第10話 アンの秘密 母の願い

キングゴブリン討伐から数日が経った。


俺の体は順調に回復しているし、ミィも今では元気に村を走り回っている。


万事解決……と言いたいところなのだが。


首についたキスマークだけは一向に治る気配がない。


むしろ傷が癒えるほどにその疼きは増していく。


”早く来い”……ということだろうか。


「…………アン、レイアさん少しいいですか?」


俺は2人に自身の能力やここに至る経緯、全てを話すことにした。


嘘を吐いて出ていくこともできるが、この二人には……嘘を吐きたくはない。


単なる俺の我儘だ。これによって迷惑をかけてしまうかもしれない。


でも二人はきっと俺が嘘を吐くことの方が悲しむような気がしてならない。


だから話そう……全部。




 「……なるほどね、やっぱりキングゴブリンを倒したのはアレン君だったのね」


レイアさんは納得がいったという顔で頷く。


アンを除く村のみんなは魔法によって意識が朦朧としていたので、俺がキングゴブリンを吹っ飛ばした場面をハッキリとは認識できていなかったようだ。


「すごい、そんなひどい目にあっても頑張ってる! アレンすごいんだや!!」


アンは俺の腕をぎゅっと抱きしめる。


……あれ?


「そんな過去を抱えて誰にも相談できずに……辛かったでしょう」


続いてレイアさんが俺を抱きしめる。


あれあれ?


まずい、泣きそうだ。


みんなにあまり迷惑はかけていないとはいえ、自身の能力を隠し嘘をついていたのだ。


軽蔑や警戒されても仕方ない。


だから謝る……つもりだったのに。


「…………ありがとう」


気づけば想定とは全然違う言葉を口にしていた。


元の世界でのこと、異世界でのこと、全てのことが一気に頭をよぎる。


…………そっか、俺、辛かったんだ、怖かったんだ。


でも、がんばったんだ。


その瞬間、こらえていた涙が抑えきれなくなっていた。


俺はレイアさんの胸で後から思い出したら恥ずかしいくらい、声をあげて泣いた。


暖かい。体じゃなくてそのもっと内側だ。


こんなところが暖かくなるなんて初めてだった。


「……アレン君、落ち着いたら二人で話したいことがあるの」


レイアさんは俺の耳元でそう囁いた。




 


 「ごめんね、こんな時間に」


「いえ、全然」


アンが寝たタイミングで俺とレイアさんは2人でリビングの机を囲む。


寝間着姿の髪を降ろしたレイアさん、すっげーいい。


アンの可愛さに大人の魅力が足されたみたいだ。


「……アレン君は今後どうするつもりなの?」


レイアさんはいつになく真剣な表情で問いかけてきた。


いかん、いかん呆けている場面じゃない。


「今後……ですか。……魔女のところへ行ってみたいと思います」


一応命の恩人だし、感謝してる。それを伝えたい。


それにあのおっぱ……魔法使いの最高の戦い方ってのはすごい気になる。


俺には本で読んだ知識しかない。より実践的で有効的な知識を得る必要があるということを今回のキングゴブリン戦で強く感じた。


俺に特別な力がある以上それを使いこなす義務がある。


そう思った。だからその手掛かりになるのなら行ってみる価値はある。


「アレン君その、おっぱい魔女って人の名前は聞いてないの? そんな急に戦い方を教えてあげるなんて怪しさしかないんだけど」


「おっぱい魔女?」


「そうよ、私とアンに話をしてくれた時にその魔女のことをそう呼んでいたでしょう? あんまり真剣な顔で話していたからツッコんでいいのか分からなかったのだけれど……」


……しまった!


あまりにおっぱいが印象的過ぎて無意識にそう呼んでしまっていたのか!!!


やはりおっぱいには正常な判断を狂わせる効果があるようだ。


後でメモに書いておこう。


「……アレン君。大丈夫?」


くだらないことを考えている俺の顔をレイアさんは心配そうにのぞき込む。


「……あ!全然大丈夫です!! えと……名前ですよね確か……レギって言っていたような」


その名前を聞いた時、レイアさんの動きが止まる。


「そう……フフッ、そうなのね。そっか、そうか」


レイアさんは嬉しそうに微笑む。その眼にはわずかばかり涙が浮かんでいるような気もした。


……うれし泣きってやつか。


??? 


訳が分からない。


「アレン君、その魔女のとこ行っといで」


さっきとは打って変わって晴れやかな顔でレイアさんはそう言った。


「いいんですか?」


なんか最初は止められそうな雰囲気だったから少し気が抜ける。


「ええ、大丈夫よ。ただ2つ、私の我儘を聞いてくれないかしら」


レイアさんはまた真剣な表情に戻ると俺の目をじっと見つめる。惚れてまうやろ。


「そこにアンも連れて行ってほしいの」


「アンを!?」


「そう、そしてその修行を終えたら二人で冒険者になってくれないかしら」


「冒険者!?」


想定外の単語が二つ登場した。


いや、冒険者に関しては一度頭をよぎったが、すぐにその選択肢はなくなった。


俺には冒険者をする理由がないのだ。


クラスの奴らより先に魔王を討伐してやろうとかチートライフを送ろうとか、そんなのはあのキングゴブリンとの戦いで自分には無理だと悟った。


この村で二度とあんなことが起きないように強くなろうと思ったのだ。


あくまでこの村を守る為に強くなる。


だから俺には冒険者をする理由がない。


それに俺なんかがアンと一緒に冒険者になっても彼女を守れるかどうか……


「レイアさん、申し訳ないんですけど――」


「アンにはね夢があるの」


レイアさんは俺が何を言うのか分かっていたかのように話し始める。


俺も自分の言葉の続きを紡ぎたかったが、ここはレイアさんの話を聞くことにした。


「夢?」


「そう、それはいつか冒険者になってお父さんの様に世界中を旅すること。そしてお父さんに会うこと」


「そんな夢が……」


冒険者になりたいというのは彼女の様子から感じ取ってはいたのだが、まさかそんな理由があったとは。


「けれど私はそれを許さなかった」


「……どうしてです?アンも来年は16歳ですし冒険者登録できる年齢ですよね?」


レイアさんは少しだけ口ごもり、しばらく間を置いた後ゆっくりと話し出す。


「……あの子はね、魔力欠乏症まりょくけつぼうしょうという病気なの」


魔力欠乏症まりょくけつぼうしょう……」


俺はメモ機能を使いその言葉を検索する。


魔力欠乏症:代謝で失われる魔力量が通常よりも多くなる病気。長時間の魔法使用は命の危険を伴う。原因不明のため現在は治療法が確立していない、不治の病の一つ。


そうか、だからアンは魔法障壁を張っていないにも関わらず、アーガス達から状態異常魔法を受けた時、魔法の効果が早く解けたのか。


状態異常魔法は体内に流れる魔力に異常を起こす魔法だ。


アンの場合は人より代謝による消費魔力量が多いから、その分、異常をきたした魔力も早く消費されるのだろう。


「不治の病……そうだったのか」


「そう、だからあの子が冒険者になることを私は反対していたの。……でも」


レイアさんはまた俺の目をじっと見つめる。


「レギの元で修業したあなたならあの子を任せられるわ」


レイアさんは立ち上がり机に額が付くのではないかというほど頭を下げる。


「アレン君の気持ちを考えない自分勝手なお願いだっていうのは分かってるわ、でもあの子の夢を………………私では叶えてあげられない、だから」


顔は見えないがレイアさんが泣いているのがわかる。


いつも落ち着いていて柔和なレイアさんが声を震わせ、詰まらせ、必死にお願いしている。


きっとレイアさんも苦しかったのだろう。


自分が元気に産んであげられなかったばっかりに、子供に夢を見せてあげられないのだから。


レイアさんがどれだけアンを愛しているのか知っているからこそ、その苦しみが芯まで伝わってくる。


………………夢……か、俺にとっては縁もゆかりもない言葉だ。


でもこの願いかなえてあげたいというのは本当の気持ちだ。


アンがお父さんと再会するシーンを想像するだけで嬉しさと幸せで心がいっぱいになる。


………………あぁそうか、そうなのか。俺にもあったんだ夢が。


俺は俺の大切な人が夢を叶える所が見たいんだ。  


それが俺の唯一の夢。


「わかりました。アンのこと任せてください。彼女の夢が叶うように全力で支えます」


レイアさんは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、ありがとう、ありがとうとひたすら連呼していた。


そんなレイアさんを今度は俺が抱きしめる。


あぁうちの両親は俺のためにここまでしてくれるだろうか。


メモなんか使わなくても100パーセント分かる問いを俺は自身に投げかける。





【数日後】


「魔物の死体がそこら中にあるんだや……不気味だや」


俺とアンはレギの元へ行くために不気味な森の中を歩く。


そこにはまるで誰かが来るから事前に倒しておきましたと言わんばかりに、魔物の死体が転がっていた。


「ここか」


森を抜けるとそこには豪勢な洋館が建っていた。


「なんか、ゾンビでも出てきそうだな」


「ゾンビ?」


「あぁ、いや何でもない。よしとりあえず入ってみよう」


俺は緊張を抑えながら、ドアをノックする。


「すいません! 森で命を救っていただいたアレンです!」


………………………………返事がない。


試しにドアの取っ手に手をかけてみると……開いていた。


そのまま中に入ろうとドアを全開にしたとき――


「あまい!!!!!」


俺は何かしらの魔法で数メートル後方へと吹き飛ばされた。


「あまい、あまい、あまい。屋内に入るときはまず中の情報を得てからに決まっているだろう」


声のする方向を見ると、屋根の上にレギが座っていた。


「…………ん?」


にやにやと笑っていたレギはアンに目を止める。


「おい、ワシは女を連れてきてよい何て言った覚えはないのだがな」


気づくとレギは一瞬で移動して、アンの目の前まで来ていた。


「ワシは話を自分勝手に解釈する奴は嫌いだ」


レギの体から真っ黒なオーラが放たれる。


アンは完全に委縮してしまったようで、全く身動きが取れていない。


「待ってください!」


俺はレギに杖を投げつける。


「杖? これが何の……!?」


レギはその杖に目を落として、驚愕する。


「その杖はその娘の母親の物です」


「…………………………………………ッチ」


レギは小さく舌打ちをすると俺たちに背を向け洋館の中へと入っていく。


「……何してる。戦い方を学びに来たのだろう。早く来んか!」


俺はアンと目を合わせ頷く。


アンはどういうことかいまいちわかっていないようだったが、自分のことを受け入れてくれたことは理解したようだ。


レイアさんに、もしレギが話を聞こうとしなかったらこうしろと言われていたのだ。


効果はあったみたいだ。


一体、レギとレイアさんはどういった関係なのだろうか?


レイアさんに何度か尋ねてみたが、それとなく流されてしまった。


まぁいい、これからだ。


これから動き出すんだ。


「はい! よろしくおねがいします!!!」

「はい! よろしくおねがいするんだや!!!」


俺とアンは元気よくあいさつし、洋館の中へと入っていく。



 魔法使いレギ:本名レス・ギエーナ。世界最高峰の魔法使いと言われる伝説の魔法使いの1人。彼女の戦闘は一切の無駄がなくまた魔法使い以外の様々な職種でもいかせる点が多いことから、【最も美しい戦い方】と言われた。そんな彼女の戦闘を元に書かれた、戦術書や戦記は数えきれない。しかし彼女自身はその戦闘法を誰にも教えなかったため、その戦い方を完璧に受け継いだものはいない。




《あとがき》

この作品が気になった方はぜひ、評価、フォロー、コメントしてくださるとすっごく嬉しいです!


次回は一年後アレンとアンが修行を終え冒険者になるところからです。

修行の様子はところどころの回想という形で描いてく感じになるかと。


次回は11月 09日 水曜日の20時46分に投稿します。

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