第5話
強引に手を引っ張られ礼拝堂から駆け出していく二人だが恐怖や緊張のせいでいつものように呼吸が出来ず息を切らし、立ち止まってしまった。呼吸を整える為大きく息を吸うと、真っ白になっていた頭の中が徐々に収まり元の状態に近づくにつれ、現状がどうなっているのか認識してしまう。
「リリア、逃げちゃ駄目だ。みんながっ。」
「大丈夫。悪魔は必ず契約を守るわ。私を信じて。」
彼女の言う通り悪魔は契約に対して人よりもに忠実であり、公正であると聖書に書かれている。商人や貴族のように後から文句を言い報酬を減らしたり、立場を利用して内容を強引に捻じ曲げたりなどせずに、お互いに了承した契約に対して必ず履行を求める。
つまり、エルルゥが何か出来るのはフィンに対してだけのはずであり礼拝堂の中の人たちには手が出せないなのだが、実際に悪魔と契約した人など見た事など無い。
息を吸い冷静に成ると、悪いことばかりが浮かんでくる。このまま自分が逃げていては犠牲になる人が増え取り返しのつかないことになるのでは、身寄りの無い自分を良くしてくれたこの町が自分のせいで無くなってしまう事など想像したくもない。
「リリアのことを信じているよ。ならエルルゥとの契約を履行すれば彼女は地獄に帰るはずだ。」
「馬鹿なこと言わないで。悪魔何かにフィンを地獄に何か連れて行かせないわ。」
ここで言い争いをしてエルルゥに2人とも捕まえられ地獄に連れていかるよりも、同じ年齢ながら既に多くの奇跡を行使出来る彼女だけでも確実に生き延びれれば、自分みたいに馬鹿なことをした人も将来助けられるかもしれない。
不意を衝くためにいきなり抱き締め驚いている間に先に聖句を唱え奇跡を完成させた後、彼女を思いっきり突き飛ばし先ほど完成した光の壁を作り閉じ込めた。神父様やリリアほど強力では無いが少しの時間ぐらいは稼げるはずだ。背後からリリアの聞いたことが無いような声が聞こえる。突き飛ばしたことを謝りたいが、その間にエルルゥがここに来てしまっては意味がなくなってしまう為、心の中で彼女に謝り礼拝堂へ引き返した。
引き返す途中で銀髪の悪魔であるエルルゥと出会った。礼拝堂の近くで初めて会った時と同じ姿をしており戦った後には見えず、最悪の結果が頭に浮かび心臓が信じられないぐらい早く動き大きな音を立てているが、今から死ぬ自分の体の事など知ったことではない。
「エルルゥ、礼拝堂の人達を地獄に送ってのか。」
「そんなことしたらあいつに何されるか分からないのにしないわよ!」
「なら最初の契約の通り、僕だけを地獄に連れて行ってリリアは見逃してくれ。」
その言葉を聞くとエルルゥは凄く残念そうな顔をして「2人分…したのに」と小さな声で呟いた。小さな声で全て聞き取れなかったが、2人分の何かを準備しているようだ。だが彼女の表情を見ると、リリアの言っていた通り契約に縛られているせいで相手の了承なしでは自分しか連れて行けないのならば、リリアの地獄行を回避できるかもしれないと希望が見えてきたため畳掛けた。
「本来契約したのは僕だけだ。リリアの分も僕が引き受ける。」
その言葉を聞き、焦った顔や難しい顔をなどコロコロと表情が変わる。もう死ぬと分かり落ち着いてきたせいか、余裕ができその変化を見ていると自分たちと同じように感情があるんだなと思い笑ってしまった。笑われたことに気づいたエルルゥは自分のことを不思議そうに見ていたが、何か納得したようで笑みを浮かべ了承してくれた。
「分かったわ。最初の契約通りあなたを私の地獄に送るわ。」
そう言うと彼女はまた指を鳴らし、地獄の門を作り出した。前に自分が逃げだしたせいか、手を差し出してきたので握り返すと彼女はキョトンとした顔をした後に、何かをごまかすように勢いよく自分を引っ張って行き炎の中にありながら先の見えない暗闇に覆われた門を潜った。
門を潜った先には見たことも無いような料理がたくさん並んでおり、フィンは状況が全く理解できずその場から動けずにいたところ何かを察したエルルゥが告げる。
「望んでいた料理よ。あなたが逃げ回ったせいで冷めちゃった。魔法で温め直すからそこの椅子に座って少し待ってて。」
そう告げ指を鳴らすと料理から湯気が出始め、先ほどからしていた良い匂いがさらに強くなった。思いもよらないことを言われたからか、それとも彼女の笑顔に少し安心してしまったからなのか、緊張の糸が切れ自分がろくに食事を食べていないことを思い出す。
そのせいか周りの人にも聞こえるほど大きな音がお腹から鳴り、それを聞いたエルルゥは満足そうにしていた。
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