俺の背には羽が生えてる

@hyuga77H2O

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俺の背には羽が生えてる。

いつから生えたか、それは覚えてない。けど、気がついたら立派な羽が生えてた。

子どもの頃あれだけ夢に見た羽。でも、いざ生えてみると、意外となんの興味もわかなかった。

むしろ、周りの注目が集まってしまうから邪魔でしょうがない。引っこ抜いてやろうと思ったが、どうやら神経が繋がってるらしく、下手に抜いたらバカみたいに痛いだろうなと思ったからやめた。

今日もいつも通り朝起きて、顔洗って、スーツを着る。

背中の羽がスーツで押しつぶされて痛い。なんのためにあるのかもわからない。羽のせいできついスーツで動く。定期を手にとって会社に向かう。なにも変わらない。別に羽が生えたからって何が起こるわけでも、満員電車を避けられるわけでもない。ただいつも通り、人としての日常が過ぎていく。

あ、ていうか電車人身事故起こしてんじゃん。

軽く舌打ちをして、遅延証明を貰いに行った。


「君さぁ、もう社会人なんだよ?電車の遅延くらいさぁそれ見越して早めに出るなり、タクシー使うなりできるでしょ?ちょっと甘えてない?」

案の定5分ほど遅れて会社に到着。そして上司に怒られる。

「俺が若い頃はさぁ、1分の遅刻も許されなかったんだよ?」

ああ、説教が自慢話にずれたな。なんて思いながら長ったらしい話を右から左へ流した。

口の臭いお前の若い頃の話なんか興味もない。まず、5分遅刻もかなり頑張ったほうだ。しかし、そんなこと言っても

「言い訳するな!」

の一言だけだろうから、そこはぐっと我慢する。社会人になってこのくらいの我慢はもはやお手の物になった。それよりも説教が長い。早く仕事を始めたいのにずっと話してる。もうちょっと短く切り上げて仕事に向かわせたほうがよっぽど良いのにと思う。

でも、この間も給料は出てるんだよな。そう思えばまあいっかという気持ちになる。


「災難だったな」

説教がやっと終わり、自分のデスクに就くと、隣の同僚がそう声をかけてきた。

「途中ずっと自慢話してたよな?」

「 いつものことだよ」

「はは、確かに」

こいつとは案外話が合う。だから仲は良いほうだと思うし、たまに個人でも飲みに行く。そんなやつが隣にいてくれるのだから俺は運がいい方かもしれない。さて、仕事をしようと書類に手を付けたところで先程の同僚が耳打ちで

「なあ、今日空いてる?」

と、聞いてきた。なぜ耳打ちなのか、ちょっと気持ちが悪いと思いながら

「空いてるけど何で?」

と返答を返す。すると同僚は嬉しそうな顔で

「今日さ、お前んち行ってもいい?一緒に飲まねぇ?」

と言った。




「でさ〜、あいつがよォ、俺がやったってのにさも自分の手柄かのように上司に言ってくるんだ。ほんと参っちまうよな。てか、新しく入った新人がよォ」

酒でぽや〜っとした脳で同僚の愚痴を聞く。普段だったらやめてくれとなるような愚痴も、酒の陶酔感で良い肴だ。

「お前も今日は本当ツイてなかったよな。電車遅延するわ、長々怒られるわで。電車アホみたいに混んでたろ」

「まあな。デブとデブの間で押しつぶされてた」

「うっわ最悪。仕事行く気なくすわ。来ただけでも偉いよお前」

「本当にな。俺まじで偉いと思う」

やはり、仕事場にこういう気兼ねなく話せる人物がいるとかなり違うなと感じる。性格が似ているというか、絶対こいつ学生時代ロクに勉強してこなかったろうなって感じが俺と似てて、でもってちょっとずつ違うからいい感じに凸凹がハマって、そんで気があってる。職場で仲いい人一人もいないなんて話はよく聞くから、俺はクソ上司と給料のショボさに目を瞑れば良い方だ。実際こいつの存在はそのへんに目を潰れるほどでかい。いい飲み相手だ。

愚痴を肴に酒を飲んでたらお互いかなり酒が回ってきた。目の前の同僚はもう顔が真っ赤で全体的にふにゃふにゃしてきてる。かくいう俺もかなり頭がぽーっとしてきた。ふと、目をうるませた同僚がこっちを見た。

「なに?」

「お前さぁ……はね生えてるってマジ?」

「ああ、何だそんなことか。マジだよマジ」

「へぇ〜マジなんだすげぇな。生まれたときから?」

「いや、どうなんだろ。覚えてない」

「忘れるなんてことあるのか?それ」

「あんま興味ないし」

「ふ〜ん」

聞いてきたくせに生返事で返して来た同僚を見やりながらグビッと酒を喉に流し込む。同僚も一口酒を飲むと

「なあ、それ、俺見ていい?」

と言ってきた。

その日は本当に酔いが回ってた。ぽーっと心地良い気分だった。だから判断力がにぶっていたんだろう。

「ああ、良いよ」

なんて、適当な返事を返してしまった。



シャツのボタンを一つずつ外して行く。同僚はじっと無言でこっちを見つめる。その視線でふと、少し冷静になる。状況があまりにも気持ち悪すぎる。いい歳こいた成人男性二人が一人はシャツを脱ぎだして、もう一人はそれをじっと見つめてる。カオス以外の何物でもない。流石にじっと見られるのは同性といえど気まずいものがある

「なあ、ちょっとくらい目線そらしたらどうなんだ」

「なんでだよ。ボインの姉ちゃんでもない男の裸だぞ」

「でも見られてるこっちは気まずいんだよ。てか、逆だろ。ボインの姉ちゃんで目線そらすのかよ。中学生か」

「え、お前そらさないの」

「ガン見するね」

「はぁ〜!お前そういうとこあるよな」

「いや、ちんこついてりゃ当然だろ」

「ははは、身も蓋もねぇ〜」

「お前がレアなんだよ」

と、軽口を叩きながらもシャツを脱ぐ手は止めず、ボタンを全て外し終わる。そして袖から手を抜いて、右肩側のシャツがパサっと地面に落ちると今まで窮屈だった羽がやっと解放されたと言わんばかりにバサッと広がる。もう片方も同じように脱ぐと、こちらも伸びをするように羽を広げた。

俺の背から生えてる羽。

別に何に使えるわけでもない、ただの羽。

それを同僚は目をぱちくりさせながら見つめた。

「ほら、生えてるだろ」

「おま、ええ?マジか。え、マジモンじゃん」

「うん。マジ」

「え、触っていい?」

「別にいいけど」

失礼します。と意味不明なことを言うとそっと羽に触れてきた。自分以外に触らせたことはなかったからなんか変な感じだ。ちょっとムズムズする。

「ほぇ〜……感覚とかあるの?」

「あるっちゃあるけどはっきりしてないからムズムズして変な感じ」

「へぇ〜……」

まるで陶器にでも触れるかのように恐る恐る、ゆっくりと羽を撫でる。別に恐る恐るじゃなくても大丈夫なのに。とか、思いつつ、でも楽しそうなので良いか。と好きなようにさせてやる。

「なあ、この羽ってもしかしたら飛べるんじゃね?」

予想外。いや、正確に言うとちょっとは言われるかもと思っていたが。でもそんな同僚の発言に体がピタッと止まる。

「 いや……どうだろ……試したことないからわからん」

「え!?ないの!?まず試すだろそこは」

「興味なかったから」

「 お前さぁ……それにもしも飛べたらもう満員電車乗らなくて済むじゃねえか」

それはちょっと思った。けど、なかなか試せないのだ。飛ぶのを試すということはそれなりに高いところから飛び降りるということで。なかなか怖いので試す気になれない。

「 そうかもしれねぇけど飛べなかったらどうするんだよ。地面にドーンだぞ」

「でも、飛べないかどうかはやってみなきゃわからないだろ」

「そんな勇気俺にはないね」

「へえ、勿体ねぇ。俺だったら一度は試すけどな。2階からくらいなら死にはしないだろうし」

なんて言いながら羽を触っていた同僚がポツリと

「羽があるならどこにだって行けるのにな」

とこぼした。

いや、それは違うよ。羽があったからってどこにも行けやしない。実を言うと、一度だけ飛べるか試したのだ。飛べたらどこにでも行けて自由になれるかもしれない、なんて思って。

でも、飛べなかった。これっぽっちも羽は動かなかった。

その時気がついた。ああ、俺は飛べない鳥なんだ。いつかのテレビで見た鳥。羽はただの使えない飾りで、あっても邪魔で飛べやしない。飛ぶ手段はあるはずなのに、どこにもいけない。そんな姿が俺の生涯を表してるみたいだった。

だから、飛ぶのを諦めた。これ以上頑張って怪我をしたくないし。それに、きっと飛んで行けたってどこに行っていいのかわからない。そんなもんだ。

すると同僚はまるで縋るように羽の根本に顔をうずめた。

「なあ、お前さ、もしも飛べてもさ、あんまり遠くへは行かないでくれよ。お前は良い飲み相手なんだ」

……ああ、こいつはやっぱり俺とよく似ている。こいつもどこへも行けないんだ。しかもこいつは羽も生えてない。どこかへ行ける可能性すらもない。

羽が生えているが飛べない俺。

羽も生えずどこにもいけないあいつ。

どちらもこの籠の中で生きていくしかない。

人として、自由に囚われて、理不尽に頭を下げて、もがいて、あがいて。

俺たちは運がそこまでなかったから、成功者のようにはなれない。本当の自由にはなれない。過去の呪縛も悲しみも解けない。

けどさ、今、こうして二人で酒が飲めてるんなら、俺はそれもアリだと思うんだ。

だから、俺のハリボテの羽に縋る哀れな同僚に一言くれてやろうと思う。

「なあ、この羽、お前がもいでくれよ」

「……は」

あまりに突飛な発言に酔いが覚めた同僚は。気でも狂ったかという目でこちらを凝視する。その顔があまりに間抜け面でなんだか笑えてきた。

「いいんだよ。どうせ飛べやしないし。それにここにいるほうが心地良い。ずっと邪魔だったし一思いにやってくれよ」

「い、いや何言ってんだよ。もいだら飛べる可能性もなくなるし、第一痛いかもしれないだろ」

「はは、本人がいいって言ってんだから気にしなくていいんだよ。自分で引っこ抜くのは流石に怖いんだ」

しばらく絶句していた同僚だが、ようやく決心がついたのか俺の羽に手をかける。

「痛かったら言えよ」

そう言うと、俺の背中をぐっと押し、羽をひっぱった。



なあ、俺はさ、お前にならこの羽もがれても良いって、そう思えたんだ。


どこにも行けないモン同士、仲良くやろうぜ。

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