(5)
カオスのど真ん中にある作戦会議。
毎度のこととはいえ、もう少し作戦会議らしくならんのか!と物申したくなってくる。いや、すでに怒鳴り上げたが、これはあくまでも犬と猿の口を封じるためであって、作戦会議の在り方についてケチをつけたわけではない。
しかしその甲斐あってか、刹那の静謐の時を迎えた作戦会議。
これで大島博士がようやく話を続けられると息を吐いたところで、新たな強敵が現れた。正確に言うならば、むくっと起き出した。
まるで冬眠から目覚めた熊の如く…………
「ふわぁぁぁ〜狂犬の怒鳴り声のせいで目が覚めちまった。で、終わったのかぁ?名ばかりの作戦会議は?」
事もあろうに、大あくびで起き出してきた熊――――――もとい、この非常識男は、俺の直属の上司である機動捜査班班長、
190センチを超える長身のガタイのいい大男で、顔は泣く子がさらに泣き出す超強面。声は小声という機能が元々ついていなかったのか、常にボリューム最大。こちらの鼓膜を常に守らなければならないレベルとなっている。
しかし経歴は、元警視庁捜査一課の刑事で、検挙率は警視庁歴代ナンバー1。その凄腕っぷりにうちのボスが目をつけ引き抜いてきたらしいが、今や輝かしいエリート的な面影は何一つ残っていない。それを一体どこで丸ッと落っことしてきたんだと、まだ落ちてそうなら今すぐ拾って来いと、なんなら代わりに拾いに行くぞと、俺だけでなく機動捜査班全員が漏れなく思っている。
だが、それについてはとうの昔に諦めた。だからそれはもういい。覆水盆に返らずだ。
そんなことよりも、うちの熊がやけに静かだなと思っていたら、あんたずっと寝てたのか!
いつだ?いつからだ?それも、あの犬と猿の声ではなく、言うに事欠いて俺の声のせいで起きたとか抜かしやがったッ!
てか、名ばかりの作戦会議とか言うな!元も子もねぇわッ!!
ロの字に並べられた机。横並びに六人。班長、副班長と続き、末席は俺だ。つまり、俺と班長は端と端を陣取る形になっていたため、熊が冬眠にはいったことすら気づかなかった。もし気づいていれば即座に、思いっきり蹴っ飛ばしてやったのにと思う。
もちろん親切心からであって、当然それ以外の他意などあるわけもない。うん、ない。たぶん。
ったく、副班長も隣で熊が冬眠しそうなら起こせよな!――――――――そう思った時だった。
『いやはや、班長につられて私までうとうとしていましたね。眠気は伝播するといいますが本当のことらしい。ところで、ウチの狂犬くんが吠えていたということは、これで会議はお開きということでいいんでしょうか?』
これまた突っ込みどころ満載で起き出してきたのはうちの副班長――――――
そんな名前以上にその経歴はさらに変わり種で、家は親兄弟に至るまで医者家系。そして本人も都内有名総合病院で凄腕の外科ドクターだったが、子供の頃からの刑事になりたいという夢がどうしも捨て切れず、一念発起してウチへとやってきたらしい。
人の人生ってほんとに奇妙奇天烈、奇想天外、摩訶不思議だ。
しかし有難いことに、殺人や傷害事件における凶器の判別や、死因の特定に対しての目は誰よりもずば抜けている。
見た目は細身。デジタル処理専門チームリーダー上指がインテリ風なら、こちらは本物のインテリであり紳士である。だが、よく見れば適度な筋肉がしっかりと付いており、副班長曰く、『医者も体力勝負だからね』ということらしい。
それでも俺たちとは違ってやはりどこか品があり、その性格は思慮深く、いつだって冷静で、とても熊のように会議中に寝てしまうタイプでは決してないのだが…………………あぁ、なるほど。そういうことか………と、ようやく俺は理解した。ウチのツートップのこの所業のわけを。
つまり、この作戦会議が茶番だという班長の見解に、副班長も同意であるということだ。その証拠に―――――――――
『我々機動捜査班にとって大事なことは、どうしてそんなところに爆弾があるのかではなく、どこに爆弾が確実にあるのかという情報だけです。原因を探るのはいい。仕掛けられた経緯、手段、方法について考察するのも構わない。しかし、それは目の前の危機を取り去ってからの話です。優先事項を間違っていはいけない』
副班長はとても起きがけとも思えぬ淡々とした口調でそう述べた。
そこにウチの熊――――――もとい、班長が便乗する。
『イチの言う通りだ。いいか、お前ら。特に爆専。博士が“爆弾は貸金庫の中にある”と言った。それだけで十分なんだよ。ウチの頭脳は化学分析班であり、それに基づいて探し出すのがウチ。それを処理するのが爆専であるお前らの仕事だ。作戦会議はな、それをどう無駄なく遂行するかを話し合う場であって、あらゆる可能性とやらをぶちかまして、混ぜっ返す場じゃねぇんだよ』
そう告げて、班長はゴキッと肩を鳴らした。『変な体勢で寝ちまったから、首が痛ぇ」などとぼやきながら…………
しかし、これで爆弾処理専門チームリーダー赤松が大人しく引き下がるなら世話がない。
とはいえ、立場的には班長の方が上。
さらに言うと、この事件における陣頭指揮はウチの班長が担い、その参謀は副班長と化学分析班班長である大島博士が務めることになる。
そのため先程までの勢いはどこへやら。赤松は若干及び腰で申し立てた。
『小仏班長と一副班長が言われることはもっともだが、どうして博士の見解が正しいと言い切れるのです?まずはそこをしっかりと………』
『ガタガタうるせぇな!早々に俺たちが爆弾を見つけてくりゃ、何の問題もねぇだろうが!』
皆まで言わせてもらえず、ものの見事にウチの班長から一蹴された。が、赤松は『しかし…………』と、尚も喰いつく。まぁ、気持ちはわからなくもないが、なかなかしつこい。
ウチの班長は決して気長なタイプではない(他称)。しかし、話の分からない男でもない(自称)。そのため、ため息交じりにこんなことを言い出した。
『爆専さんよ。あんたが貸金庫に固執すべきではないと思う気持ちもわかる。だがな、博士の意見云々の前に、俺も爆弾は貸金庫の中だと思っている一人だ。そしてこの事件は怨恨絡みじゃねえ。犯人は銀行内に保管されている物に対して用があるんだよ。よく、考えてみろ。銀行にある物なんざ支店によって大きく変わるもんじゃねぇ。だが、貸金庫の中身は別だ。金や証券もあれば印鑑もある。中には思い出の品なんかも預かってくれるらしい。人形とか写真とか色々な。しかし、他人の貸金庫はさすがに開けられねぇ。そこで、同じ銀行の貸金庫を借り、貸金庫ごとその中の何かを破壊、もしくは消し去ることが犯人の目的なんだと俺は睨んでいる。つまりな、犯人にとっちゃ怨恨どころか、むしろ人間は邪魔なんだよ。これに関して言えば、元刑事の勘とかじゃなく、爆破予告に暗にそう書いてあるがな』
『へっ?』
赤松の目がこれ以上もなく丸くなった。鳩が豆鉄砲を食らえばこうなるという典型的な顔かもしれない。
しかしだ。爆破予告にあったのは“金目的ではない”という文言だけ。にもかかわらず、ウチの班長は自信満々に続けた。
『いいか?まず、根本的な話をすると、何故犯人は爆破予告をしたかってことだ。金目的じゃないんだったら、何故銀行にそれを教える必要がある?恐怖に陥れるためか?そのためにサイバーテロ紛いの手段でもって犯行予告を送り付け、面倒な手続きをしてまで爆弾を仕掛けたってことになるが、俺に言わせればちょっと手間をかけすぎだ。そんなもん、偽の脅迫状一枚ポストに投げ入れるだけで済む話だからな。だが、犯人はこれほどの手間をかけ、爆破予告を寄越した。つまり、それ自体に意味があるってことだ。もう一度目ん玉こじ開けてよく読んでみろ。表面上の文字に惑わされることなく読めばわかる。そう人間は、隠すべき意図までも無意識に
突然話をふられた副班長は慌てることなく『えぇ、そうですね。私もそう思います』と同調する。そして何を思ったか、『少なくともウチの班員たちはそれに気づいているはずですよ。おそらく狂犬くんですらね』と、わざわざ俺を指名してきやがった。
早い話、俺がわかっていれば、ウチの班員全員が理解しているという証明になるのだろう。
脳筋馬鹿で悪かったな、クソッ!
しかしだ。ここまで言われてわからないなんてことは口が裂けても言えない。いや、言いたくもない。そこで考える。手元の紙に書かれた爆破予告の一言一句をもう一度目で浚い、読み直す。そして―――――――気が付いた。
『“本日13時、銀行を爆破する。これは金目的ではない。お前たちに回避する道はない”――――――――――“だから、逃げろ”』
俺の呟きに、よくできました!とばかりに横並びの端から、班長と副班長が同時に親指をグッと立ててきた。
ウチのツートップからの軽い返しに、俺は内心で苦笑を零しつつ、ふぅ~と息を吐く。
ご期待に添えたようで何よりだ………
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