第3話 メモの力
「おぉ! 気が付いたや!?」
俺は全く見覚えのない部屋のベッドで目を覚ました。
そこには俺の顔を覗き込んで少し安心したような顔の女の子がいた。
「びっくりしたんだや!! 川岸で意識を失っていたから……」
まだ視界がはっきりと定まらない。
「ここどこなんだ?」
女の子は忘れてたというような顔をする。
「あぁ、それはそうだや!ここはライラ村。で、私の名前はアン!この村で農家をやってるんだや」
アンはドンッと胸を叩き堂々たる自己紹介をしてくれた。
ようやく視界が明瞭になってきた俺は、そこで始めてアンの姿を認識する。
茶髪のワンサイドショートボブに琥珀色の瞳、服装はいかにも田舎娘って感じの素朴さがある。
農業をしているからか、少し筋肉質な体つきをしているようだ。
顔は、大きな瞳に少し太めの眉、ふっくらとした頬に丸っこい鼻……親しみやすい可愛らしい顔をしている。
学校のマドンナ的な派手さはないが、付き合いたいと密かに思いを寄せる男子が多いタイプだ。
「そうか、なんにせよ助けてくれたんだよな。ありがとう、俺の名前は――」
自身の名前を言いかけたとき、ふと考える。 異世界ものの鉄板として前の世界での名前は結構浮く傾向がある。
変に目立ちたくもないし、ここで勇者召喚で来た異世界人だなんて知られたら、関係ない人まで迷惑をかけてしまうのではないか。
「俺の名前はアレン……アレン・フィールだ」
俺はアンに村を案内してもらい、しばらくアンの家に泊めてもらうこととなった。
「この部屋はなんだ?」
俺はアンの家の一室の前で立ち止まる。
「あぁ、この部屋は……おとうの部屋だや」
そう言ってアンが扉を開けると部屋中を本が埋め尽くしていた。
「おとうはすんごい冒険者なんだや、これはその旅の途中で見つけた本をうちに送ってくれるんだや」
俺は部屋に入って本を手に取る。
「魔物百科…………」
この世界でやっていくには俺はあまりに無知すぎる。
ここは俺がこれからこの世界で生き抜いていくための知識が得られる場所なのではないだろうか。
「アン、ここの本読んでもいいか?」
「もちろんだや!」
それからアンの母親であるレイアさんにも許可をもらって、この部屋の本を好きに読んで良いこととなった。
「へ~、この世界の魔法は杖ありきなのか……」
俺は本の内容をステータス欄のメモ機能に要約しまとめる。
「アレン! 今日は山に山菜を採りに行くんだや!」
廊下からアンに呼びかけられ、あとでまたこの続きから読もうと本を閉じる。
「アレン!この植物はなにかわかるかや?」
アンは青い花びらを付けたきれいな花を俺に見せてくる。
「いや、わからないな」
前の世界でも植物なんて全く興味なかったのに異世界の植物なんてもっとわからないに決まってる。
あ、でもそういえば植物に関する本も読んだっけな――
俺はなにか思い出せないかと頭を巡らす。
「知らないのかや、しょうがないなこの植物はライアットって言って――」
アンは人差し指を天に向けながら得意げに話し始めたのだが……
その瞬間――――
メモ機能が勝手に起動しライアットと書いてある箇所に下線がひかれる。
「……魔素が多くなおかつ空気の澄んでいる場所にしか咲かない希少な花。その蜜は人間には無害であるが、ゴブリンやオークにとっては毒である」
俺はその箇所を口に出して読んでみる。
「…………。 なーんだしってるんじゃないかや!」
アンはふてくされたようにまた山菜採りに集中する。
なんだ、今の……
≪数日後≫
どうやらこの世界には魔法学校というものがあるらしく、その入試の過去問を解いてみることとなった。
「すごいまたこのテストも満点だや!」
アンは目を丸くしてこちらを見つめる。
やっぱり、このメモ機能の性能はすごい。
自分が一度書いた内容は消えることなく残り続け、その内容を思い出したいときにピンポイントでその分野に関するページを呼び出してくれる。
つまり一度メモに書いてしまえばいつでもカンニングできる。しかもこのメモ機能はステータスを起動しなくても勝手に頭の中で起動するので、他の人には自分がメモ機能を使っていることがバレることはない。
暗記科目だあれば今の俺の右に出る者はいないだろう。
「アレン君はきっと賢者になるわね」
アンの母親であるレイアさんがそう言って微笑みかけてくる。
しかしその言葉を素直に喜べない自分がいた。
これは俺自身が努力して勝ち取ったものではない。
答えを写しただけの空っぽの解答。
おかしい……俺が小説で読んできた主人公達はチート能力を使うことに何の罪悪感も抱いていなかったのに。
別に世の最強主人公達が短絡的であるとバカにしているのではない。
俺はきっと現実と異世界のギャップにまだ馴染めていないだけなのだ。
家族にもクラスメイトにも女神にも必要とされない自分にこんな力があってよいのだろうか。
ただ嘘でも人に褒められる心地良さに浸っていたい自分がいた。
そんな疑問を抱きながらも自身の力について調べているとある日突然事件が起きた。
その日は何だか朝から村のみんなが騒がしく、村中の人が村長の家の前に集まっていた。
「どうしたんだ?」
「隣村のメレの村がキングゴブリンに襲われたって…………」
レイアさんが顔を強ばらせながらそう言った。
キングゴブリン、それって……
俺はメモを機能させ魔物百科に書いてあってゴブリンのページを開く。
【キングゴブリン】:ゴブリン種の中でも高い攻撃力と生命力を持っているかなり希少な個体。ゴブリンの王であり数万匹に一匹出現する難度Aクラスに匹敵する魔物…………
「そのキングゴブリンが今度はこっちの村に向かってきてるんだや、それでみんなで……戦おうって」
「戦う……本気で言ってるのか!?」
俺の言葉に村のみんなは顔を伏せる。
「アレン……みんなわかってるんだや。でもこの村から逃げ出したところで、苦しい生活が待っていることに変わらないんだや。だったら村の為に戦いたい。それがみんなの意思なんだや」
アンはそう言って俺の手を握る。
村の周りにはどんな魔物がいるか分からない、避難所があるとはいえそこには村の全員が長居できるほどの設備もない。
かといって王都はここから馬で1週間近くかかる距離だ。
そんな距離を女性や子供達が耐えられるはずも無い。
「そんなの、そんなのムリだ……死にに行く様なもんじゃないか!!」
俺はアンの手を振り払いそう叫ぶ。
「冒険者は・・・こういう時は冒険者が助けてくれるんじゃないか?」
俺は焦燥感にかられながらそう尋ねる。
「それが、キングゴブリンと戦えるほどの高ランク冒険者たちはみな、王宮で行われる異世界から召喚された勇者様たちの歓迎会に招かれており、みな数日この地域にいないんじゃ」
村長が眉に皺を寄せ俯きがちに答える。
「は? なんだそれ……」
俺は呆れて言葉も出なかった。
「最近は魔王軍の動きが無くて……みんな強力な魔物なんて出てくるわけないと思ってしまっているんだや」
ふざけるな! 大事な時に依頼に答えられないなんて何のための冒険者制度だ!!!
「誰か、この村を守ってくれる人いないのか……」
村長が、ひとつの袋を俺に渡して来た。
「アレン君、多くはないがここには村民の全員の財産が入っている。君はこれを持って逃げるんだ」
「こんなの……いらないです」
俺は固く拳を握りしめる。
「村の皆で話し合ったのだ。君は頭もよく、優しい子だ。私たち平民とは違う才能にあふれている。ここで終わっていい人間では無いのだ」
そんなこと……ない。俺はカンニングしていただけの最低なヤツだ。
こんな奴にこの村のみんなは全てを掛けてくれようとしている。
家族にもクラスメイトにも女神にも必要とされなかった俺に命を掛けてくれている。
俺の人生において失ってはいけないかけがえのない人達だ。
《あとがき》
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本日20時29分に次の話を公開します!
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