第4話 咲いて枯れて
そこから時間が遅くなっていた為、お互いの帰路に着く事になった。三人共電車通学で同じ路線を使っていたが、かすみだけ方面が逆方向で、薊とすみれは同じ電車に乗って帰る事になった。多くのサラリーマンで詰まっている電車に二人はほぼ密着をしている状態になっていた。薊は鼻息を彼女にかけるわけにはいかない思いと、彼女のほぼゼロ距離の匂いを思う存分嗅ぎたい思いに葛藤している中、すみれは話しかけてきた。
「今日はありがとうね、おかげでいいプレゼントが見つかったよ」
「いや、俺は特になにもできていないし、放課後に誰かと遊ぶのなんて久々だったので、こちらこそありがとうございます」
「でも、あんなに男物があるとは思ってなかった。色も種類豊富だったから、選ぶのに時間かかったよ」
「凄く長い時間マフラーと手袋相手に睨めっこしていましたよね。結局何選んだんですか?」
聞くつもりはなかったが、話の流れで聞いてみた。気にならないと言ったら嘘になるが、彼女は何を選んだのか興味はあった。
「マフラーにした。これからの季節必需品になるし、マフラーなら物持ちが良さそうだから。てかなんで敬語なの?同級生なんだからタメ口で話してよ」
相澤さんからの突然の提案に薊は戸惑ってしまった。相澤さん相手にタメ口はいいのか。それは嬉しいが許される行為なのか。そう思いながら相澤さんは薊を見つめていた。可愛すぎて考える事を放棄して諦めた。
「相澤さんがそう言うならタメ口で話していくよ」
たわいもない会話をしながら、薊が降りる一駅前ですみれは下車した。流石に同じ駅で降り、後をつけて帰るのは不自然だったので、今日はおとなしく家に帰る事にした。夜が肌寒く感じる日に近づいてきた帰り道で、マフラーがあったら心も温かくなりそうだなとすみれが選んだマフラーの色は何色にしたのかを考えながら家に帰った。
家に帰宅したら、珍しくお母さんが帰宅していた。
「ただいま、珍しいねこの時間に帰ってくるの」
「お帰りなさい。たまたま仕事が早く終わってね、たまには母親らしく夕飯でも作ろうと思ってさ。薊こそ今日は帰ってくるの遅かったね」
「ちょっとね、放課後に用事があったんだ」
「何、彼女と放課後にデートでもしてたの?」
「違うよ、気になっていた本を読んでたらいつの間にかこんな時間になってたんだよ」
女子と遊んでいたなんて言ったら、お母さんは喜んで赤飯でも炊くだろうから、言えるわけがない。
「そうなの、別に家のことなんて気にしないで彼女作って遊んで良いんだからね」
そう言い、お母さんは得意料理鮭のムニエルを作っていた。薊は手を洗って、副菜を作ろうと母の手伝いを始めた。久々のお母さんとの食卓で心が弾んでいる。
夜は一人部屋で時間を過ごす。相澤さんの写真の整理や録音した声の編集をしている。彼女の声は透き通るような綺麗な声をしている。寝る前に必ず聞いているが、必ず安眠ができる。今日は生の声をたくさん聞く事ができた。それも、俺に向けての声だ。他の人との会話を録音した声ではなく、俺に対しての会話だ。一方的に切り取るのではなく、俺に対してだから、わざわざ編集する必要がない。不運は、買い物中にバレると思い途中で録音をやめた事だ。しっかり最初から最後まで録音をしておくべきだったと後悔しているがもう遅い。録音できた声だけで我慢しよう。するとドアがノックされた。
「どうしたの?」
ドアを開けたらお母さんが目の前にいた。深刻そうな面持ちで何か重大なことだと一瞬で分かった。離婚すると伝えてきた時と同じ顔だ。何をいうのか覚悟をしていると、お母さんが口を開いた。
「再婚しようと思ってるんだけど、薊はどう思う」
単刀直入に言われた。何を言っているのか理解ができなかった。
「会社の先輩なんだけど、物凄く良い人で、私が離婚した経緯も知っている人なの。当時は物凄くお世話になった人で、二年前から付き合ってるの。薊のことも伝えたら、息子のように接したいって言っててさ。薊的にはどうかな」
小さい時から、お母さんは俺に対してたくさんの愛をくれた。仕事がどれだけ長引いても、授業参観や、運動会、行事ごとには必ず来てくれた。そんなお母さんに新しく愛を向ける人ができた。喜ばしい事だが、複雑な思いがある。大事な人が他の人に取られてしまう。心が急に苦しくなってくる。しかし、これ以上お母さんに寂しい思いもさせたくない。俺だけでは補えない部分がある。だから、俺に拒否権はないんだろうなと思いながら答えた。
「ダメなわけないじゃん。お母さんもその人の事好きなんでしょ? だったら俺に聞く必要ないでしょ。俺は祝福するよ。いつもありがとうね」
「薊、ありがとう。そしたらこのまま話は進めていくね。おやすみなさい」
お母さんの満面の笑みは久々に見た気がする。昔から笑顔は絶えない人だったが、心の底から笑っている姿は小学生以来かもしれない。部屋に戻って相澤さんの声を聞くが、笑えない。なぜか、心のどこかに穴が空いている気がする。理由がわからず、今日は寝る事にした。買い物中に見た彼女の横顔を思い出しながら。
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