第8話  再会

さすがに偶然を装うとなると、なかなか、聡は享子を見つけてはくれなかった。

そろそろ一週間が立とうとしている。

でも聡がいる談話室の前をわざわざ横切るような事はしたくなかった。

最もあまり時間がかかるようなら、それも仕方がないとも思っているが。


米山さんの退院が近づいてきた。

そろそろタイムリミットだった。

享子もあせって来ていた。

米山さんが退院してしまえば、この病院にいる意味がなくなってしまう。

聡と自然な再会が出来なくなる。

どうした物だろうと享子は病院の裏庭のベンチに座って、ぼんやり考えていた。

その時享子の視界の片隅に人影が映った。

でもそれに享子は気づかなかった。

「あれーどうしたの」という驚いたような声が聞こえた。

そちらの方を向いた享子はその声の主より驚いた。

何があっても対応出来るつもりでいたが、不意を突かれると、やはりだめなんだと享子は思ったが、そのせいで、享子の驚きにはかなりのリアリティーがあった。

「なんであんたがここにいるのよ」驚きというよりは、狼狽に近い状態を、なんとか驚きの表情に変えて、言った。

「それはこっちの台詞だよ。君こそどうして」聡は明らかに喜んでいた。

「あたしは叔父さんがここに入院しているから、世話しに来ているだけよ。まあもうすぐ退院なんだけど」

「そうなんだ」と聡は自分の病気のことも忘れたかのように明るく声をはりあげた。

そんな姿は、気難しやで、友達の一人もいない聡のイメージとは真逆の物だった。

その頃になって、やっと享子は平静を取り戻した。

体調は良さそうだなと感じた享子は予定のリアクションに移る。

「今日はどうしたの随分明るいじゃない」

「何だよそれ」聡の顔が少し曇った。

享子はまずかったかなと思ったが、今更後には引けない。

「だって、この間は眉間にシワを寄せちゃってこーんな感じだったわよ」と言って享子は自分の眉間を指で押し上げてシワを作るまねをした。

「そうだったかな」

「でも明るくて、今私に声を掛けてきたあなたの方が十倍素敵だわ」そう言うと享子は楽しそうに微笑んだ。



二人は病院の談話室で自動販売機のカップのコーヒーを買うと長椅子に座った。

「おお、亨子ちゃん、彼氏かい」談話室の前を取りかかった中村さんが享子に声を掛けてきた。

しめたと享子は思った。

中村、グッジョブと享子は心の中で叫んだ。

享子がこの病院にいる事のリアリティーが出てくる。

「そんなんじゃないですよ」

「だれ、世話しに来ている叔父さん?」

「うん、うん、叔父さんの隣のベッドにいる人」

「米山さんは、知っているの」中村さんが興味本位で聞いてくる。

「いえ。叔父さんには黙っておいてくださいね」

「イヤーそれは」

「もし言ったら。絶交です」

「はーい、わかりました」と言って中村さんはそそくさと病室に退散していった。


「でも電話番号聞かないとまた会えるって言っていただろう、あんなこと全然信じていなかったけれど本当だったんだな、びっくりしたよ」

「イヤ、私の方がびっくりしたわよ。そもそも、でまかせを言っただけだし」

「そうなのかよ、信じて損した」享子のびっくりは本当の事だった。

予定外の出来事だが、自然な形で聡から声を掛けられたのは良かった。

「ところであなたのところは誰が入院しているの。まさかご両親のどちらか」享子は心配そうに訊ねた。

「俺」

「うそ、だって普通の服着ているじゃない」

「たまたまだよ」

「何、どこが悪いの、頭とかつまんないこと言わないでよ」

全てを知っていているのに、あたかも何も知らないふりをして的外れな冗談を言う。

こういう一つ一つが享子の心に負担を掛けて行く。

「そっちの方もついでに直してもらおうかな」聡が笑いながら言う。

享子の持っている中倉聡のデーターでは、こういう反応を示さないはずだった。

こういう時はムッとするか聞こえないふりをして無視するか、どちらかだった。

明らかに聡の中で何かが変わってきたようだった。

「ちょっと長くかかりそうなんだ」とそのときになって聡の顔から笑みが消えた。

その時、享子の顔からも笑みが消え、心配そうな表情が現れる。

でも次の瞬間意を決したように。

「病室はどこよ、お見舞いに行ってあげるから。享子が見舞うとみんなすーぐ良くなるんだから」

「そうなのか」

「そうだよ。だって叔父さんだってもう退院だから」

「じゃあ、頼もうかな」と笑顔で返したはずなのに、すぐに聡の顔は曇った。


実際予定外の事はあったが結果的には一番うまく行っている。

偶然の出会い、自然な再会を果たした。

ここまでは準備段階だ、これからが本領発揮と言うことになる。


白血病。

これが聡の病気だった。


白血病というのは骨髄の病気なので、骨髄を移植することによりほぼ完治することが出来る。

ただこの骨髄というのがくせ者で何通りもの複合のため自分と同じ型の人問というのが滅多にいない。

父と母が合わさるため、親子でも違う、比較的合いそうなのは兄弟だが、そこがだめだと絶望的だった。

まして聡は一人っ子だ。

万単位の型があると、なんとかなるらしいので、骨髄バンクなる物が出来たが、まだまだ出来たばかりで、さほど集まっていない。

本格的に稼働するのは何年も先のことで全く間に合わない。

今、聡は緩和ケアーの状態になりつつある。

知り合いに闇雲の検査をお願いして、合う型にたどり着くなんて宝くじに当たるような物だ。

また聡が人の世話になりたくないという考えで、もうなにも出来ない。

そんな両親はそれでも聡のことがかわいくて、なんとかしてあげたい、と思い最後の恋人をあてがう事になった。


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