第3話 中倉 聡
享子の次の仕事は以外と早く巡ってきた。
名前は、中倉総。
享子と同い年の大学生だった。
写真を見ただけでは、なぜこの少年が「最後の恋人」を必要としているのか分らなかった。
ギリシャ彫刻のような均整のとれた顔立ちをしていた。
ただ眼光が鋭く、見ようによっては怖い顔かもれない。
顔のあちこちに神経質そうな雰囲気を醸していた。
まず享子はクライアントに会う。
たいては両親だった。
場所は「最後の恋人」の事務所近くの喫茶店だった。
享子が店内に入ると、中年の夫婦とその向こうに城戸が座っている。
城戸はこの「最後の恋人」の発案者で、実質上の社長だった。
城戸は享子に気づくと享子にむかって手を上げた。
その瞬間から享子は営業の顔になる。
大方の説明は城戸からクライアントに話されているはずだった。
後は享子の腕にすべて、かかっている。
「こちらがうちの白井享子です。聡さんとは同い年ですので仕事はしやすいと思われます」城戸が妙に明るく、享子を紹介した。
「白井享子です。このたびは大変な事になりまして、つきましては精神誠意尽くさせていただきますので、しばらくのあいだよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」と言ってクライアントの夫婦は享子に頭を下げた。
また人が死ぬところに立ち会わなければならない。
これで何人目だと享子は考えた。
あまりに多くの人が享子のまわりで死んで行った。
一番初めは、自分の家族だった。
両親と妹が享子の目の前で、苦しみながら死んで行った。
あの光景は忘れることは出来ない。
二月に入ってすぐだった。家族旅行に出かけて車ごと崖から落ちた。
人は享子の事を運が良いと言う。
受験のため一人家にいて助かった。
母は病院に運ばれたときすでに意識はなかった。
父は意識があったが時間の問題だった。
妹は腹から下が押しつぶされてなくなっていた。
それでも妹は意識があった。
一週間で次から次に家族が死んで行った。
はじめは母だった。
そして妹、最後に父、その一ヶ月は地獄のようだった。
またあんな想いをするのだ。
「どうした」と事務所までの道すがら、二人で歩いていると、城戸が享子に声をかけた。
「何が」
「様子がおかしい」
「いつものことですよ」
「そうかそれなら良いんだ」いつも様子がおかしいならそれはそれで問題だろう。
と思ったが、それを言うと、話がめんどくさくなるので言わなかった。
でも享子は城戸の反応が分らなかった。
それならいいとはどういうことだ。
ビジネスとして割り切れということか。
どれほど心にダメージを受けているか分っているのか、イヤ分かっていないかもしれない。あるいはそういのをすべて分った上でそっとしておいてくれているのか。
「台本は考えておいてくれ仕事は一週間後から、できれば明日か明後日くらいまでに出してほしい」
「分りました」
城戸に会ったのは家族が死んだ病院でのことだった。
享子は病院で一人の少年に出会った。
段々親しくなってゆくうちに彼が白血病だと言うことを知り、命もそう長くないと言うことを知らされた。
その兄が城戸だった。
だから境遇は享子と同じだった。
なのにどこか城戸は冷めているところがある。
人の死という物をリアルに感じる経験をしているはずなのに、またその境遇に自ら入るような仕事をしている。
この仕事を始めて、死というものを、別の角度から考えるようになった。
それは明らかに家族が死んだときと違う感情だった。
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