(6)
それからの俺たちは早かった。
まずは目当ての貸金庫を絞り込むために、銀行の支店統括本部の連中を叩き起こし、今から三ヶ月以内の新規利用者で、ここ三日の間に貸金庫を開けた利用者を割り出させた。
叩き起こした時間が就業時間前というより、完全に日の出前だったとか、基本利用者のプライバシーが優先される貸金庫の利用状況を有無を言わさず調べさせたとか、俺たちにすればそれがどうした?ってなものだ。
俺たちが叩き起こされた時間を思えば、日の出前だろうと全然朝に近い。そもそも内密に処理をして欲しいと依頼してきたのは銀行側だ。ならば、必要最小限の協力を求めたところで罰は当たらないだろう。
その後、星の数とまでは言わないが、それなりの数がある貸金庫の中から該当する貸金庫数が9にまで絞られ、よりにもよって俺と風吹がその当たりくじを引いたというわけだ。
そしてそれは、爆破予告が書き込まれてから、8時間と42分後のことだった――――――――
運悪くも、大当たりを引いた俺たちは、ウチの化学分析班にその場で写メを送った。爆弾の種類とその威力、そして何より爆弾の移動が可能かを判断してもらうためだ。
もちろん本来の流れから言えば、ここに爆弾処理専門チームを呼ぶのが順当だろう。だが、仰々しい防護服に身を固めた奴らをここへ呼べば、それこそ大事件発生だと世間に知らしめているようなものだ。
そこで俺たちは苦渋の策として、爆弾が動かせそうならそれを持って退避。無理ならば、直ちに防護服に身を固めた爆弾処理専門チームの受け入れを銀行側に呑ませた。
銀行は予め、該当する貸金庫を持つ9支店に限り、電気トラブルにおける一時的な営業の見合わせを決めていたが、爆弾が見つかった時点でそれを解除。爆弾が仕掛けられていた貸金庫を持つ1支店のみが午前中の営業を見合わせることとなった。
だが、ここで新たな事件が起こる。
銀行本社ビルに、見るからに怪しい不審物がバイク便で届けられたのだ。中から時計の音がカチカチと聞こえてくる、まさに爆弾ですと名乗っているような小さな黒い箱。
そしてそれが届けられたのは10時丁度。
ちなみに、俺に移動許可が下りたのが9時50分。
俺がえっちらおっちらと炎天下の中をサード本部に向かって歩き始めた頃、爆破処理専門チームの奴らは何故か全員で銀行本社ビルにその爆発物擬きを迎えにいったらしい。
―――――――そして今がある。
「なぁ風吹ぃ………作戦会議の時にさ、ウチの熊と大島博士も言ってたよなぁ。犯人は貸金庫の爆弾を見つけさせないようにするために、囮を用意している可能性が高いって………それも、怨恨の線を濃くするために本社ビルに送り付ける可能性があるって言ってたよなぁ…………あれって、暑さのせいで朦朧としてきた俺の妄想かぁ?それともこれが俗にいう走馬灯ってやつかぁ?」
そう、あの後――――――仕切り直しされた名ばかりではない作戦会議の中で、ウチの小仏班長と大島博士はこう予言していた。
『犯人は是が非でも貸金庫を爆破したいと思っている。だが俺たち捜査員が貸金庫を調べられるのは、利用者のプライバシーを優先して、一番最後になると高を括っているはずだ。だからこそ犯人は、最後の最後まで貸金庫へと手を出させないための囮を用意する可能性がある。それも13時まで残り数時間となったところでな』
『えぇ、小仏班長の言う通りです。そしてその爆弾はダミー。おそらく、あからさまに怪しい箱に時計を入れて、カチカチ音を鳴らせておけばそれだけで一端の爆弾擬きの出来上がりです。銀行側にもその旨を伝えて、もしそんな不審物が届いた場合は、慌てる事なく対応するようにと伝えておいてください』
だというのに、なんで全員でそんなものを取りに行くんだ!爆専の馬鹿どもはッ!
思わず気が遠くなりかけたところで、風吹の苦笑交じりの声が聞こえてきた。
『もちろん妄想でもないし、走馬灯でもないけれど、あらゆる可能性を余すところなく拾おうとする赤松リーダーからしたらさ、いくらそれが囮だ、ダミーだと告げられても、自分の目で確認しない限り本物かもしれないという可能性を捨てきれなかったんじゃない?』
「だからって全員で行くか?しかも本物が出てきたことを知ってんのに」
『あぁ、それに関してはキョウが本部まで
「いやいやその判断基準は色々とおかしいだろ!って、まさかあいつら防護服着てったんじゃねぇだろうな」
『さすがにそれはないらしいよ。ま、俺も聞いた話だけど』
これが真夏の夜の悪夢くらいなら目覚めれば終わりだが、これは真夏の炎天下の現実なだけに逃げ場がない。
しかし、そういえばさっき風吹は『いいニュースと悪いニュース、どちらを先に聞きたい?』などと言っていたなと思い出す。
十分地獄は見た。そろそろ天国まで引き上げてもらってもいいはずだと、さっさと話題を切り替える。
もちろんこの間も、俺の足は赤信号以外では止まらない。早歩きは未だ続行中だ。
「さて、これで炎天下の中を危険なブツを連れた状態で、本部までずっと早歩きという俺の地獄行きは決まった。次はとびっきりの天国へ案内願おうか?」
だが、俺の考えはあんこに砂糖をまぶし、その上から練乳をぶっかけるくらいに甘かった。
『あれれ?キョウともあろう者が何言ってんの。地獄の最下層はここじゃないよ』
「………………はっ?」
『………………はっ?』
ちょっと待て!ここで呆けていいのは俺であってお前じゃない!
そんな俺の内心での突っ込みが聞こえたのか、風吹は何事もなかったかのように続けた。
『そうそう、キョウが可哀そうだから先に伝えるけれど、銀行側の聴取と、貸金庫の指紋採取、あとは防犯カメラのデータとかも全部押さえ終わったから、今から俺もキョウに合流するよ』
「おい風吹!まさかとは思うが、お前に言ういいニュースってやつがこれか!?天国ってやつはそれなのか!?」
『そうだけど、不満?』
いや、多少はいいニュースかもしれないが、その程度だと地獄から地面に這い上がったくらいなものだ。
とてもじゃないが天国までは程遠い。
しかし、今から再び地獄の最下層へと突き落とされることを思えば、天国から地獄よりも地面から地獄への方が、その衝撃度ははるかにましなはずだと自分に言い聞かせる。そのため――――――――
「不満はねぇよ。取り敢えずGPSで追ってこい。で、もちろんお前も地獄の最下層とやらにまで来てくれるんだろうな」
『俺の使ってるGPSが地獄対応型だったらね』
「大丈夫だ。サード支給のヤツはすべて地獄対応型だ」
『それ、まったく有難くない機能だな』
「諦めろ!」
『はいはい。それでは早速だけど、まずはそのスポーツバッグの中を覗いてみてくれるかな?』
風吹からの突拍子もないお願いに、あぁ……これは間違いなく地獄の最下層へ真っ逆さまだな――――――と、俺は新たな汗を滴らせた。
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