第2話 動物クラウン(納車編)
動物クラウン降臨(納車編)
3月12日。春の陽ざしが優しい日曜日のことでした。
午前9時50分。ワシと動物おじさんは、緑色のトヨペットに来ていました。
そして目の前にあるのが、おじさんが半年前に契約して、やっときた真っ白い新型クラウンクロスオーバーアドバンスGレザーパッケージです。あれやこれやで600万円オーバーの超高額車です。
おお、さすがにカッコええですね。あちらこちらがピカピカ光っていて、トヨタ車らしく細かいところまできっちり作りこんであって、チリもミリ単位までばっちりで、ちょっとオーラが出ているような出ていないような。(でも大きく口を開けたグリルはダミー)
3日前におじさんからラインが入って、納車に付き合ってほしいとのことでしたので、ワシも嬉しくて二つ返事で引き受けたのでした。そいでもって、今日は納車のあと、二人でおろしたての新車でちょっと遠くの街まで飯でも食べに行こうかと言うことになっておりました。
それから、いつもさわやかな店長さんに案内されて店内に入って、何やら書類にサインをしたり登録をしたりして、いよいよクラウンに乗り込んで、レクチャーが始まりました。
ワシは邪魔をしたら悪いと思ったので、例の無料の自販機でジュースを何回も飲んだり、トイレに行ったり展示車を見て回ったりしながら時間をつぶしていました。(敵情視察もワシの大事な仕事ですから。)
それでだいぶ時間を潰したつもりだったのですが、たかが納車にえらい時間がかかっています。もう10時40分。どうしたんじゃろうかと思いながら、クラウンの方をちらっとみたら、おじさんと店長さんと若いセールスさんとがクラウンの中で何やらもめているような雰囲気でした。
おかしいのう。日産なんか、キーをもらってちょこちょこと世間話をして10分もかからずエンジン始動して発車が普通なのにのう。
ワシは不思議に思いながらクラウンのところに行きました。そしたらおじさんが出て来てワシを呼ぶじゃあありませんか。
「どうもわからんので一緒に説明を聞いてほしいウキ。」
というじゃあありませんか。
「わからん」ってどういうこと。
クルマの操作なんか、スマホと一緒で基本操作の流れは決まっているので、あとは経験とか感で何とかなるし、ワシは今までもそうしてきたし、わからんかったら「取説」というものがあるので、そんなに困った記憶はないのですが。
ワシは本革シートを傷つけないように後ろの席にそっと座って一緒に説明を聞いていました。
説明されていることは十分に理解できますし、追従型のクルーズコントロールの操作はワシのフォレスターのアイサイトと基本はほぼ同じだし、とりあえず何とかなりそうでした。
おじさんも走りながら運転しながら操作をマスターしたいと言われたので、とりあえずおじさんの運転で、ワシは助手席に乗って、ようやく出発することができました。すでに11時半。店に来てから1時間半も経過しておりました。セールスさんも店長さんもおじさんも、なんとなくうんざりげっそりしており、説明する方も、聞く方もする方も大変だったことを暗示しています。こんな楽しくなさそうな納車は、初めてだど。
おじさんは慎重に運転しています。すぐにスタンドによってガソリンを入れて、9号線を山口方面に向かい、途中で187号線に入って清流に沿って岩国方面に向かうことになりました。
感想はですねえ。うーん。平和です。静かで乗り心地がよくで、助手席は天国のようにいい気分です。それから、前を行くクルマがなぜか道を譲ってくれる。見たこともない目の細いクルマが来るので何事かと思うのでしょうか。確かにワシの住んでいる県では納車第一号じゃあないかと思います。新型クラウンというものを、この半年間一度も見かけていませんので、周りから注目を集めるのは致しかないでしょう。
そのうちおじさんがワシに
「ナビの画面を切り替えてほしい」
と言われました。現在は、さっきトヨタでやってもらったままアイフォン連携のナビが画面に映っているので、このクルマ自体のナビに変えてほしいということでした。
「はいわかりました。」
ワシは、気を遣って持参した白い絹の手袋をはめて、モニター画面を操作しました。そうしたらこれが結構大変で、思い通りにならない。画面の切り替え方が「感」や「経験」や「これまでの学習」とは違った感性が必要と言うか、ワシに合わないというか。
あずって(もたもたして困っている様子)いたらおじさんがどや顔で
「OKトヨタ」
と言いました。そしたら画面がぱっと切り替わって、コマンドの入力画面になりました。
「運転席の窓をあけて。」
おおっー。運転席の窓ガラスがすーっと手品のように開くじゃああーりませんか。
「OKトヨタ。エアコンの温度を2℃下げて。」
なんと、エアコン表示パネルの設定温度が26℃から24℃にすっと切り替わるじゃああーりませんか。すげー。
ワシはびっくらこいてみていました。
「ナビの画面も音声で切り替えたらどうですか。」
ワシは我ながら有益な提案をしておじさんに伝えました。
おじさんはどや顔で
「ナビの画面を切り替えて。」
????
「ナビをクルマのナビに切り替えて。」
?????
何度言ってもOKトヨタは受け付けないというか
『音声を認識できません』
とおっしゃいます。10回以上繰り返したのですが言うことを聞きません。
「アイフォンのナビをクルマのナビに切り替えろ(怒)
あの温厚な動物おじさんでさえ、だんだん言葉が荒くなってきました。
どうでもええことは素直に従うのに、肝心なことは従わない。さすがトヨタ車じゃなあと思ってワシはおかしくておかしくてたまりませんでした。
というか、なんと言ったら伝わるのか、どういうふうに言ったら伝わるのかがわからず、ワシもおじさんもだんだんもどかしくてどうでもよくなってきました。仕方がないので再びワシが助手席から手動で試行を繰り返すはめになりました。
あれやこれやといじくっているやっているうちに、やっとワシが手動で切り替えることに成功して事なきを得たのですが、こんなんじゃあ先行き不安じゃなあと思いました。
しかも、ワシが助手席からナビ画面をいじくるたびに、運転しているおじさんも、運転していることを忘れて無意識にじっとナビ画面を見つめる場面も多々あるわけですから危なくてしょうがない。でもえらいクラウンは、そのたびに危険を察知して警告したりしてくれるわけですから、この支援システムには何度も助けられました。というかこんなに操作しにくいナビや操作系は、支援システムがあるという前提で設計されているような、まことに本末転倒な操作系だなあと思いました。
「どうした。OKクラウン。じゃあなくてOKトヨタ(笑)」
ナビの切り替えに疲れたワシたちは道の駅で休憩しました。それからなんとワシに運転させてくれるというのです。おじさんは金持ちなのでいつも太っ腹です。
ワシも運転したかったので、交代してもらうことになりました。もちろんぶつけたら 家を売ってでも弁償する覚悟です。
わしは、シートやミラーを合わせて、それから電動シートを調整して、おじさんの寝そべるようなシートポジションをワシのバックレストを建て気味の腰をしっかり据えたシートポジションに変更しました。それからシートベルトを締めて慎重に出発です。
運転した感想は・・・。うーん。確かに乗り心地はいいし静かだし加速もそれなりに素晴らしいし、サスの動きも追従性もええと思いました。ええクルマです。
ええクルマですけどそれだけのクルマでした。これはワシの知っているクラウンじゃあありませんでした。クラウンの他車とは根本的に違う乗り心地というか重厚さというか頑丈さというか、そういう特徴がまったくありませんでしたなあ。見事に消え去っていますなあ。
賢明なトヨタのことですからあえてそうしたのだと思いますが、これじゃあクラウンファンというかクラウンに乗り続けてきた人、特にワシのようなじいちゃんは「違う」とおもうじゃろうなあ、イヤじゃろうなあと思いました。
ワシははっきりいってトヨタ車は嫌いですが「クラウン」だけは別。なんちゅうかクラウンにはトヨタ車には珍しく、ビシッと筋の通った何かというか別格感がありました。確かにっちゅうか絶対にあったのです。
これはクラウンというよりカムリですなあ、FFのカムリ。クラウンの名前を名乗ったらいけんような気がしました。
それでもワシは、よくできた追従型のオートクルーズをすぐにマスターして、おじさんにやり方を何度も説明しながらドライブを楽しんでおりました。
おじさんは助手席から、なにやらイライラしながらナビ画面をいじくっていましたが、
「音楽の表示をプレイリストに戻したいのに戻せない。」
と言い始めました。
ワシも運転しながら、一緒になっていじくったり触ったり考えたりしましたが、その間運転に集中できずに危なくてしょうがなかったのですが、それから何度も支援システムに注意されたのですが、どうしてもうまくいかない。
このナビは60過ぎのおっさん二人の感性感覚では操作しにくい。はっきり言って合わない。ワシはこう見えてもクルマに関しては、その辺のおっさんや若者にさえ絶対に負けないと自負していますが、アイサイトさえ、他社のナビや支援システムでさえ、ちょっと乗って考えたら使いこなすことができたのに、このクラウンのナビはできない。わからない。どういう感覚で設計されているのかさっぱりわからない。というか簡単なことでさえできない。思い通りにならない。これを設計企画した人は、偉そうに見せるためにわざと複雑でわかりにくくしているに違いないと。こんなんなら、ふつうのおっさんがマスターするのは次の車検の頃に違いないと、そう思いました。
おじさんは動物なので思い付きであれこれ行動するのですが、今度は
「オドメーターが表示できない。」
「エンジンブレーキが効かない。」
「空調が操作できない。」
等々いろいろな困難を投げかけてきます。こんなもん、普通のクルマだったら感覚と言うか感で操作できるのがまっとうなクルマだと思うのですが、まったくできない。思い通りにならない。ええクルマだけどバカ。使いにくい。
そうこうしているうちにワシはとってもええことを思いつきました。
「ちょっとクルマを停めて、取説を出して読みましょう。すべての疑問が解決するはずです。」
ワシはどや顔になってクラウンを停めて、コンソールボックスから電話帳のように分厚い取説を取り出しました・・・。
じゃあなくて取説がない。
取説がない、わけない。絶対にあるはず。
でもなんぼ探しても車検証しかない。
取説は・・・。
取説はQRコードを読み込んでスマホで開いて読む仕組みになっています。
というか、トヨタはバカじゃあないのかと思いました。
こんなん、走りながら助手席で読んだら読みにくいし車酔いするし、無茶苦茶使いにくいに決まっています。なんで、1000円もしない大切な取説が入っていないんか。トヨタの考えていることは本当に意味がわからない。
ワシはこの時点で、このクラウンはワシたちおっさんのことなど微塵も考えて設計していないことを確信しました。
というわけで、太っ腹なおじさんは、ワシに100km弱も運転させてくれました。途中で高速にも入って、性能をちょっと満喫させてもらいましたが、ドライバビリティがとてもええなあと思いました。それから追従型クルーズコントロール、ハンドル支援、とても自然で出来がええなあと思いました。慣らし運転で本気で走ったわけではありませんが、ワインディング、山道、素晴らしかったです。
それではまとめましょう。
動物クラウン。正式にはクラウンクロスオーバーアドバンスGレザーパッケージ570万円はどうだったのか。あくまでワシの偏見ですが・・・。
確かにええクルマです。が・・。
第一にこのクルマはワシが知っているクラウンではありません。乗り心地というか運転感覚がまるで違う。これまでのクラウンを知っている方、クラウンだと思ってクラウンにこだわって買った人はきっと後悔すると思います。よくできたトヨタの普通の高級車だと思いました。
第二に、誰がどのように乗って使ってどのように楽しんだり夢を見たりするのかがまったく見えない感じない。典型的なトヨタ車になってしまいました。だからクルマに愛情を感じない。運転が上手くなりたいとか、クルマに無理をさせない運転をしようとか、そういうことを思わせない。だから考えない運転が上手くならない、空気が読めない、見栄を張る道具でしかない、コンビニに突っ込みあおり運転を平気でする。わがままになり自分さえよければそれでいい自己中ドライバーを育てる。ようするに自動車と通しての文化が育たない。退廃させる。売れればいい。それがトヨタだとワシは偏見を持っています。
そうじゃあない。クルマってもっと楽しくてワクワクして夢のある相棒だとワシは思っています。
第三に、これが最も言いたいことなのですが、はっきり言って使いにくい。すべてがわかりにくい。感覚で操作できない。確かに見栄えはいいのですが手探りの操作性が最悪で、いちいち視線を外さなければならない。はっきりいって危険だろう。そのうち絶対にコンビニに突っ込むに違いない。ワシたちおっさんには無理。慣れた頃には車検がくる。取説ぐらい入れとけ(怒)
というわけで、ワシはこのクルマを570万円も出して買おうとは絶対に思いませんでした。おじさんには「ええクルマですね。」しかいいませんでしたけど。
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