第3話 居酒屋「藤吉郎」にて
新マップ「関ケ原」の実装からしばらくたち、新しいコンテンツも
大分落ち着いてきた頃。
様々なプレイヤーが集まり、情報交換を行う居酒屋「藤吉郎とうきちろう」で、ノブ一行は次のパーティの方針を、決める話し合いをしていた。
「大体、関ケ原も遊び尽くしちゃったねー」
串団子を食べながら蘭子が言う。
「そうでござるなー、そろそろ次に何をするか決めないとでござるな」
とあけっちが腕を組む。
「誰かの装備でもつくるか? しばらく新しいコンテンツも、
無いようだしな」と巨体のお乳。
「えへへー、実は私欲しい素材がありましてー」と待っていたかのように、蘭子が机に両肘をつけて顔を抑え、嬉しそうに喋る。
「またでござるか……蘭子どのは欲しがりでござるな。一体何が欲しいんでござるか?」
「【時鳥ホトトギスの涙】でーす」
そういった瞬間、居酒屋全体が凍り付いた。
ぶるぶると持った湯呑を震わせる者、気分が悪くなり厠で嘔吐する者、その場で失神してしまう者、耐えきれずAFKログアウトしてしまう者までいた。
「時鳥の涙」それは鳥類の魔物で最強の「時鳥」から取れる素材であった。だが実装当初バグと謳われるほどの、あまりの強さを誇った時鳥は、今でも討伐の報告を聞いた事が無いほどの、圧倒的な難易度を誇る魔物だった。
しかも、負けてしまうと鳥類魔物特有の、素材やお金をデスペナルティとして、大量に持っていかれてしまう為、多くのプレイヤーにトラウマを植え付け、引退まで追い込んだ事もあるほどだった。
「おいおい、それは流石に無謀なんじゃねえか……討伐成功した奴なんか聞いた事がねえぞ。」
「でもー、どうしても欲しいんだもん。」
ぷくっと頬を含まらせ蘭子が言う。
「リスクが高すぎるでござるな。パーティの損失を考えると今回は……」
あけっちが言い切る前に、蘭子はしくしくと泣き出してしまった。
「ど、どうしたでござるか蘭子どの?」
「ごめんなさい……無理なのは分かってたの、でもどうしても欲しくて」
「そんなに欲しいのか、何か理由があるのか?」
「実は……私がリアルでお仕えしている方が、最近多忙で元気がなさそうで。その方も、このげえむをしているから、貴重な装備を手に入れたら元気になってくれると思ったの」
「そうでござったか……そうとも知らず否定してしまって申し訳ないでござる」
この健気な乙女の姿に、心をうたれ感動的な雰囲気が居酒屋を包んだ。
が……
「くくく、ちょれえな!ゲームオタク共はよぉ!」
画面の前で「蘭子」を操作するのは「森蘭丸」、まごうことなき男である。
「こんな安っぽいお涙頂戴の話でも、美少女アバターなら同情を買えるんだからよお!あー、現実もこんくらい楽であって欲しいもんだなー!」
蘭丸は金銭的な理由で、課金を全くできないが、類まれな甘え上手と念入りに、作りこまれた美少女アバターで、今まで高ランクプレイヤーから装備を、恵んでもらいここまで来た狡猾な男である。
「ここまでは、計画通り。この雑魚(あけっち、お乳)どもの心は掴んだ。だがそれはどうでもいい、俺が籠絡しなきゃならねえのは……」蘭子はちらっと視線を横にやる。
「ノブ」このげえむで確実に5本の指に数えられるほどの、最強の人プレイヤ-である。戦国音羅院にノブありと、呼ばれるほどで様々な逸話をもつ傑物だ。
「オフラインになっているのを見た人間がいない」
「サーバーメンテナンスが終わる前から、げえむにログインしていた」
「課金の額が、幕府の予算を超えている」
「年貢の横領をしてまで、課金につぎ込んでいる」
といった根も葉もない噂が立つほど、ノブはこのげえむにのめり込んでいる廃人であった。
「(こいつを落とさなきゃ話にならねえ……、時鳥を倒せるとしたらこの化け物だけだからな)」
「しかしなあ、時鳥に挑むのは吾輩どもはいいとしてもノブどのが、どう思われるかですなあ」
確かにそうなのである、正直戦いに敗れた時の損失は、高ランクレートになればなるほど損失が大きい。あけっちやお乳が負けても、最悪自分より上のランクのノブに損失を、補って貰えるがノブの損失はそうはいかない。超高価な装備がデスペナルティで無くなってしまえば、5本の指の実力者から凋落してしまう可能性だってある。
「そうよね……ごめんなさい気にしないでノブ様!」
涙を流しながらも明るく、ふるまう蘭子、なんとも健気(な演技)である。
すると今まで黙って聞いていたノブがすっと蘭子の、頬に手をやり涙をぬぐう。
「ノブ様?」
「時鳥の涙とやらは、この涙よりも価値があるとは甚だ思えぬな。だが、乙女の涙と時鳥の涙、どちらが美しいか見てみるのもまた一興か…」
「ノブ様!」
「ノブ殿では!」
「今日はもう遅い、明日またこの場で会おう。」
「ノブどのおおおーー!」
「ノブ……おめえって奴は…」
居酒屋全体がノブのカリスマに惹かれ、ノブを囲うようにノブを讃えていた。
「男って単純」とあきれるように蘭子。
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