第9話 宗教戦争

 宗教戦争しゅうきょうせんそうは、宗教上の問題が原因で生じた戦争や紛争のことである。単に宗教戦争と言った場合には1517年の宗教改革の後、16〜17世紀にヨーロッパ各地で起こったキリスト教の新旧両派間の戦争を指すことが多いが、それ以外に多数ある宗教問題が原因の戦争や紛争も同じカテゴリに分類される。

 同じ話題に対して、相異なる立場を熱狂的・宗教的に支持する者同士が衝突し、それらの間で発生する論争を、比喩的に宗教戦争と表現することがある。

(出典 Wikipedia)



 開戦かいせんは突然だった。

 この日。会話の中に混ぜられた明確な悪意によって僕の信仰は著しく傷つけられ、僕は彼女に宗教戦争を仕掛けることを決意した。そのむねを彼女に直接伝えると、彼女は謝罪することなく徹底抗戦てっていこうせんの構えを取った。

 彼女にもゆずれない信仰があるのだろう。それは僕も理解できた。なぜなら、彼女に傷つけられたものがまさしく僕にとってのそれだったからだ。

 お互いに譲れない信仰を持っていて、それらは共存することが出来ないものであった。そうなれば、もう戦争は避けられない。

 こうして宗教戦争の火蓋ひぶたを切られた。

 たとえ、相手がだろうと構わない。

 彼女が先程、口にした台詞「猫より犬の方が何倍も可愛い」は、僕の信仰に対する完全な侮辱ぶじょくだ。僕は僕の信仰のため、最後まで戦い続ける。

 そう僕は固く決意する。


 まずは僕のターン。スマホを取り出し、秘蔵ひぞうの猫画像を表示する。

「どうですか? 可愛いでしょ。まだまだありますよ」

「うぅあー! 可愛い!」

 樋口先輩はもだえている。どうだ。猫可愛いだろ。降参してもいいんだぜ。

 しかし、僕秘蔵の猫画像も樋口先輩を降参させるまでは至らなかったようだ。

「なかなかやるね。でもウチの福丸ふくまるには敵わないよ!」

 樋口先輩のターン。先輩もスマホを取り出して画像を見せてくる。

 犬種は柴犬。小麦色の丸っこいワンちゃんだ。確か、樋口先輩のLINEアイコンがこの子だったはず。先輩が飼ってるワンちゃんだったんだ。

 写真の中の先輩のワンちゃん――福丸くんはこっちを向いて口を開けて笑っている。ベロンと出た舌が愛らしい。

「ぐわぁぁぁ!」

 くそっ! 飼ってるのはズルい。可愛いけど惑わされてたまるか。

 こうなったら最終兵器。昨日ツイッターで見たおもしろ癒やし動画だ。

「きゃぁぁあいい。――でも負けない」

 負けじと樋口先輩も動画を出してくる。先輩と福丸くんがたわむれてる動画。一緒に走ってる動画。抱きついて顔をべろべろなめられている動画。

「あぁーっ! お手してるー! お座りしてる! お利口さんすぎるぅー!」

 破壊力が凄い。でも、まだまだ僕の気持ちは揺るがない。

「とっておきだ。くらえー!」

「可愛いぃぃ! でもまだまだ。子犬のころの福丸をくらえっ!」

「あぁぁぁ! ならこっちも子猫でどうだ。てぇーい!」

「冬毛モコモコ福丸だ-! とりゃぁぁ!」

「負けるかぁぁ! 喋る猫-!」

「ヤーッ!」

「どうだー!」


「……はぁ……はぁ……。わかりました。お互いに折れる気がないんだから、言い合っても仕方ありません。ここは第三者に決めてもらいませんか?」

「…………異論はないわ」

 樋口先輩の顔にも疲れが見える。

 しかし、そうなると誰に勝敗を判断してもらおう。僕らの宗教論争に誰が付き合ってくれるというのか?

 そのとき――

「お疲れー。クラスメイトと話し込んじゃってさぁ……」

 見計らったかのようなタイミングで神永先輩がやってきた。

 二人の視線は一斉に神永先輩に向く。

「「神永先輩(杏珠)は犬と猫、どっちの方が可愛いと思う?」」


 勝負の結果は神永先輩がまさかのインコ派だったことが判明して流れてしまった。

 その後、神永先輩が第三勢力インコ派として参戦を希望したが、ここまでの論争で僕と樋口先輩はお互いに疲れてしまっていた。これ以上議論を続けてもどうせお互い譲らないのが見えていたので、論争は終わりを迎えた。

 結論、ペット論争は不毛である。

「はあ、疲れた。甘いもの食べたくなってきた」

 樋口先輩が呟く。

 すると、神永先輩はカバンの中を探り始めた。

「丁度良かった。お菓子買ってきたのよ。食べましょう」

 そう言って神永先輩が取り出したのは「」だった。

 どうやら人間が存在する限り、宗教戦争に終わりはないようである。

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