10:丸二日間の馬車の旅



 ジルヴァジオに舞い込んできたお見合い話を断るべく、馬車を乗り継いで街・ラウントリーへ向かう。既に半日以上馬車に揺られているのだが、どうやら街までは丸二日ほどかかるらしい。

 既にお尻が痛くなってきた私は、ぼやくように前世からの疑問を口にした。



「不思議ですよね」


「何がだい?」


「魔法を応用すれば、もっと便利な移動手段を発明できるはずだと思うんです。それなのに、馬車で……」



 ゲーム内に瞬間移動の魔法は存在しており、一度訪れた街には瞬時に移動することができた。しかしそれ以外の移動手段といえば、ゲーム内でも今世でももっぱら馬車だ。剣と魔法のファンタジーの世界観に近代的な車は似合わないとはいえ、最近ようやく都市と都市を結ぶ汽車が出てきた程度の発展具合なのはどうかと思う。

 それにせっかく魔法があるのだから、移動魔法テレポートの魔法を応用してもっと便利な移動方法を生み出せるのでは、なんて素人からしてみれば思うのだけれど――



「人間は案外不便を好むのさ」



 ジルヴァジオは肩を竦めた。穏やかな表情だった。



「そういうものでしょうか」


「僕は好きだけれどね、馬車。この揺れが心地よい眠りに誘ってくれる」



 そう言う彼の口調はいつもより緩やかで、もしかすると今まさに眠りに誘われている最中なのかもしれない、と横を見る。しかし予想外にも、しっかりと開かれたグリーンの瞳と視線が絡んだ。

 数秒見つめ合う。ジルヴァジオはきゅ、と眩しさに目を細めるように笑った。そして、



「それに、馬車に乗っている間は君と二人きりだからね。長い方が嬉しい」



 ――突然放り込まれた爆弾に、私は反応することができなかった。

 まさかジルヴァジオが睦言のような甘い言葉を囁いてくるとは思ってもみなくて、しかし存外様になっていて、どう反応するべきか分からずフリーズしてしまう。

 喜ぶべき? 突っ込むべき? 微笑で流すべき? どの選択が正解なのか分からない。

 すっかり固まった私を見て、ジルヴァジオは「ふむ」と考え込むように顎をさすった。



「今のは若い女性の間で大流行している『王子と小娘』から引用した台詞だったのだが、君にはあまり響いていないようだ」



 ――なぜだろう、先ほどの睦言が彼の考えだしたものではなかったことに私は安心した。納得した、といった方が正しいかもしれない。失礼ながら、ジルヴァジオの脳が先ほどの甘い言葉を生み出せるとは思えなかったからだ。

 驚きで停止していた脳が動き出す。そして彼の言葉の中に一つの違和感を見つけた。

 ジルヴァジオが参考にしたロマンス小説のタイトルは、私も読んだことこそないものの、耳にしたことはある。王子様がお忍びで訪れた小さな村でとある少女と運命の出会いを果たし、二人で様々な試練を乗り越えていく恋愛物語ラブストーリー。そのタイトルは確か。



「王子と小娘ではなく、王子と“少女”ではありませんか?」


「あれ、そうだったかな。まぁどちらでもいいさ」



 ジルヴァジオはそう言ったきり、興味を失くしたのか黙り込んでしまった。

 それにしても突然あんなことを言い出すものだから驚いた。普段の言動を知っている身からすると彼に甘い言葉は似合わないと思ってしまいがちだが、端正な顔立ちをしているためか、まるで小説のワンシーンのようなハマり具合だった。普段とのギャップも相まって、かなり動揺してしまった自覚がある。

 落ち着きを取り戻した後、ふぅ、と小さなため息を一つついて、窓の外に視線を投げた。そして流れゆく景色を眺めながらぼうっとする。あぁ、まだまだ先は長い――



「言葉は拝借したけれど、さっき言ったことは本心だよ」


「え」



 不意に鼓膜を揺らした声に驚いて、慌てて窓の外にやっていた視線を左に向ける。

 私の隣に深く座っているジルヴァジオは長い睫毛を伏せ、穏やかな寝息まで立てていた。



(こ、この一瞬で寝た!?)



 体を揺すってわざわざ起こしてまでジルヴァジオの言葉の真意を確かめようとは思わなかった。しかし鼓膜に先ほどの言葉が蘇る。

 さっき言ったことは本心。さっき言ったこととは――二人きりでいられる馬車の時間は、長い方が嬉しい?

 慌てて頭を振る。危ない危ない。危うく誤解しそうになってしまった。きっとジルヴァジオの冗談だ。全く、冗談ならそうと分かりやすく言ってくれれば良いものを――

 そう自分に言い聞かせ、熱を持った頬には気づかない振りをした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る