25:戦士・ミロシュ



 翌日、ぐーちゃんの背に乗ってジルヴァジオの自宅を訪れた。

 一晩おいて流石に自宅まで押しかけるのは――と一度冷静になったのだが、ぐーちゃんはすっかり行く気で今更やめようと言っても聞かず、昼前にはジルヴァジオの自宅がある森の入口までやってきていた。

 彼の家は人里離れた森の中に建っている。朽ちた大樹をくりぬいて家にしており、森の妖精でも住んでいそうなかわいらしい外見の家なのだ。

 もしジルヴァジオが家にいたらどうしよう、何を話そう。彼を前にしたら、私はこの気持ちと逃げることなく向き合うことができるだろうか――

 迷いなく森の中を進むぐーちゃんの背中を追いながら、一人ぐるぐると考える。もう少し時間が欲しいという私の願いも儚く、あっという間にジルヴァジオの自宅が見えてきた。

 家の前に人影が見えてドキリとする。しかし、すぐにその人影がジルヴァジオではないことに気が付いた。なぜなら家の前に立つ人物は、遠目に見ても目立つ、燃えるような赤い髪を持っていたからだ。

 その後ろ姿に、私は見覚えがあった。



(あれは……戦士ミロシュ・ノヴォサート?)



 戦士ミロシュ・ノヴォサート。彼はゲーム『勇者と七人の仲間』のメインキャラクターであり、この世界を救った英雄の一人だ。

 手数の多い前衛タイプで、一見すると魔法は使えないように思えるが、実は治癒魔法が得意な面を持つ。前衛とヒーラーを兼ねる万能キャラクターとしてプレイヤーからの好感度も高かった。

 口調は乱暴だが真っすぐな性格であるミロシュは、ジルヴァジオとそりが合わず事あるごとに喧嘩していた。ジルヴァジオが彼の反応を面白がって、こと執拗に揶揄うのだ。ミロシュもミロシュで無視すればいいものを、毎回律儀に食って掛かるものだから、ジルヴァジオはますます面白がる――という悪循環が出来上がっていた。

 そうそう、ジルヴァジオの芝居がかった言動を腹が立つと一蹴したのも、“いい性格”をしていると称したのも彼だ。



「ミロシュさん?」



 声をかける。すると赤髪の男性は振り返り、私の姿を見るなり目を見開いた。



「エスメラルダ!? どうしてお前がこんなとこにいるんだよ!」



 どうして、と問いかけられて一瞬言葉に詰まった。

 しかしそう言うミロシュこそどうしてここにいるのかと疑問に思い、逆に問いかける。



「えっと、とある理由でジルヴァジオを探しているんです。ミロシュさんもジルヴァジオに会いに?」


「ちげーよ! 旅してたときにあいつにられたモンを返してもらってねぇことに気づいてよ。手紙送っても返事がねぇから、わざわざ来てやったんだ」



 ミロシュの言葉に、ジルヴァジオはよく彼の装備品を拝借し、慌てふためく様子を見て面白がっていたこと思い出す。ミロシュが取りに来た“られたモン”も、拝借されたことにミロシュが気づかず、気分屋のジルヴァジオも拝借したことをすっかり忘れてしまったのだろう。

 最近はジルヴァジオの良い面ばかり見えていたが、こういった厄介な面も持ち合わせているのだったと思い出した。

 内心ミロシュのことを気の毒に思っていたら、彼が拳で乱暴に扉を叩いたので、驚いて数歩後ずさる。



「にしても、長いこと留守にしてんのかぁ? 手紙が溢れちまってるじゃねぇーか」



 げし、と扉の傍らに立つポストを軽く蹴り上げるミロシュに、私の家で暮らしていたからです、とは言えなかった。

 ジルヴァジオは留守のようだ。かくれ場所に自宅を選ぶのは芸がなさすぎただろうか。

 とにかくいないと分かった以上、この場に長居するつもりはない。落胆する己の心を自覚しつつ、さてこれからどうしよう、と気持ちを切り替えたのだが。



「扉突き破って入るか」


「えぇ!」



 不穏なことをのたまったミロシュに、驚きの声を上げてしまった。

 扉を睨みつけるミロシュの燃えるような赤の瞳は据わっている。気づかないうちに彼の怒りのボルテージは高まりきっていたらしい。



「出直すのもめんどくせぇ」



 肩をぐるぐると回しだすミロシュ。幾多の魔物を砕いてきた彼の拳であれば鍵のかかった扉の一枚や二枚破ることぐらい簡単だろうが、いくら共に旅をした仲間同士と言えど不法侵入は犯罪だ。

 押さえつけようとしたところで、私が力で敵うはずもない。どうにかミロシュを止める術はないかとあたりを見渡し、



「ワフ、ワフ」



 ふと、ぐーちゃんが私を呼ぶように鳴いていることに気が付いた。

 ぐーちゃんは家の近くに置かれているプランターを鼻先で器用に転がしている。そこに何かあるらしかった。



「どうしたの? ここ?」



 駆け寄りプランターを手に取る。そして裏返すと、底にきらりと光る鍵を見つけた。

 もしかすると、この鍵は。



「あっ、これって合鍵!? ……でも、使って良いの?」



 鍵を手にしてぐーちゃんを見やれば、大丈夫と言うように頷く。

 使い魔の許可が得られたとはいえ、勝手に合鍵を使ってよいのだろうか。ただ扉を突き破らないだけで不法侵入には変わりない。器物破損罪が無くなるだけだ。

 しかし今にも扉を破ろうと振りかぶったミロシュを止めないわけにもいかず、私は「合鍵がありましたよ!」と声を上げた。

 動きを止めたミロシュに合鍵を手渡す。するとすぐさま彼は扉の前にしゃがみ込んだ。仲間の家に不法侵入することに躊躇う様子は一切ない。

 ミロシュが扉を開けている間、その後ろで待機している私にぐーちゃんがすり寄ってきた。あなたが知らせてくれたおかげだとその毛並みを撫でて――あれ、と思う。



(ぐーちゃんって鳴けたんだ)



 今日まで一度も鳴いたことはなく、だから使い魔に声帯はないのだと思い込んでいた。それはどうやら間違いだったらしい。利口な子だから、鳴き声をあげることを迷惑だと思っていたのか――

 不意にかちゃり、と鍵の開いた音がする。視線をそちらにやれば、ミロシュがゆっくりとドアノブに手をかけたところだった。

 きぃ、と軋むような音を立てて木製の扉が開く。中は真っ暗だ。やはりジルヴァジオは留守らしい。

 恐る恐るといった様子で薄暗い家の中へ足を踏み入れるミロシュの背中を追った。



「埃くせぇ。ったく……」



 鼓膜を揺らしたミロシュのぼやきに内心同意する。しばらく留守にしていて掃除がされていないせいか、一歩歩くごとにあたりを埃がまって、鼻がむずむずした。

 家の中は魔導書で埋まっていた。足の踏み場もほとんどない。森の奥に建てられているせいで電気をつけたところで日の光が差してこないため仄暗く、体中にまとわりつくような湿気が不快だった。

 ミロシュが近くにあった机の上を物色し始める。探し物を始めたらしい。



「お手伝いします。何を探しているのですか?」


「ネックレスだ。おもちゃの指輪が通してある」


「おもちゃの指輪?」


「デカくて安っぽい、偽モンの赤い宝石がついてる」



 着飾ることに全く頓着しない戦士ミロシュが、なぜおもちゃの指輪を持っているのだろうと疑問に思い、彼が大切にしている年の離れた妹の存在に辿り着いた。

 もしかすると妹さんからのプレゼントなのかもしれない。そう考えると、返してもらうためにわざわざ嫌いなジルヴァジオの家まで押しかけてきたことにも納得する。

 私はその場に座りこみ、散らかった魔導書を積み上げながらネックレスが床に落ちていないか探し始めた。


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