12:ワルツの練習
ジルヴァジオが参加する舞踏会まであと三時間。
ワルツを踊ったことがない彼に指導するため、さっそく客間でホールドを組み、既に薄れてきている記憶からワルツステップを必死に思い出しているのだが。
「確か……こんな感じだったような」
一年以上昔、受験用にと数時間習っただけの付け焼き刃の知識ではどうもぎこちなくなってしまう。
間違ってはいないはずだ。しかし全くの初心者とほぼ初心者が組んでいるせいか、はたまた身長差がありすぎるせいか、軽やかなステップを踏むことができない。
初心者とはいえ自分たちのワルツの出来が随分と悪いことを察したのか、ジルヴァジオはこれ見よがしにため息をつく。
「教わっている身でこんなことを言うのは憚られるが、随分と頼りない足取りだね」
「一年以上前に受験対策で数時間習ったきりなので」
「……それで僕に教えようとしたのか。案外図太いところがあるよな、君」
旋毛のあたりにジルヴァジオの視線を感じたが、私はワルツステップを確認するため足元に意識が行っていて、彼の表情を見ることはできなかった。珍しく呆れたような口調だったので、どんな表情をしていたか一瞬でも見るべきだったかもしれない。
合っているかどうか疑わしいステップでも、一時間同じことを繰り返していればそれなりに小慣れてくる。ジルヴァジオも運動神経がいいだけあって、徐々にそれらしくなってきた。
「あぁでも、なんとなく分かったような気がする。ほら!」
ジルヴァジオが軽やかにリードする。
「あ、それっぽいですね!」
見上げれば、ジルヴァジオはずいぶんと楽しそうな表情をしていた。あれだけ誕生日パーティーに参加することに対して文句を言っていたのに、と内心思ったものの、下手につついて機嫌を損ねては面倒だと思い口を噤む。どうであれ、楽しんでくれているなら良いことだ。
ジルヴァジオは確かめるように足元を見ながら何度かステップを踏んで、手ごたえを感じたのか私の目を見て頷いた。
「うん、なんとかなりそうだ。それ!」
今度はかなり強い力でリードされる――というより、振り回される。片足が浮いて、バランスを崩しかけたところをぐいと引き寄せられ、浮いた片足が先ほどとは全く違う場所に着地した。
それを繰り返し、ジルヴァジオのリードで客間を縦横無尽に二人で移動する。その最中、私のドレスの裾がどこにも引っかからなかったのは偶然なのか、ジルヴァジオの技術によるものなのか。
「ちょ、ちょっと、振り回さないで――きゃあ!?」
とうとうその場でぐるんと一回転。どうやらジルヴァジオは上機嫌だと人を振り回したくなるらしい。先日“恋人同士のハグ”をしたときも同じように振り回された。
しかしハグと違って、ワルツのホールドはお互いの体が密着していない。つまりこの状態で振り回されると、先日よりも体勢がかなり不安定になり怖いのだ。
恐怖に引きつる私の顔を見て、ジルヴァジオは心配するどころか腹の底から笑った。
「あっはっは! 君のそんな焦った顔は初めて見た!」
「そりゃ焦ります!」
ジルヴァジオを睨みつける。しかし睨んだところで彼の暴走を止められるはずもなく。
「ほぅら!」
「ぎゃっ!」
味を占めたのか、ジルヴァジオはその後も私を振り回したり抱き上げたりと好き勝手ステップを踏む。余裕なく汚い声で叫ぶと、彼はくしゃりと顔をしわくちゃにして笑った。
その笑顔は今までに見たジルヴァジオの笑顔の中で一番弾けていて。人を振り回して心の底から楽しそうにするなんて、かつての仲間の言葉を借りるなら、変人魔術師殿はつくづく“いい性格”をしている。
「すごい声だな!」
――良いのか悪いのか、数分もすれば振り回されることに慣れてきた。もっと正確に言えば、ジルヴァジオ独自のワルツステップもどきの法則を掴むことができた。
いち、にい、さん。いち、にい、さん。リズムは正確、二歩目までは歩幅は小さく、三歩目で一気に大股になり、体の向きを勢いよく変える。
法則さえ分かってしまえばついていくことはそう難しくはない。彼と同じタイミングで片足を軸にし、反動をつけてぐるんと回れば、
「おお、慣れてきたね!」
ジルヴァジオは目を輝かせた。
なんだかだんだん私も楽しくなってきて、気づけば声を上げて笑っていた。息があって綺麗にターンできたときも、タイミングがずれて体がぶつかってしまったときも、ジルヴァジオの足を思い切り踏んでしまったときも、私たちは顔を見合わせて笑った。
――こうしてみっちり二時間とちょっと。正直練習になっていたかは不安だが、私とジルヴァジオはワルツもどきを楽しんだのだった。
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