなよ、絶対に触るなよ!」
「前振り……?」
「振ってない!!」
恐らくはこの二人もまた愉坂と神村のような旧知の仲、そしてクラスメイトなのだろう。
そしてこれまで眼鏡の少年とピリピリとした空気を漂わせていた神村だったが、高座の気が抜けるような行動を前に意気消沈したのか、くるりとその場に背を向ける。
「……ケッ、やる気も失せちまったぜ」
相手にするまでもないと思ったのか、神村はそのままどこかへと立ち去っていく。
「あっ、神村君どこ行くのさ」
「便所だ。ったくアホくせぇ」
「はぁ……助かった」
「良かったね、
「ああ助かったよ奇跡的にな!!」
眼鏡の真ん中の部分を中指でクイッと上げながら、氏波は高座に対して文句をぶつける。しかしその裏で助けられたという事実だけは認めざるを得なかった。
「少なくともお前がいなかったら一発は殴られていたかもしれないからな。まあ、その時には退学確定だが」
「でもあの人、本気で氏波を殴ろうとしていたよ?」
「っ、だからこそだ」
高座の意図はさておき何とかトラブルを避けることができた氏波は、神村の向かった方角とは反対側を向き直し、自分の教室へと帰っていく為に歩き出す。
「ん? 帰るのかい?」
「そうだ。もうすぐ最初のホームルームが始まる。そこでまずはクラス長の“任命”を受けなければならないからな」
「なんだ、そういうことか」
氏波の返事を受けた愉坂は特に驚く様子も無く、同じように知っているような態度で言葉を返す。
「それで、クラス長にはなれそうかい?」
「ふん、その口調だと意味合いは知っているようだな」
「勿論。クラスの“発展”すら任せられない者に――」
――この国の“発展”なんて任せられないからね。
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