第17話 奴隷部門襲撃②
「本当のイデアルクロスだぁ?」
ザックは訝しげに聞き返す。
「お前、いくら何でもそんな強がりはねぇぜ。流石に情けなさすぎるよな」
ザックは目も当てられないというように剣を持っていない方の手で目を覆う仕草をしてみせる。
それは白々しく明らかにアンをバカにしたような様子であった。
「イデアルクロスは己の力を極限まで高めた者だけが行きつく境地。お前みたいな中途半端な男が手にすることなんて不可能なんだや」
その言葉がザックの逆鱗に触れる。
「俺はこのビバレントにおいて親衛隊長を任される逸材だぞ!! そこらへんのAランク冒険者なんか目でもねぇ存在なんだ! そんな俺を中途半端呼ばわりしやがって……絶対殺してやる!!」
ザックはアンの手を剣から振りほどこうと腕に力を込める。
「――いいのかや? そんなに乱暴に剣に力なんか込めて……」
パキィッ
軽々しい音と共に剣は真っ二つに折れてしまった。
「――は⁉」
ザックは見るも無残に短くなった愛刀を眼前に近づける。
「そんなわけねぇ、そんなわけはねぇぞ! こいつの刀身にぁ世界一硬いと言われるミスリル鉱石も使われてんだぞ」
「そんなわけない……そう、ありえないようなことを可能にしてしまう。これがイデアルクロスの力なんだや」
アンは手に持ったザックの剣の刀身を軽く握りしめるだけで粉々にしてしまった。
「私のイデアルは”強度変更”。直接手で触れて魔力を流し込んだ物の強度を自由自在に変更できるんだや」
アンの魔力を流し込まれた剣はそのイデアルクロスによって強度をかなり下げられてしまっていた。
「――クソが!」
ザックは剣を投げ捨てると内ポケットから杖を取り出す。
「俺ぁな、こう見えて魔法も一流なんだよ!――喰らえ!!!」
そう言って杖を振り上げた瞬間――
ゴキッ
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ザックは杖を落とし腕を抑える。
「……なんだ、腕が、腕がいでぇぇよ!」
「それは当然なんだや。もうお前の腕の骨は杖を振る程度の衝撃にも耐えれないほどの強度が下がっているんだや」
「おまえ、まさか⁉」
ザックは今までの戦闘を思い出す。
アンは攻撃を躱す中で何度か自分の体に触れていたのだ。
「お前の体に私の魔力を流し込んだんだや。そしてそれは血流に乗って全身に行き届いているはず……」
魔力は血液と親和性が高い。
相手の体に触れ、血管の中に魔力を流しこむことができれば、効力を持った高い鮮度で魔力を全身に行き届かせることができる。
「……殺す、殺す、絶対殺してやる!!!!!!!!!!!!!」
ザックは折れていない方の腕で小刀を取り出し、アンに向かって突進するのだが……
「どうしてお前の足は、まだお前の体重を支えてられるんだや?」
アンは微笑みながらそう問いかける。すると同時に鈍い音がザックの足から鳴り響く。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もう彼の足には彼を支えられるほどの強度はなくなっていた。
ザックは前のめりに倒れこむ。その姿はまるでアンにひれ伏しているようだった。
足と腕にとてつもない激痛が走り、何度か意識を失いそうになる。
「わかったかや? もう勝負はとっくについているんだや」
そういうとアンはザックに背を向けてその場を立ち去ろうとする。
「いやだ、いやだ……まだ負けてない」
ザックは涎を垂らしながら這いつくばり、アンに向かってこようとする。
アンはしゃがみザックと視線の高さを近づけると、一切の光のない瞳で彼の目を見つめる。
「いいか、私はお前の体のありとあらゆる物の強度変更できるんだや。つまりお前の血管の強度を弱めて自身の血流によって裂けるようにだってできるんだや」
「ひぃ!!!!!!!!!!」
ザックはようやく自分の命がアンの手のひらの上にあることを自覚する。しかし――
「ようやく隙を見せやがったな!! お前たち、やっちまえ!!!!!!!」
ザックのその号令により、近くの建物の屋根に潜んでいたザック直属の部隊員たちが一斉に姿を現す。
その手には弓や杖が握られていた。
「はははははははは!!! 自惚れたな!! 女ぁぁ シネェェェエ」
興奮するザックに対してアンは落ち着いていた。
彼女は何事も起きていないかのように、背を向けるとゆっくりと歩きだす。
「だから、もう勝負はとっくについているんだや」
アンがそうつぶやいた瞬間、伏兵たちが居る建物が次々に崩壊し始める。
もうとっくにこの近辺の建物にはアンの魔力が流し込まれていたのだ。
アンが一歩、また一歩と歩むごとに周辺の建物は崩壊していく。
ザックはその様子をただただ見ておくことしかできなかった。
「……化け物だ」
ザックの口から無意識にそんな言葉が突いて出た。
「申し訳ありません。ププラ様……」
それを最後に彼は気を失ってしまった。
雨が降り始める。
アンは涙を流していた。
その涙は真っ赤で鉄臭い。
イデアルクロスはとてつもない力だが、使いすぎると命にかかわる劇薬のようなものだ。
血涙はその危険信号を表す。
特に魔力欠乏症により魔力消費が激しいアンにとってイデアルクロスは短時間しか使えない代物なのだ。
「…………化け物、かぁ」
アンはさっきのザックの言葉を反芻する。
「本当の化け物と戦うことになるのは、お前たちのボスだや」
仲間たちが次々と倒されてゆく中、ププラは自室に鍵を掛け床に魔方陣を書いていた。
「よし、完成したんだぇ」
「――なにが完成したって?」
ププラは驚きその声の方向に目をやると、部屋のドアの前にアレンが立っていた。
鍵の掛かっていたドアはいつの間にか開けられている。
「なんだ、おまえ! どうやって入って来たんだぇ!」
「おいおい、ここは剣と魔法の世界だろ? 鍵の掛かった部屋に入る方法なんていくらでもある」
アレンはやれやれといった仕草をする。
「ちがう! この部屋はAランクの結界魔法が使われて隠しているんだぇ、見つけることなんてできないぇ」
「あぁ~、そういうことか。まぁ単純にそれより上の魔法を使ったとしか……」
「――⁉」
「っていうかお前逃げようとしてたよな?」
アレンはププラの部屋を見回しながら尋ねる。
棚や机には一切物がなく、ププラが床に書いていたのは転移魔法系の魔法陣だった。
「今お前のお仲間が必死こいて戦ってるっていうのに、お前はしっぽ巻いて逃げるっていうのか」
「――⁉ あっあっあっあっ!!!」
その言葉にププラは爆笑する。
「仲間ぁ!? あいつらはおいちゃんの肉壁に過ぎないぇ! 」
バンッ!!
突然扉が開き、ボロボロになった親衛隊が現れる。
「……ププラさま、ご無事ですか……」
「うわ、お前、俺に結構やられたのにまだ気絶してなかったのか」
アレンは少し驚いた様子を見せる。
「いいところに来たんだぇ、さっさとこいつを殺すぇ」
ププラはアレンのことを指さしながらそう指示をする。
「はい、今すぐに……」
そういって剣を抜こうとするがそこで親衛隊員は気を失って倒れてしまう。
「チッ、使えない肉壁だぇ。使えないならいらないぇ」
そういうとププラは杖を取り出す。
「デトネート」
そう唱えると親衛隊の体は爆発し一瞬で灰と化してしまった。
「……おい、一応言っとくとあいつまだ息あったぜ」
アレンはププラに背中を向けその灰を見つめながら問いかける。
「真っすぐ立てない肉壁は壁にならないんだぇ」
「……」
アレンはしばらく黙りこむ。
「どうしたぇ? やっぱり、こわくなったぇ?」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ――
アレンはププラの方を向きながら拍手する。
「おめでとう、おめでとう、おめでとう」
「――なんだぇ? 頭がおかしくなったんだぇ?」
アレンは含みのある笑いを浮かべていた。
「こんなに敬意を持たない相手ははじめてだ。お前まじでいいよ。慈悲をかけないですみそうだ」
《あとがき》
この作品が気になった方はぜひ、評価、フォロー、コメントしてくださるとすっごく嬉しいです!
次回は12月 04日 日曜日の12時13分に投稿します。
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