第2話 関ケ原の戦い
近江の国が誇る唯一無二の居城である安土城、その一室で次の戦の
作戦を練る家臣たち、そんな家臣達の熱意など、さも知らないように
織田信長はある思いで満たされていた。
「(ネトゲやりてぇ…)」
約10年前に開発された「院多亜捏刀(いんたあねっと)」その発達に
より若人を中心に、「音羅院(おんらいん)げえむ」が流行っていた。
新しい物好きな戦国武将である織田信長は、例にもれることなく、
「音羅院げえむ」で、人知れず遊んでいたのである。
特に戦国の地理を忠実に再現した、「戦国音羅院」これに信長は
どっぷりとハマってしまっており、信長は夜通し「戦国音羅院」
をプレイしていた。
しかし家臣達の手前で威厳の問題もある信長は表立って、
「げえむ」をしてるとは言えない。その間ばさみとなった思いが、
いらだちとして表情に出ていた。
「こんなどうでもいい事議論してる場合じゃねえよ……大体、戦なんか
交互に南蛮銃ぶっぱなしとけばどうとでもなるだろうがよ!)」
「(の、信長様の表情がまるで般若のように……)」
「(わ、我らの議論が不甲斐ないせいで信長様がお怒りで候……)」
険しい顔となった信長の表情を見た家臣たちはこれはまずいと、議論を
更に白熱させる。こういった事を繰り返し、全く議論は終わる兆しを見せないのであった。
それから数十分ほどたった後、信長は物思いにふけりだした。
そう、勿論「戦国音羅院」の事である。
「(そういえば、今日は新しいマップが追加される日じゃねえか。
新しい魔物も実装されるらしいし、勝つか負けるかは準備の段階で
決まるっていうし、早速対策考えとこう。」
「確か今度の魔物は土遁属性に弱いってリーク聞いたな……装備作っとく
必要があるな。パーティーに迷惑かけるわけいかないし、帰ったらもっと
念入りに戦略練るか……。)
「戦国音羅院」事を考えた瞬間、信長の張り詰めた顔は一瞬緩んだ。
「信長様の顔が緩んだ…我らの議論が答えに近づいたという事か…」
緩んだ空気をチャンスとばかりに一人の家臣が意を決して信長に話かける。
「の…信長様!」
「なんじゃ?」
「次の戦はあまりにも重大な戦でございまする。我ら3本の矢のように
意見を合わせれど、今だ確信に至る戦略を導きだせぬで候。
つきましては、ぜひ信長様のご意見を頂きたく……」
しばらく沈黙する信長に、緊張の面持ちで我が暴君からの返答を待つ家臣。
「貴様らは思い違いをしておる」
「は、はい?」
「およそ勝負は時の運によるものだ、計画して勝てるものではない。
なれば、座してするべき事は無く。大事であるのは、心のありようではないか?」
「と、いいますと?」
「貴様らは、有能な参謀・軍師達である。しかし準備にとらわれて本質を
見失っておる。一度知恵も戦略も捨てるがよい。
準備などせず、裸の状態で命をかけてみるがいい。その死の瀬戸際にこそ、
命の燃ゆる所があるのだ。その炎の前には作戦など塵ほどの価値もない。
今日は貴様らに教える為にここに集めたのだ」
信長の深い声質が部屋に響いた。
「信長様……私どもが間違っていました。今はただ上辺だけの議論に
憑りつかれた自分を攻めるばかりでございます。」
そういって深々と表を下げる家臣達。
「分かればよい」
そう言って踵を返し部屋から去る信長。
「(流石、信長様……勝ちが続き守りに入っていた私達の心を見透かしておられる)」
「(やはりこの方には逆らえぬ)」
信長の胆力に押された家臣たちはひれ伏し偉大な信長公の、信長の
圧倒的な言葉に感涙を禁じ得ない者、ただ感服するもの、様々な反応があった。
しかし当の信長は
「(なんか適当なこと言ったら抜けれたな。さっさと土遁属性の装備つくるか)」
これであった。
---戦国の世(戦国時代の人にとっては現在)を舞台に作られた「戦国音羅院」
最近のアップデートで、追加されたマップ「関ケ原」ではプレイヤー達が
ところ狭しと駆け回っていた。
「関ケ原」の広大な荒野の真ん中で、今激しい戦いが繰り広げられていた。
「関ケ原」の追加に伴い、同時に実装されたモンスター「八岐大蛇ヤマタノオロチ」
八つの首を持ったこの巨大な蛇系魔物は今回のアップデートの目玉コンテンツ
の一つだった。
「ぬぅう!!火遁属性の攻撃が来るでござる!」
一つの蛇の首から百熱の熱球が放たれる。
「あいよ!まかせといて!」
そういうと持っていた三味線から、わびさびなメロディを奏でる美少女。
その美少女の名前は「蘭子らんこ」このパーティのサポート役で紅一点であるが
実はネカマである。
ベンベンベンと三味線を弾き、火遁属性の攻撃に対して、的確な
防御呪文をかけてはいるが、熱球は勢いは弱まったものの、それでも
驚異的な熱量で迫ってくる。
蘭子を庇うように、七尺(200cm強)はあろうかという大男が熱球の前にたちはだかる。
その男の名前は「お乳」パーティのタンク役でアバター名を考える際に、
適当な名前を付けてしまい、名前を変えようにも変えれなくなった、悲惨な男である。
「是非もなし!」
そういうと、お乳は自らの巨体に引けを取らない巨大な鉄楯を構えた。
「ジュウッッ」
と焦げる嫌な音と、あたりの空間が歪むほどの熱波にされされる。その間にも
蘭子は必死に防御呪文を奏でていた。
熱波が弱まり、巨大な八首の巨蛇に隙が出来ていた。
その隙を見逃さなかったのは、パーティ-のDPS「あけっち」である。
あけっちは装備していた銘刀「太郎坊兼光たろうぼうかねみ」で
八岐大蛇を切りつける。
「ガキッ」
しかし厚い鱗に阻まれ、ダメージをほどんど与える事ができない。
一旦距離を取るあけっち。
「南無!攻撃が通らないでござる!」
「そうね、あいつにダメージに与えるには特攻の土遁属性の上位武器が無いと…」
「でも俺らにはそんな武器はねえぞ」
あけっち一行はこのクエスト失敗が脳裏に浮かんだ。デスペナルティでどれほどの
損失が出るか各自計算をしていた時だった…
関ケ原の草原に小さい人影が写る。その人影は段々と大きくなり蘭子の視界に入る。
「あれは!」と蘭子。
八岐大蛇の頭上を指したその先には、太刀を担いだ男が八岐大蛇に斬りかかっていた。
「ザシュ!」
そのすさまじい剣戟は八岐大蛇の八つの首を同時に斬り落とした。
八つの首を失った八岐大蛇はゆっくりとその巨体を地に伏せ、
それと同時に砂ぼこりが舞い上がり、あたり一辺の視界を狭めた。
パラパラと空中に放りあげられた砂が落ちてきて、視界を遮っていた砂ぼこりが、やがて引いてきた。八岐大蛇を一太刀のもと倒した男があらわになる。
立派に蓄えた髭、刺すような鋭い目つき、西洋風の豪華なマント、
金色をあしらった派手な甲冑、武骨で浅く黒光る鋼鉄の具足、肩には巨大な太刀。
それは無課金と言うには、あまりにも装備が豪華すぎた。
高価で、希少価値が高く、ガチャ廃でないと揃わない装備すぎた。
それはまさに課金厨だった。
「ノブ殿!」
皆が一斉にノブの元に走り出す。
「もー遅いじゃないですかー!負けちゃう所でしたよ私達ー!」
明るく無邪気に蘭子が言う。
「まあいいじゃねえか。こうして勝てたんだしさ」
とドス聞いた声でお乳。
「はっはっはっ! すまぬすまぬ、少しこの武器を手に入れるのに手こずってな」
そういうと担いでいた太刀を見るのノブ。
「こっこれわぁ!」
上ずった素っ頓狂な声であけっち
「かの有名な「へし切り長谷部」ではありませぬか!」
「名前だっさ」
「そうさな。土遁属性の武器が欲しくてな、丁度役に立ってよかったというものよ」
「流石、用意周到でござるなノブ殿。ところでその装備はどうやって手に、
入れたのでござるか?」
「また、相当課金したんじゃないのー?」
ちゃかすように蘭子。
「簡単な事、年貢を1000石ほど増やして、取り立てて課金につぎ込んだまでよ」
「(ひでえ)」
と心の中で蘭子。
「そんなことよりさあ、早く倒した魔物から、資源を剝ぎ取っちゃおうよ?」
その矢先だった、お乳が声を上げる。
「あ、あれを見ろ!」
遠くの方で砂ぼこりを立てながら何人かの集団が走ってきていた。
初期アバターの禿げ上がった頭、貧相な皮の鎧、ぼろぼろの足袋、竹を切っただけの竹槍、安っぽい陣笠。
そう、その者たちの名前は……
「足軽(無課金ユーザー)だ!!」
「エイ、エイ、オー」
初期装備の貧弱なプレイヤー達はそう叫びながら、高ランクプレイヤーが狩った、
魔物から資源を取ろうとハイエナのようにこちらに向かってくる。
「ノブ殿が仕留めた獲物から、資源をむさぼろうなどと笑止千万!
我が懲らしめてくれるわ!」
そういうと懐から刀を抜くあけっち。
「よい!あけっちよ」
「しかしノブ殿……」
「今のこのげえむのシステムでは、弱者はまともな資源を取れず、
搾取されるのみの状態となっている。強者だけが得をするげえむシステムでは、
いずれ弱者は辞めてしまい、げえむのサービス寿命を縮めてしまうだろう。」
「ノブ殿……」
「真の強者ならば、自分の事だけではなく弱者、初心者の事も考えねばならない。
げえむの質を開発者だけにゆだねてはならぬ、げえむの行く末は
我ら上級ぷれいやーにあると知れ。」
「(いやお前、さっき年貢増税して課金してただろ…)」と心のなかで蘭子
「私が間違っていましたノブ殿! 共にこのげえむを守り抜きましょうぞ。
私はノブ殿に一生ついていくでござる!」
感涙を流しながら、跪くあけっち。
後にこのあけっち事、「明智光秀」は現実世界で「本能寺の変」を起こして、
信長を裏切る事になるのだが、それはまた別のお話だった……
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