第4話 第2ラウンド

「さぁて、ここから先はとっても楽しい第2ラウンド。現役女子高生教祖こと私、神永杏珠によるカルト対策講義の時間です」

 いやらしい笑みを浮かべる神永先輩とは裏腹に、教室の中は騒然としていた。

 それもそのはず。僕を含めた新入生16人は皆それぞれ、自分たちが騙されたという事実を今更ながら理解したのだ。動揺しない方がどうかしている。

 それでも、誰一人としてこの教室から出て行こうという者がいなかったのは、扉の前に陣取る先生たちの存在があったからだろう。

 さっきの神永先輩とのやり取りからして、恐らく先生たちもグルだ。あれほど頼もしかった彼らの存在が、今は脅威に変わっている。

 喧噪けんそうはなかなか収まらない。樋口先輩が神永先輩に進言する。

「杏珠。先に……」

「はいはい。わかってるわよ」

 神永先輩は混乱している僕らを見回し、大きくため息をついた。そして面倒くさそうに口を開く。

「皆さんの察しが悪いようなので、講義よりも先にネタばらしをしましょう。ことの始まりは、『新入生のためにカルトについての授業をしてくれないか』という先生方からのご依頼でした。私が新興宗教の教祖であることはこの学校の先生なら皆知っていましたから、私たちに声がかかるのは不思議なことではありませんでした。蛇の道は蛇というやつですね」

 先生たちに視線を向けると、彼らは一様にそっぽを向きながら肩をすくめていた。まるで自分たちは関係ないみたいな雰囲気を出しているが、否定しないということはそういうことだ。

 少しずつ状況が飲み込めてきた。つまり、今回は先生からの依頼で僕たちを騙しただけで、SVH部及びスーパー・ベリーベリー・ハッピー教の勧誘ではないと。そして、先生たちはあくまで僕たちの味方だと。

 だったらひとまず安心だ。

 他の一年生たちも諦めたのか、大人しく先輩の話に耳を傾けている。

「それで開催されたのがこの説明会です。授業をしてくれと言われていましたが、こういうものは実際に騙されてみるのが一番効果的ですからね。先生や樋口、サクラの生徒たちと、いろんな人に協力してもらって小芝居を打ちました。もちろん、樋口の演説も、私の論破も、飛び交っていたヤジも、全て私が書いた台本です。……と、ここまで理解できましたか?」

 僕たちは頷く。危険はないとわかったことで、皆従順になっていた。

「よろしい。それでは、本題に入りましょう」

 そう言うと、神永先輩は大きく両手を開いた。

「この講義でみなさんに話したいことは沢山あるのですが、全て話そうとすると時間が到底足りません。なので、今回は量より質を重視しようと思います。二度と同じ間違いを繰り返さないよう、ここでは皆さんに存分に恥をかいてもらいます」

 そう言ってニヤリと笑うと、神永先輩はおもむろに一人の男子生徒を指名して、その場に立たせた。

 言われるがまま立ち上がった彼に、神永先輩は問いかける。

「あなたは確か、この催しが新興宗教の教祖が開催したものだと知っていたか訊いた際、手を上げてましたよね。それなのに、どうしてわざわざ参加したんですか?」

「…………」

 立たされた生徒は黙り込む。

 皆の視線が彼に集中し、彼の顔がにわかに赤くなる。まるで晒し上げだ。

「早く答えて!」

 神永先輩が急かす。

 すると、彼は消え入りそうな声でボソボソと答えた。

「……教祖ってのがどんな変な奴か見てやろうと」

「そうでしょう、そうでしょう。でも結果、ノコノコやってきてあなたは騙されました。説明会の最中に、樋口は言ったはずです。『自分だけは絶対に騙されないと高をくくっている人間は、カルトにとって格好のカモ』だと。その言葉を自分のことだと思ってもう一度胸に刻んでおいてください。それじゃあ、次はあなた」

 答えた生徒を座らせると、今度は別の生徒を指名して立たせる。

「どうして樋口が出て行ったタイミングで帰らず、ここに残ったのですか?」

「……もう安心だと思って」

「マッチポンプで信用させることはカルトの常套手段の一つです。助けてくれたからといって必ずしも信用できるとは限りません。結局、最後に信用すべきは他人ではなく自分の目です。さて次はあなた」

 そうやって、神永先輩は僕たちを順番に立たせ、寄り添うような口調で冷静に厳しく叱責していった。それがかえって僕たちの羞恥心を煽った。


「宗教勧誘だって知らなかったとしても、怪しいとは思いませんでしたか? 

 どうしてこの教室は照明が付いていないの? 

 どうして上履きを脱がせるの? 

 どうして机と椅子があるのに、床に座らせたの? 

 どうして部活動の説明会に先生が三人も来ているの? 

 どうしてあの人は黒いローブを纏っているの? 

 そもそもSVH部って何? などなど……。

 説明会が始まる前の時点で怪しいところはいっぱいあったはずですよね。怪しいものに進んで飛び込むのは勇気ではありません。少しでも怪しいと思ったら躊躇する前に逃げましょう」


「いざとなったら力尽くで対抗すればいいと思ったなんて……それはあまりにも短絡的だと思いませんか?

 後ろの扉をご覧ください。あそこで腕組みをされている武田先生。彼は学生時代にラグビーで全国大会に出場した経歴があり、今でも趣味で鍛えているそうです。彼が扉の前に陣取っているのに、逃げられると思いますか? まあ、人数は勝っていますし、新入生全員で協力すれば逃げられるかもしれませんが、入学したばかりのこの時期に上手く連携が取れるとは思えません。隣にいる同級生の名前ですら、あなたは知らないでしょう。

 そもそも、暴行事件は普通に警察沙汰ですからね。カルト側もそれを熟知しているので、それを回避する術、もしくは被害者になる術を当然備えています。もし手を出した場合、悪者になるのはあなたですよ。

 カルトに対してはあくまで冷静に対応すること。具体的には録音などが効果的でしょうね」


「ああ、あの統計ですか? あんなもの私が即興ででっち上げたデタラメです。

 信用できそうなソースとそれっぽい数字が並んでいれば、たいていの人はそれだけで簡単に信じてくれますからね。今回のようにめちゃくちゃなことを言っていても、口頭なら意外とバレないものです。

 それに、本当のカルトの説明会は入場前に貴重品を預かる、もしくはスマホの電源を切らせて検索手段を事前に奪うのでなおのことバレません。

 対処法としては他人の発言を疑う耳や目を養うこと。自分にとって都合の良すぎるデータこそ徹底的に疑いましょう」


「あれっ? あなたは輝明てるあきくんじゃないですか。あなたも残ってくれたんですね。よかったです。心配してたんですよ。帰ってしまわないかって。

 ……ふふっ、そんな顔をしないでください。大丈夫ですよ。これは後でちゃんと消しておきます。先生も見てますしね。

 いいですか? 新生活ということで友達を作りたい気持ちもわかりますが、ホイホイと他人に連絡先を教えてはいけませんよ。あなたの隣にいるのは、もしかしたらカルト宗教の教祖かもしれないのですから」


 神永先輩は僕たちを優しくなじっていく。

 16人全員を叱り終えるころには、僕も含め新入生は皆、羞恥で顔が真っ赤になっていた。

 神永先輩は僕らを再度見回して言う。

「……とまあ、散々厳しいことを言ってきましたが、高校生なら普通はそんなもんなので落ち込まなくて結構です。人間は自分に都合の良い言葉、耳あたりの良い言葉ばかりを信じてしまいがちな生き物なので、何も考えず生きているとこうやって簡単に騙されます。なので、皆さんはこれからこの学校で『自分で見極める力』を身につけていってください。その上で、もしもカルトと疑わしい存在と出くわした場合には『逃げる』もしくは『誰かに相談する』こと。これを徹底してください。そうすれば少なくとも、今回のように簡単に騙されることはないでしょう。今日かいた恥を忘れず、精進してください。私たちは皆さんの輝かしい学生生活を願っています。……以上で私の講義を終わります。ありがとうございました」

 そう締めくくると、神永先輩は深く頭を下げた。

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