第2話 噂
放課後。説明会の会場である2年3組の教室前までやってきたところ、そこには僕が想像していたよりもずっと多くの新入生がいた。廊下にいたのは男女合わせて20人くらい。教室の扉は閉められており、ここで待機しているようだ。
まさかここにいる全員が僕のように脅されて来たとは思えないので、彼らは自発的にやってきたのだろう。どうやら、僕がたまたま知らなかっただけで、このSVH部とやらは結構人気のある部のようだ。
「おう、
名前を呼ばれて振り向く。すると、そこには僕のクラスメイトである
青木くんは先日行なわれた委員会決めでわが1年3組の学級委員になった人物である。新学期が始まってまだ数日であるが、彼は持ち前のひょうきんな性格で、クラスの中心的ポジションを獲得していた。特別仲が良いわけではないが、何度か教室で話したことがある。
「それを言うなら青木くんこそ。こういうの来るんだね。意外」
確か、入学してすぐの自己紹介の時には、サッカー部に入るつもりと言っていた気がする。説明会に来たからといって入部するとは限らないが、この数日で心境の変化があったのだろうか。
すると、青木くんは歯切れ悪く答えた。
「……あぁ、まあ冷やかしにな」
「冷やかし?」
「なんだ、知らないのか……」
すると、青木くんは周りを気にして見回し始めた。そして、誰も僕たちの会話を聞いていないことを確認すると、僕に対して「耳貸してくれ」と顔を寄せる。
僕が従うと、「実はな」と前置きをしてから小声で続ける。
「ここの部長、宗教やってるんだってよ。しかもゴリッゴリの
「えっ、そうなの」
青木くんは首肯する。
「そんでもって、自分のことをそこの教祖だって言い張ってるらしい。ヤベぇやつだろ? この説明会も信者を増やすためにやってるんだって。もし入部したら強制的に信者にされて、金をむしり取られるとか」
驚いた。そんなの本当にあるなんて。まるで小説かドラマの世界だ。
というか、僕はこれからそんなのに参加しないといけないのか。なんだか不安になってきた。
すると、教室の扉が開き、中から眼鏡をかけた男の先輩が出てきた。
「えー、準備が整いましたのでこれより入場を開始します。参加希望の方は入り口でお菓子とビニール袋をお渡しするので、上履きを袋の中に入れて教室の中へお入りください」
廊下にいた生徒たちが続々と教室の中に入っていく。それを横目に僕は訊ねる。
「青木くんは、それを知ってて来たの?」
「だから、冷やかしだって言っただろ。話のタネに来ただけだ。入部はしねぇよ。お土産貰えるらしいからちょっと話聞いて帰るつもり。まぁ、ついでに自称教祖サマの鼻でも明かせたら最高だな。始めから宗教勧誘だとわかってるんだ。騙されようがないだろ」
「確かに。それもそうだね」
青木くんの言葉に僕は
僕はどうしてもこの説明会に参加しなくてはならない。なぜならこの部活の部員であろう人物に弱みを握られているからだ。
青木くんからこの説明会の真実を聞かされた時には参加することに不安を覚えたが、やっと希望が見えた。新興宗教の勧誘だろうが何だろうが、騙されなければ何の問題も無いのだ。先輩と約束したのは説明会の参加まで。参加さえしていればあの先輩も文句は言わないだろう。
それどころか逆に、青木くんの話を聞いたことによって、先輩に対しての怒りがふつふつと湧いてきていた。
「南田はどうするんだ?」
「僕も行くよ。恥かかせてやろう」
息を荒くした僕の様子に青木くんは少々
「了解。じゃあ一緒に行こうぜ。知り合いがいたほうが心強い」
「そうだね。よろしく」
僕は迷うことなくその手を取る。
僕を脅迫してここに呼び出した先輩はおおかた、僕のことを騙しやすそうな人間だと判断して声をかけたのだろう。しかし、彼女は大きな誤算をした。それは僕が計画を知ってしまったことだ。
タネの割れた罠にひっかかる馬鹿はいない。アドバンテージは僕にある。
せっかくだし、あの先輩に仕返しをしてやろう。僕を騙そうとした報いだ。
彼女が悔しがる姿を想像して、僕は心の中で高笑いをした。
上履きを脱ぎ、靴下で中に入る。教室の床には一面にビニールシートが敷かれていたため、足が汚れる心配はなかった。室内は照明が消されており、閉められたカーテンと窓際に積み上げられた机のせいで若干薄暗い。
何の変哲も無いどこにでもあるような教室が、怪しいような、神秘的なような、そんな不思議な空間に変えられている。この説明会の正体が宗教勧誘だという青木くんの話に、俄然信憑性が増してきた。
見回すと、既に数人の生徒が床に腰を下ろしていた。
僕と青木くんは互いに顔を見合わせ、並んで腰を下ろす。
「なあ南田。あれ、先生だよな」
青木くんが指す方を見ると、確かにそこにいたのはこの学校の教師だった。しかも一人だけではない。三人の男性教師が出入り口近くで腕を組み、壁にもたれて立っていた。その中にはウチのクラスの担任の
どうやらこのSVH部とやらは、教師たちも目を付けるほどの危険な団体のようだ。そうでないとただの説明会に三人も見に来ないはずである。
先生たちの存在は僕たちにとってこの上なく心強い援軍である。
しばらく待っていると、黒いローブを纏った一人の女生徒が現れた。ローブの女生徒は僕たち新入生の前に立つと、深く一礼をしてから、ゆっくりと口を開く。
「時間になりましたので説明会を始めます。皆さん、ようこそお越しくださりました。私がSVH部部長の
そう言い終わると、部長の樋口先輩はフードを下ろし、素顔をさらした。
その顔を見て、僕は思わず小さく声が漏れた。なぜなら、彼女は数時間前、僕をここに誘った例の先輩だったからだ。
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