第7話 入部
「
僕の指摘を聞いた樋口先輩は、ご
あの宣言の後。僕は入部届を提出し、正式にSVH部の一員になった。ならば早速と、例の廃部疑惑について問うたところ、返ってきたのがさっきの台詞である。
「でも部員って二人だけですよね……」
質問すると、僕の入部届をまじまじと眺めていた神永先輩が顔を上げて答える。
「普段から活動しているのは私たちだけだけど、部員なら一応私たちの他にもいるわよ。っていうか、そうじゃないとココも使えないでしょ」
そう言われ、僕は部室内を見回す。
SVH部の部室の広さは八畳ほど。窓は西向きでエアコンも完備。部屋の中央には僕たちが今囲んでいる長方形のテーブルがあり、壁際には備品を入れるロッカーとホワイトボードがある。
少々
確かに、個別の部室を与えられている時点で、学校から正式に認可されている証明としては充分だろう。
「ウチの部員は南田くんも含めると7人。ちなみにここにいない4人も二年生よ。名前は
「あっ、そういえば……」
あの日は眼鏡の男子生徒が受付をしていたし、神永先輩は参加者の中にサクラがいたとも言っていた。状況から考えて、ヤジを飛ばしていた生徒なんかは完全にそれだろう。少し考えれば気付きそうなものだった。
神永先輩が小さくため息をついた。
「不確かな情報に踊らされて安易に行動してはいけないわ。また騙されるわよ」
「そうでした……」
説明会で叱られたことを思い出して顔が熱くなる。あのトラウマだけは神永先輩の人柄を知った今でも完全には
「でもさ、そのおかげで後輩が出来たわけだから、私たち的には結果オーライよね」
「……ん。まぁ、それはそうね」
樋口先輩の言葉に、神永先輩がちょっぴり恥ずかしそうに
すかさずフォローをしてくれた樋口先輩のおかげで、どうやらお説教は免れたようだ。助かった。密かに胸をなで下ろす。
また説教モードに入られないように、僕は話題を逸らす。
「それにしても、廃部ってのがただの噂で良かったです。安心しました」
すると、樋口先輩は僕を見て感心した顔を浮かべた。
「初めて会った時も思ったんだけどさ、南田くんってホント素直よね。廃部になるって聞いて入部したんでしょ。『騙されたー』って怒らないんだ」
「いやいや、そんなことで怒りませんよ」
笑いながら答えると、今度は神永先輩がハッと何かに気付いた様子で目を見開いた。その後、テーブルの上に置かれた僕の入部届をサッと胸に押し抱く。
いったい、どうしたというのだろう?
僕は首を傾げる。すると、神永先輩は鬼気迫った表情で言う。
「勘違いだったかもしれないけど、もう遅いから。この入部届は絶対に返さないからね。南田くんはもうウチの部員よ」
その必死な顔を見て、ちょっぴりおかしくなる。
なんだ。神永先輩は僕が入部を
「大丈夫ですって。取り止めたりなんてしませんよ」
「それならよかった」
僕の入部届を胸に抱いたまま、神永先輩は
素直と言うならこの人の方がよっぽどそうだろうと思ったが、口に出すのは失礼かもしれないと思い、僕はそれを心の中だけに止めた。
「さて、新入部員が入ったということで今後の活動を考えましょうか」
ホワイトボードを壁際から移動させてきて、神永先輩はその前に立つ。その後、ホワイトボードの右端に縦書きで「今後の活動」と書いた。
すると、樋口先輩が真っ先に手を上げる。
「はいっ! 南田くんはスパベリに入信するんですか?」
「スパベリ?」
思わず聞き返すと、神永先輩が補足してくれた。
「スーパー・ベリーベリー・ハッピー教を略してスパベリ。毎回毎回正式名称で言うと長ったらしくて面倒くさいからね。……ちなみに教団名はスパベリだけど、部活名を略すときはスパベリ部じゃなくて
その区別にどういった意味があるのかわからないが、きっと先輩たちなりのこだわりがあるのだろう。そういうものだと割り切ってとりあえず頷いておく。
すると、樋口先輩が僕の顔を覗き込んで首を傾げる。
「それでどうするの? 入っちゃう?」
「うーん……」
僕は
……はぁ。また勇気だ。僕はいつまで同じことで悩み続けるのだろうか?
先輩二人からの期待の視線を受けながら、僕はダメ元で申し出る。
「……えっと。入信はしなくていいかなって。そういうのは怖いので……」
「えー、入っちゃいなよ」
案の定、樋口先輩は引き止めようとしてきた。
だが、僕の予想に反して、神永先輩はきわめて冷静だった。
「優理、止めなさい。信教の自由は
「ちぇっ」
樋口先輩は口をとがらせて渋々引き下がる。
教祖という肩書きもあって、てっきり神永先輩も強引に入信を迫るタイプだと思っていたので、彼女が助け船を出してくれたのは正直意外だった。少々肩すかしに感じてしまったほどだ。
ダメ元だったが言って良かった。意見が通った喜びを僕が噛みしめていると、神永先輩は続けて言った。
「それに、入信するタイミングは人それぞれだから。焦ることはないわ」
「それもそうね」
樋口先輩が同調し、二人の視線が一斉にこちらに向く。二人とも口は笑っていたが、目だけは怪しく光っていた。
諦めてくれたわけではないようだ。
これ以上深掘りするのは危険だと判断して話題を変える。
「先輩! 結局活動って具体的に何するんですか?」
すると、神永先輩はケロッとした顔で答える。
「去年までだと、基本的にはボランティアね。生徒からでも、先生からでも、依頼があったら何処にでも行って手助けをするの。それ以外は、部室で
「意外と普通ですね」
説明会の時は真の幸せがどうとか、SDGsがどうとか、壮大な目標を語っていた気がするが、先輩から聞かされた実際の活動はなんとも地味であった。正直、若干拍子抜けだ。
「意外と普通……そうかもね。確かにこの部は宗教教団が母体だけど、あくまで幸せを追求するのが一番の目的だから、宗教色は可能な限り排除しているわ。そもそも、スーパー・ベリーベリー・ハッピー教は特別な修行も儀式も存在しないしね」
儀式も修行もない宗教は珍しい気がする。どんな
「……それで、何か新しい活動の案はある? こういうことやりたいとか?」
なんだかんだ最初の話題に戻ってきた。ホワイトボードに書かれた「今後の活動」の横にはまだ何も書かれていない。3人して「うーん」と唸る。
しばらく
「新入部員が入ったからって無理に新しいことしなくて良いんじゃない?」
樋口先輩の指摘に、神永先輩は「そうね」と頷いた。
「今まで通りでいいかしら?」
同意を求められたので僕も頷く。今まで通りも何も、今日入部したばかりだから活動に参加したことすらないのだが、少なくとも話を聞く限り異論は無かった。
「じゃあ、それで決定」
先輩たちがどちらからともなく拍手を始めたので、僕もとりあえず同じように拍手をしておいた。三人だと音が寂しい。
こうして僕はSVH部に入部した。
最初は不安だったものの、僕の入部はどうやらそれなりに歓迎されているようだ。
きっとこれから、この部活動を通して僕はいろいろなことを経験することだろう。それによって僕の高校生活はこれからどうなっていくのか。
これからの未来に少しだけ希望をはせる僕がいた。
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