狂犬と博識ドール

星澄

1. 爆弾と幽霊屋敷

(1)

 狂犬――――――非常に狂暴である人間のたとえ。

 しかし、この狂犬はある少女の―――――優秀な番犬でもある




 “ 狂犬と博識ドール ”




『“桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿”って知らないの?』

 

 ピカピカの真っ赤なランドセルを背負ったガキに言われた。という俺も、その頃はピカピカの学生鞄を持ったガキではあったが………

 しかしこちとら中学一年生。相手はどう見ても小学一年生。だいたい二人が立つ場所が春爛漫の桜の木の下となれば、このガキは考えるまでもなく入学したてのほやほやだ。ま、俺もほやほやには違いないが………それでも中学生と小学生では大きな差がある。なのにこの言われよう。しかも、俺の手に握られているこの桜の枝は、確かに最後のトドメは俺だったかもしれないが、元はと言えば昨夜の豪雨で折れ、首の皮…………もとい、木の皮一枚でぷらぷらとぶら下がっていたものだ。それを物欲しそうに見上げているから、わざわざ取ってやったというのに、それはあんまりじゃねぇかと俺の腰ほどの身長しかないガキを見下ろした。

 だが次の瞬間、俺は驚きで目を瞠る。

 そのガキの――――――――少女の瞳がガラス玉のように澄んだ青色だったからだ。

 さらに、黄色い帽子から垂れた長い髪は、日陰では黒髪にも見えるのに、光に晒すと鳶色にも見えた。

 そして、こんなにも綺麗な女の子が世の中にはいるんだな…………と、俺は柄にもなく思った。

 だから、嬉しかったんだ。

『お兄ちゃんは桜を切るお馬鹿さんだけど、わたしが一番ほしいと思ったものをはじめてくれたとても優しいお馬鹿さんね。ありがとう、お兄ちゃん」

 “お馬鹿さん”の連呼はいただけなかったが、そう言って少女が幸せそうに笑ってくれたから…………

 そして、『この花はね、わたしと同じ名前なの』と、面映ゆそうに教えてくれたから…………

 だから俺はとても嬉しかったのに――――――――



 その桜は、俺の記憶は、この後―――――――真っ赤な鮮血に染まることになる。




 

  1. 爆弾と幽霊屋敷


「あっちぃ……クソッ!汗が目に染みるッ!」

 外気温三十九度。まさに夏だ。だから暑いのはわかっている。しかしだ。どこかのお偉いおっさんたちが地球温暖化現象なんて澄まし顔で唱えてやがるが、決して温暖化などという生易しいものなんかじゃない。これは人類滅亡の危機すら予感させるほどの暑さだ。とはいえ、この暑さへの怒りの矛先は、もちろんお偉いおっさんたちではないことくらいわかっている。さすがの俺も、いくら暑さで脳みそが沸いてきたとはいえ、そこまで理不尽でもない。

 ただ、今の俺の状況が異常すぎるがためのちょっとした八つ当たりだ。

 現在、俺こと――――響 剣也ひびき けんや(周りは俺のことを“狂犬”と呼ぶが、その主なる理由は響 剣也から“キョウケンナリ”だそうだ。ふざけんなッ!)は、真夏の炎天下の中を、まるでたっぷり茶の入った湯呑を乗せた盆でも持つかのように、草臥れたスポーツバックを両手で恭しく持ち、小走りに近い早歩きでガンガン街中を突き進んでいる。傍から見れば、スポーツバックを崇め奉りながら、早歩きしている変な奴だ。

 現に、こいつ暑さで完全にイカれたな、と誰もがそういう目で俺を見つめ、なんならささっと道を譲る。というか、あからさまに俺を避ける。普段なら多少傷つくところだが、今日に限っては非常に有難い。むしろどんどん俺から遠ざかってくれ、とさえ思う。

 なんせ俺が手にしているこのスポーツバックの中には、現在絶賛稼働中のリアル爆弾が入っているのだから。

 念の為に言っておくが、間違っても俺は爆弾魔ではない。だからといって、突然こんな非常識な厄介事に巻き込まれた善良な一般市民でもない。

 第三機関特務機動捜査隊、通称サードに所属しているれっきとした隊員だ。まぁ、Tシャツにジーパンという今の姿からはとても想像できないだろうが、すべてはこの暑さのせいだと勘弁してほしい。とはいっても、いつもはこの上に着古したジャケットを羽織っているだけなので、わざわざ言うほどの差はないのだが。

 ちなみに、そのいつも羽織っていたジャケットはあまりの暑さで脱ぎ捨てたため、今頃はどこかでゴミと化しているだろう。貴重なる一張羅だったが、これも全うすべき任務の前では已む無き犠牲だと早々に諦める。

 ところで、第三機関特務機動捜査隊とはなんぞや、という話だが――――――――

 簡単にいうと半官半民の犯罪捜査機関となる。つまり、第一機関である国家の治安や、社会の安定秩序を守るべき警察がぶっちゃけ匙を投げた難事件を、被害者の正当なる依頼とそれ相応のお金によって拾い上げ、見事解決へと導きもすれば―――――――第二機関である民間の捜査組織、所謂、興信所やら探偵事務所と呼ばれるところが、これまた法律の厚い壁に阻まれ匙を投げた事件を、依頼人の希望、もしくは第二機関からの依頼とそれなりの金額で請け負ったりもする。

 早い話、警察ほどの強い捜査権や逮捕権などは持っていないが、民間に比べればそれなりの捜査権とある程度の執行権を有し、現在多岐多様化した犯罪へと対応するために今から十年程前に設立された新しい組織であり、依頼料という名のお金さえ頂ければ、警察やただの民間よりも、いい仕事をいたしますよ――――というのがウチの売りだ。

 そして今回の依頼は、とある銀行に届いた爆破予告の犯人探しと爆弾探しだったのだが、ご覧の通りその爆弾は現在進行形で俺の手中にあるわけで――――――――

 真夏の炎天下で稼働中の爆弾持ち。

 これはますます暑くなりそうだ…………

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