(8)

 通称、幽霊屋敷。

 実際の名前は、坂の上の時計の館(旧フレデリック邸)は、外国人設計士によって100年以上前に建てられた石造の館で、現在国の登録有形文化財となっている。そしてその所有者はどこぞの大学教授とも、科学者とも言われているが、正式なところは不明だ。

 なんせ、今では誰も住んでおらず、昔の異国情緒たっぷりに…………とでも言えば聞こえはいいが、はっきり言ってただのボロい異国風の屋敷と成り果てている。

 それでも時折、補修工事……いや、現状維持工事が入っているらしく、なんとか100年前の姿をそのまま留めてはいる。

 だが、下手に登録有形文化財となっている関係で、その補修だか、現状維持だかの工事は、ボロさ加減を絶妙に残した残念な仕上がりとなっており、外壁に纏わりつく蔦一つ取り払われている形跡はない。

 そのため、今ではすっかり幽霊屋敷という通称のほうが罷り通ってしまっているのだが、改めて目の前に立ってみると、「確かにな………」と、異論なく納得できてしまうような建物だった。

 先程、児童公園でスポーツバッグの中身を確認して以来、赤い缶の蓋は開けてある。

 もちろんその理由は、万華鏡に取り付けられた緑のランプの点滅具合を確認するためだが、どうやら俺の勘は当たっていたらしい。

 つまり、緑のランプの点滅の速さは、現在最高速度更新中。それはもう見ているこちらが忙しく感じてしまうほどに。

 どうやらこの建物の中に、この爆弾の持ち主――――――いや、いずれ切られることになるトカゲのしっぽがいるとみて、ほぼ間違いないだろう。

 さて、ここからはどうしたものかと一応考えてみる。

 おそらくあと十五分もすれば、風吹も合流してくるはずだ。

 それを待つのもいいが、こんなところで一人立っているのは、逆に目立ってよろしくない。

 もし犯人が、花火見学のためにこの館の時計塔の上にいれば、俺の存在にすぐ気づくだろう。

 そして、わざわざ爆弾を持ってきてくれてありがとう――――――なんていう話にはならねぇだろうから、これまた逃げようとする犯人を確保するか、抵抗してきた犯人を一発殴って沈めなければならないはずだ。

 しかし、そのためにはこのがかなり邪魔となるわけで、爆弾の一時お預かり所なるものがあればいいが、そんなものは当然ないため、俺はこいつのお守りをし続けながら応戦するしかない。

 それはかなり危険な上に、正直面倒だ。

 となると、やっぱり風吹待ちか…………と、腕時計を見る。

 時刻は11時48分。風吹を待ったとしても、犯人が予告した爆破予定時刻の13時まではまだ十分に余裕がある。

 ここは場所を変えて、風吹を大人しく待つか…………

 そう決めて、踵を返したところで、ふとある考えが浮かんだ。

 いや、いっそのこと、このまま犯人にこのを届けてやろうか――――――と。

 余程の馬鹿じゃない限り、自爆死は遠慮したいだろうから、普通なら送信機のスイッチを自ら切るだろう。そもそも、俺が犯人の手駒である爆弾を持ってるわけだから、立場的には俺の方が優勢。もし自爆がご希望ならその時は………………やっぱり殴って沈めるか。

 だが、俺にもまだ理性はある。暑さで半分以上溶けかかってはいるが、理性の残滓くらいは残っている。

 さすがにそんな一か八かの賭けに出るほど愚かでもない。

 小型とはいえ、こいつも立派な殺戮兵器。半径四、五十メートルは吹っ飛ばせるだけの威力はある。

 犯人と一緒に心中なんてことは、是が非でも御免被りたい。

 

 それに俺は――――――を見つけ出すまでは絶対に死ぬわけにはいかねぇしな…………

 

 そう一人自嘲の笑みを零して、俺の足を一瞬でも止めたその考えを一蹴してやった。が――――――再び足を進めようとした瞬間、ふと表札が目に入る。

 ご立派な門柱ももはや蔦だらけだが、そこには確かに表札らしきものが顔を覗かせている。

「“染井”……さん?ここ、誰か住んでんのか?」

 まさか、という気持ちでもう一度建物を見上げてみるが、どこをどう見てもおどろおどろしい感は否めず、とても人が住んでいるようには見えない。

 しかし、気がついた。

 一ヶ所だけ、僅かに開けられた窓。その窓の向こう側で微かに揺れる白いレースのカーテン。

 そして、動く人影。

 犯人か?

 咄嗟に思うことはもちろんそれだ。だが、すぐに違うと判断する。

 その人影はとても線が細く、かなり小さく見えた。つまり、子供。もしくは小柄な女性といったところだろうか。

 とどのつまり、犯人ではない可能性が非常に高い。

 さぁ、まじでどうするか。

 手元の爆弾は、ここに犯人がいると教えている。

 だが、周囲から幽霊屋敷と呼ばれ、無人だと思われたこの屋敷には、住人らしき人影がある。それも子供か、女性。

 今のところ自由に動けているようには見えるが、事実は確認してみないことにはわからない。

 さすがにこれは、俺一人の手では負えねぇな…………と、急ぎ場所を変えて、風吹に連絡を取ることを決める。

 だが、ここでも俺の足は止まることになる。

 突然、中から開かれた門によって――――――――

「これはこれは、当家に何か御用でございましょうか?」

「なっ……………………」 

 かつてはさぞかし重厚感たっぷりの荘厳たる門だったのだろうが、今ではただの蔦と錆の生育場所。

 過去の威厳なんてあったもんじゃない門をギギギと観音開きに開けて、中から品よく出てきたのは、黒い燕尾服を着た老紳士だった。

 老紳士とはいえどもかなりの長身で、とても均整の取れた体格をしている。ロマンスグレーの髪をはしっかりと撫でつけられており、両手にはめられた白い手袋がやたらと目に眩しい。ついでに、足の所在も確認してみるが、きっちりと二本、地についている。影もある。幽霊ではない。たぶん…………

「えっと、ここは……………」

 ろくな単語が出てこない俺に、その老紳士は俺の疑問を先回りするかのように告げた。

「こちらは、現在染井家のお屋敷となっております。あちらの窓から当家のお嬢様が貴方様をお見かけになりまして、当家に御用がありそうだから、声をかけてくるようにと仰せつかり、失礼を承知で声をかけさせていただきました」

 なるほど…………どうやら俺はすでにここのお嬢様とやらに見られていたらしい。

 となれば、こちらからすべき質問はこれだろう。

「今日、こちらに俺以外の客人は来ませんでしたか?」

 そう伝えながら、俺は爆弾を片手でしっかりと支えると、ジーンズのポケットからサードであることを証明するサードバッジホルダーを取り出し見せた。

 老紳士は一瞬目を瞠ったが、もう一度俺を見て、それから俺が持つスポーツバッグへと視線を移すと、色々と察したように微笑んで見せた。

「えぇ、おそらく貴方様がお探しのご客人は、現在当家のお嬢様が色々ともてなされておられる最中でございます。あぁ、それとこれは奇遇ではございますが、当家には今貴方様がお持ちになられていると、ほぼ同じものがございます。もしよかったら、今から当家へお上がりになってご覧になられますか?」

「…………………………はい?」

 駄目だ。暑さのせいか、もはや幻聴までもが聞こえだした。

 俺が持ってるものと同じものが屋敷の中にあるだと?

 つまりそれって、爆弾がもう一個あるってことじゃねぇか!

 しかも、お嬢様が色々もてなしてる最中って、一体全体どういうことだ!

 爆弾犯とわかっていながらのおもてなし中ってか!

 だとしたら、俺は犯人よりもお前らのほうがよっぽど怖いわ!

 そんな俺の内心の声が聞こえたのか、その老紳士はにっこりと笑ってから恭しく頭を下げた。

「ご挨拶が遅れました。私は当屋敷で執事をしております川上と申します。以後、お見知りおきくださいませ」

「ご、こ丁寧にどうも……サード機動捜査班のひびきで…す」


 こうして俺は、突如幽霊屋敷から現れた執事によって、爆弾犯を現在接待中だというお嬢様がいる幽霊屋敷へと招かれることになった。


 爆弾と幽霊屋敷と執事とお嬢様……

 完全に理解不能な取り合わせ。

 

 おいおい………

 これはまじで肝が冷えたかもしれない。 

 

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