第二夜
こんな夢を見た。
運慶が京都で仁王を掘っているとSNSで話題だから旅行して見に行こうと決めた。飛行機を乗り継ぎ乗り継ぎ漸く着いた。が、肝心の運慶がどこにいるのかわからない。地図をもらってどこどこで降りてそこから道をどうこうと言われたがさっぱりわからなかった。私は地図が読めないのだ。
仕方なくスマートフォンの道案内アプリを起動した。あっという間にたどり着いた。便利な世の中になったと感心していると、そこにはもう沢山の人がいて、ああだのこうだのと批評をしている。
不思議なことにそこにいる人たちは和服と洋服が混ざったような古い恰好をしている。そんな中で現代の格好は大変浮いているように思えたが、誰も私のことを見ない。高いところで木を彫っている運慶ばかり見ている。私はどうして令和の世に運慶がいるのかなと思った。そして目の前にある材料の木のあまりの太さと高さに圧倒されてしまった。修学旅行でガイドが古く大きな彫刻を前に「こんなに大きく太い木はもうこの世に存在しません。」と言ったことを思い出した。
運慶は周りの人よりももっと古い恰好をしている。そして下にいるギャラリーなどのこ気にせず黙々と掘っている。私にはその掘方があまりにも適当に見えた。しかし槌を下した瞬間立派な鼻ができた。ギャラリーがおおと色めき立つ。
すぐ後ろで「よくああ無造作に鑿を使って思うような眉や鼻ができるものだな。」と感心した男がいる。見ると薄い髭をひねっていた。その近くにいた男が「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない。」と言った。面白いことを言うなと思った。
しばらく運慶を見ていた。さっきの男が言ったように、木は土で出来ていて仁王は石でできてるように思えるほど簡単に掘っている。あまりにも簡単にできているものだから私にもできるのではないかと思うようになった。
いつまで見ていても飽きないが、腹が減った。どこかでご飯を食べようと歩いているうちに迷子になってしまった。
するとどうだろう。鑿を槌で突く音がする。古い民家の堀の隙間から見てみると、さっきの薄い髭をひねっていた男が木を彫っている。傍らには木屑が散らかっていた。私はこの男が仁王を掘り出すのを楽しみに見ていた。しかしいくらやっても出来上がるのは木屑ばかりであった。
最後の木を木屑に変えてしまった時、男の声が頭の中に響いてきた。
「ついに明治の木にはとうてい仁王は埋まってないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。」と。
明治の木に仁王が埋まっていないのなら、令和の木に仁王が埋まっているはずもない。私はそう合点して立ち去った。そして令和の木を彫ろうなどと思うことも無くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます