第11話 お悩み相談
僕が入部して一ヶ月ほど経った日のこと。
部室でスマホゲームをしていると、不意に、入り口の扉をノックする
扉を開けて廊下を覗くと、そこに立っていたのは見知らぬ女生徒だった。
女生徒は長い三つ編みの黒髪で地味な黒縁の眼鏡をかけていた。僕の勝手なイメージだが、図書委員でもやってそうな雰囲気の大人しそうな女子だ。上履きの色は黄色なので、どうやら僕と同級生のようである。
そんな女生徒が思い詰めた様子でそこに立っていた。なにやら表情が暗い。
いったい何の用だ?
僕には彼女の意図が分からなかったし、どうやら彼女の方も僕の存在が想定外だったようだ。僕と女生徒はお互いにしばらく目を見合わせたまま固まる。
「歩夢くん、中に案内してあげて」
背後から聞こえた部長の声で僕は我に返った。それと同時に、目の前の女生徒がSVH部への来客であると理解する。
「あっ、えっと。……どうぞ」
招き入れると、女生徒は何も言わず中に入ってきた。
今日の部室には僕の他に神永部長と樋口先輩がいた。さっきまで文庫本を読んでいた部長が立ち上がり、よそ行きの柔和な笑顔で対応する。
「いらっしゃい。私たちに何か用事?」
すると、女生徒がやっと口を開いた。
「……すみません。相談に乗ってもらえると聞いて来たんですけど」
トーンの落ち着いた声。だが、緊張しているのか、視線は斜め下に向いている。
無理もない。見た目こそ普通だが、ここは校内でも屈指の怪しい集団――SVH部の部室なのだ。緊張しない方がどうかしている。
「了解。お悩み相談ね。そこに座ってちょうだい」
部長の対応は手慣れていた。お悩み相談を受けることもあるとは聞いていたが、頻度は意外と多いのかもしれない。
ちなみに樋口先輩はというと、テーブルの上に広げていた雑誌や菓子、荷物を慌てて片付けていた。見かねて僕も手伝う。
部室の中心にあるこのテーブルは長机を二台組み合わせたもので、最大十人が囲めるサイズである。僕ら部員は普段、そこで
そこにまず片付けを終えた樋口先輩が腰を下ろし、正面の席を指して「そこどうぞ」と女生徒に促す。女生徒は「失礼します」と呟いて腰を下ろした。
続いて僕も手近な席に腰を下ろそうとしたところ、部長に手で制された。
「彼も参加して良いかしら? 嫌なら席を外させるけど」
「いえ、大丈夫です。……なんなら、男の人の意見も聞きたいので」
「了解。じゃあ、歩夢くんはそこね」
そう言うと、部長は女生徒の横の席に腰を下ろした。僕はその正面に腰を下ろす。
会話の口火を切ったのは部長だった。
「初めまして。私が部長の
「えっと、
庄司さんは小さく頭を下げる。緊張はまだ残っている様子だが、廊下に立っていた時と比べれば随分顔色が良くなっていた。
「それじゃあ早速だけど、用件を聞いて良いかしら?」
「……はい」
庄司さんは少しためらう様子を見せたものの、すぐに決心して口を開いた。
「……私……一年前くらい……前から……ずっと、付き合っている彼氏がいて……それ、で……えっと……私は彼の、ことが……好き……で……えっと……それで……」
しかし、口を開いたものの、いまいち要領を得ない。説明するのが苦手と言うよりは、単語を一つ口にする度に感情が溢れている様子だ。一生懸命説明なのがわかるからこそ、なおのこといたたまれない。
「ゆっくりで良いわ。焦らないで大丈夫よ」
部長が庄司さんの背中をさすりながら優しく声をかける。
「……ありがとうございます」
そう呟くと、庄司さんは再び始めから語り直した。
しかし、その話はさっきまでと変わらず要領を得なかった。それどころか、一度失敗したことで気が焦ったのだろう、余計に悪化したようにも僕は感じた。
そして、恐らくそれと同じことを庄司さん本人も感じたのだろう。語っている彼女の顔を盗み見ると、
「もし辛いなら無理して話さなくていいわよ」
樋口先輩が助け船を出す。しかし、庄司さんは諦めない。
「ごめんなさい……今度こそ……ちゃんと話すので……」
頼もしい台詞だが、その言葉ですら床に向かって発せられ、僕たち三人の誰とも目が合うことはなかった。僕には意地になっているようにしか見えなかった。
「庄司さん、せめて日を改めない? きっと意地になってるんだよ」
「……大丈夫です。私は……やれます」
先輩たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。
提案もはねのけてまで行なわれた三回目の挑戦は、結論から言うとまた失敗した。
それまではつっかえながらも必死に言葉を紡ぎ出そうとしていた庄司さんだったが、今回はついに言葉が途中で完全に途絶えた。
長い沈黙が訪れる。
すると、不意に彼女の目から一筋の涙が零れた。
「ごめんなさい。もういいわ」
部長が庄司さんの肩を掴んで、そのまま抱き寄せた。庄司さんに抵抗する様子はなくされるがままだ。腕は力なくダラリと垂れ下がっていた。
「もういいから」
部長は何度も「もういいから」「大丈夫」と耳元で優しく言い聞かせ続けている。
すると、何かに気付いた様子の樋口先輩が立ち上がった。テーブルを回り込んで庄司さんの足下に跪く。そして彼女の手を両手で握り、低い目線から語りかける。
「自分を傷つけては駄目よ。いいわね?」
一瞬、何を言っているのかと思ったが、庄司さんの顔を注意深く観察することで僕も気付いた。庄司さんは悔しそうに自分の下唇を噛んでいたのだ。樋口先輩はそれに気付いたから飛び出していったようだ。
庄司さん自身も無意識の行動だったのだろう。驚いた様子だった。白くなっていた下唇に血が通うことで赤く色づく。
「いいわね?」
「……はい」
庄司さんが小さく頷くと、樋口先輩は手をはなした。庄司さんは涙を拭う。
僕は何も出来なかった。泣いている女子への対応は難易度が高いとはいえ、またも僕は不甲斐ない。
庄司さんが完全に落ち着くまで待って、先輩二人が互いに顔を見合わせる。
「これはアレしたほうがいいかもね」
「そうね」
どうやら先輩たちの間で何か決まったようだ。
「アレって何ですか?」
僕が問いかけると、部長はこころなしか得意げな表情を浮かべて答えた。
「スパベリ式お悩み相談の儀式よ」
「そんなのあるんですか!」
入部したときに、スーパー・ベリーベリー・ハッピー教には特別な修行も儀式もないと言っていた気がするのだが……。
まあ何にせよ、解決してくれるなら
「庄司さんもそれでいいかしら?」
少し悩む様子も見せた庄司さんだったが、最終的に頷いてくれた。さっきまでのやり取りで先輩たちが信用に足る人物であると理解したのだろう。
「儀式には準備が必要なの。来客にこんなことを頼むのは心苦しいのだけど、庄司さんも気分転換だと思ってちょっとだけ手伝ってもらえないかしら?」
この問いにも庄司さんは無言で頷く。意外とオカルト好きなのかもしれない。
僕も何か手伝いたい。そう思っていると、部長と目が合った。
「歩夢くん。確か、自転車通学だったわよね」
「あっ、はい」
返事をすると、部長はメモを書き始めた。
「ここに書いてあるものを急いで買ってきてちょうだい」
メモを受け取り、書かれている文字たちを眺める。
「えっ? 本当にこれが必要なんですか?」
「もちろん」
そこに書かれていたのは、儀式で使うとは到底思えないものばかりだった。
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