第6話  米山さん

中倉聡が入院したのは郊外にある大学病院だった。

郊外といってもさほど田舎にあるという事ではないのに、恐ろしく交通の便が悪いところだった。

それでも便が悪いだけあって、これでもかという大きさの病院だった。

享子は米山さんと言うおじさんを訪ねる。

城戸が頼んだ協力者の一人だった。

享子はこのおじさんの姪と言うことで、この病院の病棟に出入りする。

大部屋の表札には米山とある。

一番手前のベッドだが、そこのところを間違うと回りの人から不審がられる、何しろ姪なのだから。

享子は中に入った。

はいって、すぐの左のベッドに頭のはげ上がったおじいさんが、あぐらをかいて座っている。

「おじさん、お加減はどお」享子はいかにも知っている人、という風におじさんに声を掛けた。

おじさんはびっくりしたように享子の顔を見つめた。

ヤバい

享子はぜったい話が通っていないだろうと思った。

でも次ぎの瞬間おじさんは戸惑いながらも口を開いた。

「ああ、なんか元気だよ」あまりに不自然だったので、仕方なく享子は対応する。

「やだ、おじさん忘れちゃった。享子よ。まあ無理もないか10年ぶりくらいだからね」

「あれ米山さんのお嬢さん?」隣にいたやはり頭の禿上がったおじさんが話しかけてくる。

「いや姪」

「そうだよね。全然似てないもん」

「あれ、おじさん、お父さんから聞いていない。お見舞いにいくって」

「あ、いやあんまりに久しぶりの上、もの凄いべっぴんさんになっていて驚いたよ」

「やだおじさん」今度は横のおじさんに顔を向ける。

「白井享子です。叔父がお世話になっています。ちょくちょく来る事になると思うのでよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ、中村と言います」と言って隣の中村と名乗ったおじさんは首だけで会釈をする。

「おじさん、ちょっと話があるんだけれど」

「ああ、じゃあ散歩でもしょうか」

「うん」と言って享子はおじさんを病室から連れ出した。


中庭を歩きながら、確かにこのおじさんは糖尿病と言うにはあまりに典型的な体型をしていると享子は思った。

享子は自己紹介をした。

そしておじさんに自分の事を言う。

とはいえお互いにデーターとして知っているので、あまり初対面と言う感じはしない。

「さっきはどうしたんですか。叔父さんって入っていったのに、なんの事だって顔をして」

「君があまりに美人だったんで驚いたんだよ。こう言ってはなんだけれど、もう少し普通の子が来るのかと思ったから。

「そんなこと」仕事で来ているので、そこを褒められてもという感じではある。

「で私は、どうすればいい。何か気をつけることは?」

「自然で良いです。変に普段しない何かをすると、そこからボロがでることがありますから。出来るだけ用を言いつけてもらってかまいません。その方が動きやすいので」

「分りました、君の仕事のことはよく分らないけれど、人助けと言うことなので出来る限りの協力をします」

「ありがとうございます」享子は人助けと言うにはおこがましいなと思った。


次の日から享子は病院にちょくちょく顔を出すようになった。

まずは聡に自分のことを見つけてもらわないといけない。

こちらから声を掛けるようなまねをしてはいけない。

あくまでも聡に見つけてもらわないといけない。


「でも亨子ちゃんも、毎日、毎日良くこんな所に来るよね」

享子から世話を焼いてもらっている米山さんが羨ましいのか、中村さんが冷やかすように言う。

「仕事なんですよ」

「仕事?」

「ええ、叔父さん単身赴任でこっちに来ていて、知り合いがいないので10年逢っていない私に面倒見てくれって、おばさんに頼まれて。時給500円」

「えっ、そうなの、じゃあ俺は550円出すから」

「だめだようちの姪は俺専用なの」

「冗談だよ」と中村さんは言った。

こんな軽口を聞きながら入院生活ができたら、入院する方も、看病する方も楽なもんだと思った。

享子の家族が入院したときはまさに地獄だった。

意識がないならまだ良い。

苦しみもがく妹の顔は今も頭から離れない。

廊下で泣き崩れたことなど数え切れない。

看護師も慰めの言葉すら浮かばないかのように享子の横をそそくさと行き交う。

そんなとき出会ったのが城戸陽一だった。

あの日も廊下の隅でうずくまって泣いている時だった。


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