(4)

『この爆破予告を一言で言い表すなら、端的でいて曖昧。それでも人はね、意思伝達のために言葉を有し、文をしたためる以上、隠すべき意図までも無意識にしるしてしまうものなんだよ。得てしてね』

 愛用のコーヒーカップに半分ほど残っていたコーヒーをぐいっと飲み干し、大島博士はやや垂れた目を細めてにんまりと笑った。そして、『じゃあ、時間もないことだし、さっさと解読していこうか……』と、コーヒーカップを置くかわりに、机上の紙を一枚拾い上げると、抑揚なくくだんの爆破予告を声に出して読み上げた。

『“本日13時、銀行を爆破する。これは金目的ではない。お前たちに回避する道はない”―――――うむ、なるほど……ここからわかることは、犯人が今日の13時丁度に銀行を爆破するつもりだということと、金目的ではないということだけのようだが、先程も述べたように、透けて見える事実もある。まずは“本日13時”というところだが、まず思い出してほしい。この爆破予告が何時に書き込まれたのかを…………』

 そんなことは一々思い出すまでもない。それこそが俺たちがこんな深夜に叩き起こされた諸悪の根源だからだ。

 ちなみにこの作戦会議の出席者は、俺たち機動捜査班に、ウチの組織の頭脳である化学分析班と、爆弾絡みの案件ということでこちらも叩き起こされ会議に引っ張り出された特殊処理班所属、爆弾処理専門チームリーダー、赤松あかまつ ごう(三十三歳、独身らしい)。ついでに銀行のセキュリティに詳しい同特殊処理班所属、デジタル処理専門チームリーダー、上指かみさし巧実たくみ(三十三歳、独身らしい)。

 そして、眠気とは一切無縁の涼やかな表情でこの会議に参加しているウチのボス――――社長とも総隊長とも呼ばれている四十代のニヒルなおじ様(ウチの女子どもが言ってた)――――久利生くりゅう功己こうきだ。

 そんな面々が、まず思い出してほしいと言われて『はい、思い出しました。深夜零時ピッタリです』などと律儀に手を挙げ、はきはきと答えるわけがない。むしろ、『んなもん、わざわざ答えるまでもねぇだろうが!』と、ガンを垂れてくる奴らばかりだ(俺も含めて)。

 それを十分理解している大島博士は、俺たちからの答えを待つことなくあっさりと先を続けた。

『――――うん、深夜零時丁度だったね。つまりここでわかることは、犯人は日本時間に基準を置いているってことだ。そのため、時差がある海外の支店は、爆破予告対象から自動的に外れる。そして次に、犯人の目的が“金”であるならば、犯人はその“金”を受け取るために、何かしらの行動を最低でもあと一つ、この後に取る必要がある。しかし、目的は“金”ではないとしっかり明言している以上、犯人側からの接触はもうない――――――諸君、ここまではいいかね?』

 滔々と立て板に水の如く述べられた推察に今のところ綻びは見当たらない。いや、たぶんないと思われる。

 正直、ろくでもない事件の一報と、苦いコーヒーによって無理矢理覚醒を促された頭が、元気いっぱいに活動しているかと問われれば、残念ながらそれはない。それでも、大島博士の話に破綻はないと、普段よりも低速に回転する頭で結論を出す。

 だがこれだけでは、“爆弾は銀行の貸金庫の中にある”と断言した根拠には、まだ届いていない。

 少々焦れ始めた空気が漂う中で、大島博士は徐に口を開いた。

『さて次に、犯人がいかにして爆弾を爆発させるかということだが、考えられる手段として、今日の営業時間中に爆弾を銀行内に持ち込み、13時丁度に爆破させる―――か、予め設置しておいた爆弾を13時丁度に時限式、もしくはリモート操作で爆破させる―――か、となるのだが、まず今日の営業時間中に持ち込むという方法は、とてもじゃないがお薦めできない。それこそ現実的ではないだろう。これに関しての説明は必要かね?』

 そう問いかけてくる大島博士に、俺は『いらねぇな』と内心で返す。

 こんな予告をもらった銀行が、素知らぬ顔で通常営業をするわけがない。つまり当日に爆弾を持ち込むことは不可能に近い。ならば答えは一択――――――――

『――――――そう、爆弾はすでに銀行内にある。しっかり稼働中でね。ではここで、簡単な消去法だ。善良な利用者を装いながら堂々と入ることができ、されど銀行員や清掃員の手は届かず、たとえ捜査の手が入ったとしても、利用者のプライバシーがギリギリまで優先される場所。それは一体どこか……』

 問われるまでもない、その答えこそが“貸金庫”となるのだろう。

 とはいえだ。この大島博士の推理に疑問がないわけじゃない。だからこそ爆弾処理専門チームリーダー、赤松 豪が噛みついた。

『博士が求める答えはわかる。だが何故そう言い切れる?そもそも貸金庫は、おいそれとは借りられない。銀行に口座があり、尚且つ事前審査を受け、名義人本人であると証明できた者だけだ。違うか!』

 これに噛みつき返したのが、大島博士―――――ではなく、デジタル処理専門チームリーダー、上指巧実だった。

『爆専リーダーの頭は未だ熟睡中ようだな。この犯人は海外のサーバーをいくつも経由して爆破予告を書き込んでいる。そんな奴が偽造証明書類を用意できないと思うのか?しかもこの世にはお誂え向きに、名義貸しなんていう商売まである。つまり、ちょっとの手間と金さえかければ、いくらでも貸金庫は借りられるってことだ。いい加減、その小さな脳みそを動かせ!』

『だからって何故貸金庫だと言い切れる!金目的ではないとすればそれは怨恨だ!犯人が元銀行員って線だけでなく、現銀行員だという線もある!それに、昨日の営業時間内に利用者を装い、ロビーに仕掛けることも十分に可能だったはずだ!捜索はあらゆる可能性を考えて広域的に行うべきだと思うが、どうだ!』 

『広域的に捜索だと?ふざけたことを抜かすな!いいか?銀行が我々に依頼した目的は内密に事を済ませたいからだ!広域的に捜索なんかしてみろ。世間に爆弾を探してますと公表しているようなものだ!だいたい元だろうが現だろうが、ただの銀行員にサイバーテロや、爆破テロ並みの技術があるとは思えん!そもそも、昨日の内に不審物がロビーに置かれていれば気づく!銀行のセキュリティを舐めるなよ!この、馬鹿がッ!』

『馬鹿とはなんだ!馬鹿と言った奴が馬鹿だと知らんのか!』

『馬鹿に馬鹿である事実を教えてやっただけだ!感謝しろ、馬鹿!』

『はぁぁぁぁぁぁっ⁉』

『あぁぁぁぁぁぁっ⁉』

 お察しの通り、赤松と上指は犬猿の仲だ。元々の性格が合わないのもあるが、赤松が第一派閥で、上指が第二派閥であることもその一因となっている。だから、二人が揃うとかなりの確率でこうなることは会議前からわかっていた。

 それでもだ。寝起きの頭にこいつらの声はやたらと響く。

 その太い指でよく爆弾解体などという繊細な作業ができるな、と感心すら覚えるほどの体格のいいバグ顔の赤松と、見た目は線の細いインテリ風ではあるが、口を開けばただの毒舌なメガネザル(メガネをかけているだけだが)となる上指。

 まじでワンワンキッキッとうるさい。

 大島博士が二人の間に割り込み、なんとか話を続けようとしているが、傍目には喧嘩の仲裁に入りきれず、おろおろしているだけの気の弱いおっさんだ。

 無関心派(第三派閥)の筆頭であるウチのボスはというと、一人優雅にコーヒーを飲んでいる。どうやら馬耳東風を決め込むらしい。ってか、あんたなんで会議に参加してんだ。

 隣に座るバディの風吹に視線を向ければ、さあ、狂犬くん出番ですよ、ってな具合に笑みを返してくる。化学分析班の植田直美もまた然りだ。

 大島博士もわかったら、泣きそうな顔でこっちを見てくんな。頼むから。

 だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~クソッ!どいつもこいつも!


『お前らうるせぇ!犬と猿の喧嘩なら他所でやれッ!じゃねぇと、その口塞ぐぞ!』


 こうして俺は寝起き早々、犬と猿の喧嘩を止めるという無駄な体力を使った。

 

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