(3)

『じゃあまずは、ご希望通り地獄行きのニュースからだけど……』

 言い方ッ!とは思ったが、こいつにそれを求めても無駄なことは、バディを組んだ初日から知っている。

 なのでここは、その先の話を聞くことを優先させる。人間、時に妥協も必要だ。

『キョウが持ってるソレだけど、俺たちが送った写メで植田姉さんが見立てた通り、ちょっとした衝撃にも反応するタイプらしい。化学分析班班長、大島博士の太鼓判付きだから間違いないよ。つまりうっかり車に乗せて走らせていたら、キョウは今頃地獄の何丁目だかにある灼熱地獄を歩いていたってことだね』

 いや、今も絶賛この世の灼熱地獄を歩いているけどな。なんなら早歩きで――――――などと内心で返しながら、やっぱ、一筋縄ではいかねぇ代物か……と、手中のスポーツバッグへと目をやる。

『詳しいことはソレを本部に持ち帰ってからになるけどさ、おそらく見た目の形状やらなんやらかんやらで、超小型気化爆弾だろうって……』

「つまり?」

『ど素人レベルの愉快犯や爆弾魔では到底無理なレベル?組織絡みのプロの犯行ってことだよ。そしてこの爆弾を仕掛けた犯人は、組織にとったらトカゲのしっぽくんってところかな。おそらく爆破後に消される』

「なるほどねぇ……」

 そう答えながらも、背筋に冷たいものが走る。もちろん今かいている汗とは別の種類のものだ。確かに一刻も早く涼まりたいという気持ちはあったが、望むのはこういう涼まり方ではない。これでは完全に真夏の夜に聞く怪談話状態だ。

『ちなみにその気化爆弾ってやつが曲者でさ、という現象を引き起こして爆破させるんだけどね………加圧容器の中に気化しやすい液体が気液平衡状態――――――簡単に言うと、気体化しようとする力と、液状化しようとする力がいい感じで釣り合ってる状態のことで、その状態のままなら問題はないらしいんだけど、信管が作動するなりして、少しでもその均衡状態が破られてしまうと、液体はいきなり沸点を超え気化して爆発するって寸法らしい。そうなると強力な衝撃波だけでなく、爆心地周辺は無酸素状態となり、近辺にいた人間は窒息死……ってことにもなりかねないそうだ。ま、今爆発したらキョウの死因は間違いなく窒息死ではなく、爆死だろうけどね』

「だろうな。この俺がその爆心地なだけに、窒息する前に木っ端だ。で、こいつの威力は?」  

『軍事兵器としても使われくらいの代物らしいけど、そこにあるのは一応小型だからね、大島博士の推測によると、せいぜい半径四、五十メートルってところだろう……ってさ。まぁそれでも、キョウの死亡だけは確定なんだけどね、ほんとご愁傷様なことで』

「そりゃどうも。で、俺のお迎えはいつ来るんだ?」

『地獄からの?』

「なんで地獄からなんだ!そこはせめて天国からにしろよ……って、そうじゃなく!」

『はいはい。キョウが図々しくも天国に行こうとしているのは、この際目を瞑るとして――――ウチの爆弾処理専門チームの事かな?』

「図々しいとか言うな!ってか、それだよ!」

『あぁ、それね…………うん、ちょっとそちらのお迎えは無理みたいだよ』

 どちらのお迎えなら可能なんだという言葉を呑み込み「なんでだッ⁉」と返す。

『ん?皆、犯人が仕掛けた囮に踊らされちゃったから?お馬鹿丸出しで』

「…………………………まじか」

『まじだ。だから、そのまま歩いて本部まで戻る方が断然早いと思うよ。時間的余裕もまだあるしさ』

「…………………………まじか」

『うん、まじだ』

 バディからの容赦ない即答に、だからデカい組織ってヤツは嫌なんだ――――――と、思わず雲一つない天を仰ぐ。

 第三機関特務機動捜査隊は半官半民であるゆえに、第一機関である公である国との強いパイプラインを持つ第一派閥と、第二機関である民間側と強固に結びついている第二派閥が存在し、何かしらと火種を見つけては小競り合いを繰り返している。ちなみに機動捜査班と化学分析班は現場第一主義の人間ばかりなため、お前ら好きにやってろと無関心派(俗に第三派閥とも呼ばれているが)を決め込んでいる者が多い。そういう俺もその一人だ。

 だがこの派閥争い、内輪で勝手に揉めている分にはいいが、とかく任務に支障をきたしがちなのだ。

 やれ利権がどうのこうのとか、やれ縄張りがどうのこうのとか、俺たちは何のために公と民の良いとこ取りをした第三機関なんだと声を大にして言ってやりたい。

 そんなに利権やら縄張りやらが大事なら、ここを辞めてお金大好き自分大事の駄犬でもやってろ!と真剣に思う。

 そして今回、どうやらバディの話によると、第一派閥側に属する爆弾処理専門チームは手前勝手に動いた結果、犯人が仕掛けたトラップ――――――つまり囮の偽爆弾に振り回され、俺の迎えは無理とのことらしい。

 いや、うん………なんとなくだが、わかっていた。作戦会議時の一騒動をみれば、こうなるんじゃないかという想像はしていた。そう、想像はしていたのだが、実際にそうなると、沸々した怒りが込み上げてくる。この爆弾が気化爆発する前に、俺の方がまず気化爆発しそうだ。というか、させてくれ!


「第一だか第二だか知らねぇが、まずはお前らが雁首揃えて地獄に落ちやがれッ‼クソッたれが‼」 

 

 

 

 爆破予告が書き込まれたのは深夜零時丁度。ウチに銀行からその依頼が持ち込まれたのは深夜二時を回ったところだった。

 そこから俺たちが緊急呼び出しを受け、ようやく作戦会議となったのが深夜三時。

 そして、苦いコーヒーを強引に身体に流し込み、覚醒しきれない頭に事件の概要を叩き込み終わったのが深夜三時十分。そこからようやく爆弾の在処についての話し合いが始まったのだが、ここで一騒動が起きる。所謂、意見の相違ってやつだ。

 その発端となったのが、この爆弾発言――――――――――

 開口一番、化学分析班班長――――――大島博士こと、大島飛雁ひがんはとても今が深夜で、ましてや凶悪な事件について話し合っているとは思えないほどの柔和な表情と穏やかな口調で断言した。


『爆弾は銀行の貸金庫の中でしょう』

 

 ―――――――――と。

 さらには『これはごく簡単な推理ですよ』とも言い添えた。

 しかしだ。この時点での手がかりといえば、あの曖昧な爆破予告だけ。なのにこの断言。俄かに信じられるものではない。

 だがこの大島飛雁、見かけは四十代後半のひょろっとしたおっさんで、年相応の皺とやや下がった目尻ゆえに、将来は間違いなく好々爺の道一直線だな……という温和な雰囲気を醸し出してはいるが、実際は知る人ぞ知る頭脳明晰のかなりの切れ者だ。そして超優秀な科学者であり、数学者でもある。だからこそ、その断言に皆一様に驚きつつも、その簡単な推理とやらに一先ずは黙って耳を傾けることにした。


 

 

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