第4話  最後の日曜日

行動は日曜日の晴れた日だった。

後、数日で一月が終わるというころ、まだ冬なのに、変に暖かかった。

その日は中倉聡にとってほぼ最後になるだろう外出の日だった。

中倉総は一人で映画を見に出かけた。

そこに友達と呼べそうな人はいない、享子は中倉聡のデーターを思い出す。

神経質なところがあってなかなか人の中に溶け込めない、親友と呼べるような人間はないとの事だった。

最後に外出に際しても一人だけという状態だ。

確かに病気と言うことを心配してくれそうな人はいないようだった。


享子は後をついて行く、怒りっぽくて、思った事をズケズケ言う、人に合わせることをせず、人の気持ちを理解できない。

いわゆる空気を読めない。

そういうことが積み重なって友達がいないのだろう。

そこで今回の台本が出来た。

すでに聡は自分が、かなり病状が進行していることを知っている。

そして、この外出が終われば次は回復でもしないかぎり、家に戻ることはない。

それが分っているのに、この最後の外出に誘う相手がいないということなのだ。


聡は電車で街にでると、今流行の映画を見るために映画館に入った。

予定通り動いてくれると享子も仕事がしやすくなる。

映画館の中はこれまた良い具合に人が混んでいて、享子がわざと聡の隣に座っても違和感がなかった。

享子は通路側に座っている聡の前を通って、中に入る形だったが「すみません」と声をかけても、聡は微動だにしない。

なかなか、かたくなだなと思った。

享子は荷物をいじるふりをして、聡を眺めた。

まだ映画も始まっていないのにじっと前を向いて、やはり微動だにしなかった。

長いまつげと、きれいな横顔をしている。

これで彼女はおろか、ガールフレンドもいないとは、よほど性格に問題があるのか、と享子は思った。

映画が始まる前に享子は行動を起こすことにした。

一度立ち上がって通路に出ようとする。

そこで聡の足の位置を確認して、わざとつまづいた。

「あっ」と回りに聞こえる位の声を出して派手に転んだ。

聡は急に現実に戻されて、一体何が起こったのかわからない風に横でドテっと倒れている享子を見た。

このタイミングで享子が行動にでる。

「痛い、そんなところに足、出しておかないでよ」その頃になってやっと聡は状況が把握出来た。

「何だよ、勝手につまずいておいて、俺だって足が痛かったんだぞ」

「謝んなさいよ」

「なんで俺が」と言って、聡が立ち上がった。

「だってこんなところに足を出しておくんだから、足なんて映画を見るときは折りたたんでおくものよ、そんな事も知らないの」

「何、訳の分らない事を言っているんだよ」

「ああ不愉快だ」と言って享子は歩き出した

「どっちが」と聡が享子の肩をつかんだ。

「はなしてよ。おしっこしてくるんだから」と言って享子は聡をにらんだ。

聡はおしっこという言葉にたじろいだ。

まあつかみはオッケーといったところだろう。

映画を見ている間中、享子はポップコーンやお菓子を食べた。

これはわざと聡に不快感を与えることが目的だった。

聡が享子のことをチラチラと見ている。


そろそろ良いだろうと享子は思った。

「何よ、ジロジロ見ないでよ。スケベ」

「そんなんじゃない、その音を立てて物を食うのをやめてくれ、気が散る」

その言い方はかなりイライラした言い方だった。

「あたしが何をしょうと勝手でしょう」享子もイライラした言い方で返した。

「人の迷惑考えろよ」

「知らないわよ。大体あたしは、あんたみたいなタイプが大嫌いなんだから」

「何だよ俺がなんかしたのかよ」

「あたしを捨てたやつによく似ているのよ」

「そんな事俺に関係ないだろう」

「分ったわよ、静かにしていれば良いんでしょう」と言って享子は食べるのをやめて映画を見ることに専念しているような態度をとった。

映画が終わると享子はさっさと立ち上がると、

「これ、あなたのせいで食べられなかったんだから責任持って食べてよね」

と言って持っていた大量のお菓子類を聡の膝の上に置くと享子はそのまま出口の方に向かった。

ここで聡が追って来れば話が早い。

もし追って来なくても、別のところで偶然を装って会えばいい、出会いは偶然の産物だ、偶然を装うと大抵うまくいった。

「おい、待てよ」よしと享子は思ったが、一回目は聞こえないふりをする。

「まてったら」聡が享子の肩に手を置いた。

「何よ」

「いや」と言ったところで聡が口ごもった。

引き留めたは良いが聡にはその次に来る言葉が見つからずにいた。

即座に享子が反応した。

「分ったわよ、自分で食べるわよ、それなら良いんでしょ」聡はそんな享子の突発的な反応に驚いた。

そんな風に言ってくるとは思わなかった。

「飲み物くらいはおごってくれるんでしょうね」享子は追い打ちをかけるように言った。


近くの公園のベンチに座って二人は持っていたお菓子を食べ始めた。

真っ昼間の公園のベンチではその姿はかなり異様だった。

そのせいか早く食べてしまおうという思考が働き、二人して黙々と食べた、むしろその姿の方が異様ではあった。

二人して意地になって食べ終わり、飲みのもを飲んで一息ついた。

享子がそんなとき頃合いを見計らって、口を開いた。

「悪かったわよ、あなたがあいつに似ているんだもの、まあ、あたしの気が立っていたというのもあるけれど」

「そんなに似ているのか」聡がうんざりしたように答えた。

「よくよく見るとそうでもない」と言って享子は聡の顔をのぞき込んだ。

「おいおい。なんだよそれ。良い迷惑だよ」聡が言う、でもその言葉には享子に対する怒りは残っていないように見えた。

そういう表情を享子は見逃さない。

「あっ、名前言っていなかったね。白井享子です」といいながら享子はコミカルにお辞儀をした。

「俺は、中倉聡」

「中倉君か」と享子は言って、いくつか、もっていたスナック菓子の袋を丸めて隣のベンチの横にあるゴミ箱に次から次に投げて行った。

全部がきれいにヒットすると、「やりー」と小さく叫んだ。

そして元気よく立ち上がると、まだ座っている聡の方を振り返り、深々と頭を下げた。

「今日はご迷惑をかけてすみませんでした。ペットボトルのお茶ごちそうさまでした」そして頭を上げると、享子は公園の入り口の方に振り返った。

それは誰の目にも帰ろうとしているのが一目瞭然だった。

「あー、ちょっと」その後ろ姿に聡は声をかけた。

「なに」と言って、再び享子は聡の方を向いた。

「あー、いや、いいんだ」

「めずらしい」

「何が」

「私の経験では大抵こういうときは電話番号を聞いてくるんだけれど、あなたは聞かないのね」

「いや」と聡は口ごもった。

当たり前だった。

もうすぐ入院するのに、女の子の電話番号なんて聞いたって仕方がない。

もっとも、そういう状態でなかったとしても、聡は電話番号を聞いてこないだろうと思った。

「大丈夫、私の経験ではこういうときはもう一度必ず会えるの」

「本当かよ」

「本当よ、電話番号を聞かないと、また偶然出会うの。じゃあね」と言って享子はその場から立ち去った。

第一段階はこれでいい、今日は聡の中に享子の強烈なイメージを植え付ける、それでいい。


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