(2)

“本日13時、銀行を爆破する。これは金目的ではない。お前たちに回避する道はない”


 それはとても曖昧な爆破予告だった。しかも届いた先は爆破される銀行の建物そのものへではなく、その銀行のホームページ上にあるお問い合わせフォーム。用意周到なことにいくつもの海外サーバーを経由し、完全に足跡を消した状態での書き込み。そしてそれが書き込まれた時刻は日本時間で深夜零時丁度だった。

 つまり犯人の言う“本日”とは日付が変わった瞬間の今日。ただこの銀行には本社ビルも含めて、支店が日本全国に約450ヶ所、さらに海外も含めると約470ヶ所ある。

 さすがに本社ビルを含めたすべての支店を爆破するとは思えなかったが、だからといってどこを爆破するつもりなのか、それが1ヶ所で留まるのか、まったく読めない状況だった。

 そんな状況下で銀行が助けを求めたのが、公僕である警察ではなく第三機関特務機動捜査隊――――通称サードと呼ばれる、お金さえいただけたら、なんだってやります、のだ。

 何故そんなウチに、白羽の矢が立ったのか――――――――――


『んなもの決まってるじゃない。警察に通報したらまず今日の営業は全店がアウト。さらには我が物顔で刑事たちに立ち入られ、あれよあれよと中の人間は締め出しを食らい、大掛かりな捜査の始まり始まりぃ〜ってなるわけ。そもそも犯人が、金目的じゃないってはっきり言っちゃってる以上、銀行への怨恨の線が濃厚。そうなってくると、懲戒解雇になった元社員とか、融資を受けたはいいけど利息が払えなくなって倒産した小中企業とか、痛くもない腹を探られる人もわんさか出てくる上に、顧客名簿から収支報告書に至るまで、ぜ~んぶ事細かに調べられちゃうのよ。もしかしたらこの予告自体、単なる悪戯の可能性だって往々にしてあるのに、銀行にしてみれば踏んだり蹴ったりの泣きっ面に蜂状態。何一つ取ってもいいことがないわね。まったくもってお気の毒なことに。でもその点ウチなら、金さえ積めば、ある程度の融通を利かせてくれる――――というより、ウチにはそこまでの捜査権と執行権はないから、犯人と爆弾探しだけに終始せざるを得ない。さらに運よくウチが犯人を確保できた暁には、ご丁寧にもその犯人から埃を目一杯叩き出して、警察にも引き渡してくれるのよ。そうなれば銀行は必要以上に警察から探られることもないし、面目だって保てる。願ったり叶ったりのめでたしめでたしってわけ。狂犬くん、おわかり?』


 ―――――――というのが、ウチの化学分析班主任、植田直美の見解だ。

 思わず反射で『うるせぇ!わかってるッ!』と作戦会議中に怒鳴り返してしまったが、俺もどうせそんなところだろうな……とは漠然と思っていた。見栄でもなく、知ったかぶりでもなく、まじ真剣に。

 だいたい大枚を叩いてウチに頼む理由なんて、銀行としての裏事情しかないのは火を見るよりも明らかだ。

 まぁそのおかげで、俺たちはおまんまの食い上げにならずに済んでいるわけだから、感謝こそすれだけどな。

 しかしだ。依頼を承ったはいいが、予告内容が曖昧過ぎる。これで犯人と爆弾を探せというのはあまりに酷な話だ。

 そのため普通なら、「愉快犯だか爆破魔だか知らねぇが、今度からはいつどこの何々支店のどの辺りに爆弾を仕掛けるのか事細かに書け!」と、盛大に文句をつけるところなのだが、サードを――――この俺たちを舐めてもらっちゃ困る。

 こう見えて俺たちは優秀なのだ。

 決して日頃の行いだとか、強運だとか、そういう神がかり的なものではなく、単純な推理と消去法で、俺たちはいとも簡単に爆弾を見つけ出した。

 そう、言わずと知れた手中の爆弾がそれだ。

 犯人はまだだが、それも近々ご対面の運びとなるだろう。

 ま、これに関して言えば、俺の勘だけどな…………

 ちなみに現在の時刻は午前11時28分。爆破予告時間までまだまだたっぷりと時間がある。これが映画やドラマであるならば、時間ギリギリの危機一髪で、主人公が手に汗握りながら導線の一本を切って解除………ってなことになるんだろうが、現実は地味〜にクソ暑くて、疲れるだけだ。

 時間的余裕がある中で、爆弾を手に炎天下の街中をひたすら早歩き。

 ポイントは揺らさず、落とさず、ただただ平行移動を心掛けること。手に汗どころか、茹だるような暑さのせいで、全身汗だくとなり格好いい要素など欠片も見当たらない。

 そうだな……ちょっと言わせてもらうなら――――――

 格好良さとスリルを求めるなら、映画館か本屋に行け!

 リアルでそれを求めるな!

 泥臭さ上等!汗臭さ上等だ!

 ―――――――――――――となる。

 とはいえだ。いくら単純な推理と消去法とはいえ、あんな曖昧な爆破予告からあっさりと爆弾の在り処を特定し、その爆弾を手に何故俺は絶賛早歩き中なのか――――という話になるわけだが…………


「うおぉっ!」

 

 腕時計が着信を告げ、突然ブルったことに思わず声が出た。

 現在、揺らさず、落とさず、早歩きで平行移動しているこの俺に誰だ⁉と思えば、俺のバディ――――つまりは、サードの機動捜査班での俺の相棒である風吹礼司からだ。

 あいつ、俺を殺す気か!……と、苛立ったが、電話に出ないという選択肢はない。しかし生憎今の俺は、物理的に手が離せない状態だ。

 そこで一旦足を止め、爆弾入りスポーツバックを手にしたまま、器用にも顎で腕時計をタップした。

『キョウ、生きてる〜?』

 装着したワイヤレスイヤホンから聞こえてきたのは、バディのお気楽な声。俺は早歩きを再開しながら、今すぐ切ってやろうかと考える。が、また顎でタップするのは面倒だという理由だけでギリ思い留まる。それでも開口一番の悪態だけは思い留まらなかったが…………

「生きとるわッ!たった今、お前に殺されかけたけどな!で、何だ⁉」 

『これはまた随分とご機嫌斜めだなぁ』

「あのなぁ、を持たされて、ご機嫌でいられる奴がいたら逆にお目にかかってみたいわ!てか、今すぐここに連れてこい!有り難くもを進呈してやる!」

『はいはい、そんな奴がいたらね。ところでさ、いいニュースと悪いニュース、どちらを先に聞きたい?』

 この問いにもやっぱり聞きたくないという選択肢は、端からねぇんだろうなと思いつつ、無難に返す。

「それでは先ず、地獄に突き落とされてから、天国まで一気に引き上げてもらおうか」

『地獄から天国のコースね。りょ~かい!』

 バディの殊更明るい声に、俺はもう嫌な予感しかしなかった。

 

 

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